[携帯モード] [URL送信]
【日々也】

正直俺はサイケが羨ましい。でもそういう風に思えるようになったのは比較的最近のことだ。ユニゾンタイプの俺は、オリジナルの心の変化を忠実に反映する。オリジナルが猫が好きだと言えば猫を好きになるし、犬が嫌いだと言えば犬を嫌いになる。理屈ではなく、そういう作りになっている。対するサイケは逆だった。だから臨也が好いている人間を嫌いだと言うし、嫌いだと言う平和島静雄のことを好きだと言う。そういう作りだ。オリジナルの性格がひねくれている分、素直で分かりやすい性格をしている。
サイケが羨ましい、っていうのはつまりそういうこと。自分の思っていることを素直に、飾ることも偽ることもなく口にできる。その愚直さが羨ましかった。アンチタイプのサイケをユニゾンタイプの俺が素直に羨ましいと思えると言うことは、オリジナルの臨也の方にそういう自覚が出てきたということだ。

我ながら面倒臭い性格だよねえ、本当に。おかげさまで俺まで言いたいことが言えやしない。そうだ俺はサイケが羨ましい。たとえそれが押し殺された本音の上に立つ建前だったとしても、津軽に「好き」と言えてしまうサイケが羨ましくて仕方なかった。そしてそれは勿論、六臂だって同じことだ。イデアルの六臂はいつだって俺とサイケの理想ではあるのだけど、ユニゾンの俺がそれを認めたってことには意義がある。

「静雄も食べてけば良かったのにー」

夜の街をゾロゾロと四人で帰って行く。結局臨也は人数分全ての夕食を用意したが、静雄はそれを受け入れず自分だけファミレスで済ませたらしい。「折角毒でも入れてやろうと思ってたのに」臨也はそう強がっていた。そうあれは強がりだった。この俺が言うんだから間違いはない。

「まあ俺は久々に津軽に会えたからいいけどねー。静雄もイザヤの顔くらい見てけば良かったのに」
「……なんであんなノミ蟲の顔を。それに、どうせお前らと同じ顔じゃねえか」
「分かってないなあ静雄は」

お喋りなのはサイケくらいだ。俺も本来はお喋りに分類されている筈なのだが、静雄の前だとあまりそういう気にならない。デリックはまた別だ。今日はむしろお喋りが過ぎたかもしれない。デリックはオリジナルと同じでおつむが弱いから、今頃パンクしていてもおかしくない。まあ俺には関係ないけど。

家に帰ると、静雄はすぐさま「風呂」と引っ込んでしまった。今日は一日不機嫌そうだったから仕方ない。サイケが無理やり折原臨也の近くに寄らせるからこうなるんだ。おかげさまで俺のご機嫌もあまりよろしくない。

「静雄はちーっともイザヤを好きにならないね」
「それは違うと思うよ、サイケ」

俺が口を挟むとサイケは不思議そうな顔をする。アンチのサイケならオリジナルの変化を感じ取ってもよさそうなものだが、いかんせん頭がパアなので理解が追い付かないのかもしれない。いくらアンチって言っても、もう少し知的な感じになれなかったのかとつくづく思う。

「日々也、どういう意味?」

六臂も首を傾げた。イデアルである六臂のお相手は同じイデアルの月島だから、オリジナルの変化をそのまま反映しないのは仕方ない。

「大して意味はない。ただ、今日はデリックと大人しく“お話し”ができたってだけ」
「わあ、日々也デリちゃんと仲直りしたの?」
「気持ち悪い表現は控えてくれ」

大体、オリジナルに性格の近いこの俺をこの家から叩き出さなかった時点でかなりの変化だ。まずサイケからいったのが良かったのかもしれない。静雄は明らかにサイケに絆されている。六臂よりサイケにってのが、また皮肉なところではあるけど。

