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【月島】

臨也は闘ってるみたいだった。自分の気持ちやら思いやら、まあ確かにすんなり受け入れてしまうのには色んな障害があり過ぎて、なんの疑念も葛藤もなく自分のものにしてしまえるようなものではとてもない。だけどだからこそ価値があるんだって、少なくとも俺はそう思っていた。
だって俺たちの恋ってあんまりにもあんまりだ。津軽たちは終わりが目的、デリックたちは成就したら終わり、それじゃあ俺たちは? 俺はろっぴを愛してるよ。誰より愛してる、誰より大好き、誰より大切にしてあげたい。だけど、ねえ、この気持ちはオリジナルによって理想化されたプログラムでしかないんだ。

「きっと俺は明日にでも、サイケから面と向かって嫌いだと言われるだろうよ」

津軽は壁にもたれかかって立ちながら、寝静まった部屋から出て行こうとする俺を呼び止めた。臨也が寝る時のためにと買ってくれたパジャマを着ている。俺たちをちゃんと大事にしてくれているんだって、最近の臨也は言動の端々からそれが分かるようになっていた。

「……津軽」
「月島はこれから逢引か? イデアルはいつもラブラブで羨ましいな。六臂は俺のサイケと違って頭も良いし」
「そういう風に、言うものじゃないよ」
「でもいいんだ。俺はまだサイケに好きだと言えるから」

でもいつかきっと本当に殺してしまう。穏やかな津軽の声はシンとした空間に溶け込んで、隅々まで広がっていくようだった。
オリジナルの臨也が静雄への思いを認めだしたから、逆にサイケが津軽への愛を拒絶しだしている。サイケは鈍いから臨也がそれに葛藤している内はまだ津軽に愛を囁くだろうが、完璧に認めてしまえば今度は憎しみの言葉をぶつけるようになるだろう。仕方がない。アンチタイプはそういう作りだ。

「せめて俺のオリジナルがもう少し自覚を持ってくれれば、まだ“両想い”なんだけどな」
「……」
「そんな顔しなくても分かってるよ。嘘で上塗りしてるだけで、どうせ俺たちは初めっからお互いに殺したいほど大嫌いだ」

本当に不毛なんだって思うのは、所詮この気持ちもプログラムなんだって分かってたって割り切れないことだ。イデアルの俺たちをアンチやユニゾンが羨むのは分かる。段々相手への憎悪を自覚し始めるアンチも、互いに愛し合うこともなく終わるユニゾンも、初めから裏表なく相手を愛することのできる俺たちは理想に見えるだろう。でもだからこそ俺たちは終わりが来るのにいつだって怯えている。だって離れたくないんだ、忘れたくないんだ。所詮この気持ちもプログラムなんだって、分かってたって。

「オリジナルがもっと理論的な性格だったら、俺もこんなにアレコレと気を揉むこともなかったのにな」
「そういえば臨也とデリックは」
「寝てるよ。ああ、臨也は本当のところは分からないけど、少なくともデリックは寝てる。あれも可哀相な奴だ」

どっちがとは聞かずにおいた。どっちだって良かった。津軽は穏やかに微笑む。

「行っておいで、月島。俺たちの憧れ」

津軽がのんびり欠伸をした。そしてまるで俺の姿なんて見なかったかのように、寝よう、と本当に眠たげな声で呟いた。俺はろっぴに会いに行く。

一人で池袋の駅に来るのは初めてではない。二枚出てきてしまった切符を見て、ああまた間違えてしまった、と俺は頭を抱えた。間違えて二人用のボタンを押してしまったらしい。帰りの分として使えばいいよ、といつだったか同じ間違いをしたときにろっぴに言われたことがあったけれども、会う前から別れる時のことを考えてるみたいで俺はなんとなく嫌だった。
俺は携帯を持っていない。ろっぴだって持っていない。でも会いに行くなんてことは約束しなくなって互いに分かっていた。俺たちは言葉がなくても意思疎通ができる。それはどちらのオリジナルも望んだことだった。俺たちはオリジナルの理想をそのまま具現化する。だから俺が人並みの腕力しか持っていないっていうのは、つまりそういうことなんだろうと容易く分かった。静雄は普通の人生を望んでいる。

