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【六臂】

静雄ってすごく強情なんだなあっていつも思う。初めの頃こそそれがもどかしかったけど、最近はずっとそのままでいて欲しいかな、なんていけないことを思ってしまったりして。でもそれじゃあ駄目なんだよね。だってそれだと日々也が報われない。最近の日々也がずっとムスくれてるのは、臨也の変化に静雄の変化が追いついてないからだ。今日だって臨也と一緒にご飯を食べて行けばよかったのに。臨也は寂しそうだったよ。どんなに同じ顔がそばにいたってそれが本物じゃないなら意味なんてないんだってことは、静雄だって分かってるはずなのに。

「六臂、どこに行くんだ?」

いつもは寝てる時間なのに、どうしてか今日はこんな時間になっても静雄は起きていた。だからなのか、ついでとばかりにサイケと日々也も起きている。

「ツキに会いに」
「わー! ろっぴと月ちゃんラブラブー!」
「おいサイケ、あんま大声出すんじゃねえ!」
「そういう静雄が一番うるさいよねえ」
「んだと日々也手前!」

騒がしいね。でも微笑ましい。どうしてこんなにたくさんのタイプが存在するのかって、それは結局は俺のためだ。イデアルである俺とツキと、本当はそれだけで終わりだったはずなのに日々也やサイケ、そしてそれぞれの対としてデリックや津軽もできた。どうしてかって、俺が賑やかなのが好きだからだ。オリジナルである臨也が一人であることを嫌った、人の中にいることを望んでいた、だからその理想を具現化する存在であるイデアルのために、他の個体まで引っ張り出してきた。
わざわざユニゾンやアンチだなんてタイプまで付属させられて、ああ不憫だごめんねって、俺はいつも心の中だけで謝っている。

「それじゃあ、俺はちょっと出てくるね」
「おー、あんま遠くに行くなよ」
「分かってる」

臨也の理想像である俺を見て、当の静雄はどう思っているんだろう。こればっかりは俺にも分からない。自分を好きになれて、人の輪の中にいて、人に好かれて、好きな人に好きと言えて、そして愛される。これが臨也の理想とする自分だ。でも静雄は、俺よりはサイケのほうを気に入っているみたいだ。残念だけど、こればっかりは仕方がないのかもしれない。さすがに生身の人間の心までいじくることはできないから。
でもさ、それさえもが表面的なことで、俺にはちゃんと見えている。静雄はいつだって日々也を見てる。日々也は先にサイケが静雄を絆したからだって言うけど、でもきっとそうでなくたって静雄は日々也をこの家から追い出そうとはしなかった。それってそういうことだよ。現実なんてそんなものだ。

「ツキ」

やっぱり来てくれている。

俺とツキに限っては、どんなに離れていても直接言葉に表さなくたって相手の心が伝わってきた。オリジナルがそう望んだからだろう。だけどこれっていいことだけじゃない。なんも隠し事ができないなんて、少しだけ不便じゃないかな。そして俺がそう思っていることすら、きっとツキにはバレちゃってる。俺の不安さえも。

「忘れちゃうのかな」
「さあ」

ぎゅっとされたいって思った時に、いつだってツキはそうしてくれる。ツキは津軽やデリックとは違って唯一オリジナルの腕力を引き継がなかった。俺はそれを少しだけ残念だなって思ってる。でも同時に、良かったね、とも思ってる。なんだか矛盾してるね。オリジナルもそうなのかな。

「俺、ツキのこと忘れたくない」

本物の人間じゃなくたってツキの腕はあったかくって気持ちいい。本物じゃないなんて嘘みたい。俺のこの気持ちが本物じゃないなんて嘘みたい。
でも俺たちはオリジナルの過去のメモリーまでは持ってないから、どうしてツキを好きなのか、一体いつから好きなのか、だなんてことは確かに知らない。ただ気付いたら好きだった。それは理由も根拠もなくて、よく人間の言う「恋は理屈じゃない」なんてロマンチックなものでもありはしない。ただそう「設定」されたからそうなんだ。俺は初めて起動したその瞬間からツキのことが好きだった。
俺たちの愛なんて結局はただのプログラムでしかなくて、たとえば俺との対がデリックだったなら俺はデリックを好きになったんだろう。

「たとえ静雄みたいな力持ちじゃなくたって、俺はツキのことが好きなのに」

ぎゅう、とまたツキが抱き締めてくれる。大好きだよツキ。本当に大好き。どれだけ好きだって言っても言い足りない。あとからあとから愛しいって気持ちが湧いてくる。それなのにこの気持ちもプログラムなのかな。簡単にデリートされちゃうのかな。

俺たちは役目を終えれば多分今までのメモリーは全て消される。たとえ俺の個体が残されたとしても、今までの記憶はなかったことになる。それは俺だけじゃなくて、ツキも、サイケも、日々也も、皆だ。皆これまでのメモリーを抜かれてしまう。
所詮俺たちはオリジナルのためだけに存在する機械だから、必要がなくなればアンインストールされてそれで終わりだ。俺はツキを忘れるし、ツキも俺を忘れる。ツキを好きだったことを忘れる。みーんななかったことになって、白紙に戻る。

「臨也はもう、気付きかけてる」
「うん。臨也が自分の気持ちも全て受け入れて、そのうえで静雄に歩み寄る勇気がでれば、静雄もきっと認めようとするよ」
「だって静雄は臨也のことが好きだもの」
「愛そうとしないのは、愛されない自分が怖いから」

この不安を掻き消そうと抱き締めてくれるツキが大好きだよ。言わなくたってどうせ伝わってるんでしょ。大好きだよ。この気持ちも簡単に消されてしまうのかな、書き換えられれば簡単に忘れてしまうのかな。

「ろっぴ、そろそろ戻らないと静雄が心配するよ」
「うん、うん分かってる」
「ろっぴ」
「ツキ、大好きだよ、だから」

愛し続けて、愛され続けるままに消されてしまう。その時が来れば、嘆く俺を見てサイケは滑稽だと笑うだろう。日々也は傲慢だと嘲るだろう。所詮いくらでも書き換えや削除ができるプログラムだったとしても、だけどこんなに愛しいのに。なのに本当に偽物なの? 人間の恋と何が違うの?
誰かを愛しいと思う気持ちに優劣や真偽があるなんて思いたくない。だけどいつか臨也と静雄が恋し合って、俺たちは全ての役目を終えて、そうしたらこの思いだって消えてしまうんだろう。ツキの腕はまだあたたかいのに。俺はツキのことが大好きなのに。好きで好きでどうしようもないのに。

「だからもう少しだけ」

日々也が言った。どうせ殺されるだけの不毛な思いだって。どうせプログラムでしかない偽物の恋だって。だけどどうしても愛しいんだ。この一時の抱擁すら恋しくてたまらないんだ。

俺たちが機械だからって、それだけの理由でこの気持ちも嘘になる。だって好きなのに、こんなに愛してるのに。たとえばこの思いもこの気持ちも、役目を終えればアンインストールされるしかないただのプログラムだったとして、ねえそれじゃあ教えてよ。それなら人間の恋は一体どれだけ苦しくて、一体どれだけ愛しいの。



あきゅろす。
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