「でも日々也はデリちゃんのこと好きだよね?」
「だから気持ち悪い表現は止めろと言ってる」
「でも好きでしょう」
「不毛なだけだ、どうせ殺されるのに。どっちにしたってただのプログラムでしかない」
「……どうしてそんなこと言うの」
「俺たちが何をどんなふうに思ったって、それは全て偽物でしかないんだよ」

デリックを見てると憎たらしい。憎たらしいと同時に、でも愛しいという気持ちも湧いてくる。だって俺はそういう風にプログラムされているから。つまりそういうことだ。臨也は認めたのだ。自分が静雄を愛しているということをとうとう認めた。でもまだ本人はその感情を持て余していて、だからサイケが宙ぶらりんなまま津軽に「愛してる」と言う。そして自分の感情の矛盾についていけず不安定になる。
可哀相なサイケ、もう少し賢くできてたら分かったかもしれないのにねえ。アンチタイプのサイケが真実に津軽を愛することはない。今でこそ茶番のような恋愛ごっこができているけど、もう嘘でも津軽を愛すことに限界がきていることにいつになったら気付くんだろう。津軽の方は気付いてるんじゃないかって思う。あいつはひねてて計算高いから。

暫くすると静雄が風呂から上がってきた。お前らも入れ、とタオルで頭を拭きながら言う。

「じゃ、俺から入るー」

いそいそとサイケが風呂に入る準備をし出した。一緒に入ろうとか言い出さない辺りには感謝している。どうやら相手が俺たちであっても、サイケは基本一人でいるのが好きらしい。

「お前ら、あいつのとこで何食ったんだ?」
「……焼き肉をご馳走になったよ」

俺が答えないので、六臂が答えた。興味なさそうな顔をしておいて、やっぱり気になるんだなと思う。でもまだ認めるには至っていないらしい。だからデリックがあんな調子だ。
今の俺だから自分の心の中だけではこう思える。素直に好きだと言いたい、できることなら愛されたい。そしてこれはオリジナルの臨也の本心そのものだ。こんな誰でも持ち得る当たり前の感情を認めるのに、一体どれだけ無駄な時間を使ったんだろう。それは静雄だって同じだ。静雄はまだ認めようとすらしない。オリジナルがこれじゃあ俺はいつまで経ってもデリックの心は手に入れられない。そしてその願いが叶った時、俺たちの存在意義はなくなる。
まさに不毛な恋愛って感じ。自覚がある分俺の方がデリックより可哀相かな。せめてこの口が素直になってくれればいいのに、まだそこまでには至っていない。まあ、破局がゴールのサイケたちの方が不毛だけど。

「変なモン食わせられなかったか?」
「大丈夫だよ」

クスクス六臂が笑う。嫌味がなくて優しくて、自分の気持ちを素直に口にできて、まさに“俺の”理想だ。俺は六臂だって羨ましい。サイケも六臂も羨ましくて堪らなくて、この俺でさえそうなんだから、オリジナルの方はさぞや劣等感に満ちた毎日を過ごしているんだろう。俺はまだ自分を客観的に見れるけど、それにしたって耐えられない。

この気持ちを吐きだしたい、素直になりたい、人間が好きだだから一人にしないで、俺を一人にしないで、離れていかないで、でも怖いから近寄らないで、もっと真っ直ぐでありたかった、好きだ、好きだよデリック。大好きだよ。

「静雄も食べて行けばよかったのに」

思わず口をついて出た言葉に驚いたのはこの場にいた全員だ。どうせ作られたアンドロイドでしかない俺たちに本物の感情なんてありはしない。役目を終えればそれで終わり。ボディごと解体されるのかそれともメモリーだけ抜かられるのかは知らないが、どっちしたって俺たちはそれで終わりってことだ。それだけでしかないんだよ、なのにどうしてこんなに胸が焼けるような思いをしないといけないんだろう。ああ静雄、大嫌いだ大嫌いだ大好きだ、だから早く。

どうせ殺されるだけなら、早く。



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!