「ツキ」

落ち着いた声が俺を呼んだ。静雄のアパートの前でろっぴが待ってくれていた。

「やっぱり、来てくれたね」

ああ本当に静雄は臨也のことが大好きなんだなって、俺はろっぴに会うたびいつも思う。だってこんなに嬉しくって、こんなにあったかい気持ちになる。そして俺はその気持ちを口にできる。会いたかったよ、ろっぴ。こんなにキラキラした気持ちを押し殺してるなんて、俺は逆にオリジナルの気持ちが分からない。デリックが可哀相だよ。ユニゾンタイプはオリジナルに従うしかないのに。

「なんだか急に、会いたくなったんだ」
「俺もだよ。きっと、静雄が一緒にご飯を食べて行かなかったからだね」
「強情なんだ」
「可愛いけど」
「妬いちゃうなあ」

本当に大好き。大好きなろっぴ。好きで好きでたまらない。柔らかい髪が好きだよ、俺を映す目が好きだよ、音楽みたいな声が好きだよ、照れた時にはにかむのも好き、拗ねると無口になるのも好き、だいすき。
だけど最近のろっぴは少しだけ不安定だった。オリジナルである臨也の心の変化がそうさせるんだろう。いつまでも一緒にいたいってそう思っても、アンドロイドである俺たちは役目が終わればそこでおしまいだ。メモリーもきっと消去される。こんなに大好きなのに忘れちゃうなんて嘘みたいで、俺にはまだその実感が湧いていない。

大好きだから抱きしめたいなって唐突に思った。ろっぴも抱き締めて欲しそうだった。だから腕をひいて、ぎゅうっとその体を力いっぱい抱きしめる。

「忘れちゃうのかな」
「さあ」
「俺、ツキのこと忘れたくない」
「うん」

こんなにろっぴが怖がってるのに、俺にはただ抱き締めることしかできない。俺たちの目的が俺たちを引き離すんだ。こんなにあったかくたってろっぴは人間じゃないし、どれだけろっぴを大事に思ったってその気持ちもプログラムでしかない。
オリジナルが報われたときが俺たちの終わりだ。体ごと壊されるのか、データだけ抜かれるのか、でも今の記憶をなかったことにされるのだけははっきりしている。俺たちはオリジナルを映す鏡だ。本物とは程遠い、情報伝達網やメモリーの塊でしかない。たったそれだけの存在で、本物の人間にはなれやしない。

「俺さ、実は、自分だけ静雄みたいな力がないのがちょっとだけ残念だなって思ってたんだ。だって、それでろっぴのことを守ったりできるかもしれないのに」
「ツキは馬鹿だね」
「うん、俺もそう思う」
「たとえ静雄みたいな力持ちじゃなくたって、俺はツキのことが大好きなのに」

ぎゅうとまたろっぴを抱き締める。いつまで君を愛しく思えるのか、いつまで俺は俺でいられるのか、そんなことは分からないけど、でも今目の前にいるろっぴを大事にしたいって思った。どうせならこんな気持ち要らなかったってそう思わないのは、それだけオリジナルの思いが強いってことでもあるのだろう。
だから俺たちが振り回されちゃうんだよね。ねえ津軽、君はサイケにいつか嫌われると言うけれど、そんな“泣き言”を俺に言うのってどういうことなのかな。アンチタイプの君がサイケを本当の意味で愛すことなんてない筈なのに、なのにどうして君はずっとサイケを抱き締められないままなのかな。

「でも今分かった、やっぱり要らない」

だって、こんなに力いっぱい大好きな人を抱き締められるのはきっと俺だけなんだ。それってすごく愛しいことだよね。そういうことなんでしょ、ねえ静雄。



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