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【デリック】

本当に不愉快だ。不愉快不愉快不愉快。何が一番不愉快って、こんな最高に下らないことに一々腹を立てている自分に一番腹が立つ。俺の沸点が低いのはオリジナルがそうなんだから仕方ない。そういくら言い訳してみたって、それでこのイライラがおさまるわけでもない。臨也だけならまだいい。近くに日々也がいるっていうのが、俺は一番腹が立つのだ。

「サイケと津軽ならベランダ、他の三人は今買い物に出てるよ」

部屋が静かになったので帰ったのかと思えば、こともあろうに日々也だけが偉そうにリビングの真ん中に鎮座して紅茶を啜っている。殺す、とほぼ無意識に声が漏れた。機械的と言った方が良いかもしれない。

「殺すとはあまり穏やかではないな。もう少し言葉を選んだらどうなんだ?」
「ああ?」
「ああ、それとも無理か。デリックはオリジナルと同じで脳みそまで筋肉だからな」
「んだと手前。もっぺん言ってみろ」

咄嗟に手が動きかけた。それを寸でのところで押しとどめると、見下したように日々也が笑う。

「同じことは二度言わない。君は馬鹿だから、一回じゃ分からないみたいだけど」
「おい、いい加減にしとけよ……」

俺は津軽と違って自分の力が好きなわけじゃない。暴力は嫌いだ。できれば静かに穏やかに過ごしたいと思う。それはオリジナルと同じだった。そしてその意思に反してすぐ頭に血が昇ってしまうのも、オリジナルと同じだ。ことに日々也の顔を見ていると無条件でムカムカする。殺してやりたいと思う。体の内側が叫んでいる。殺してやる。

「俺だってお前の顔はあまり見たくはないんだよ、デリック」
「あんまりペラペラしゃべんじゃねぇ。殺したくなっちまうだろ?」
「ふん」

鼻で笑ってまた紅茶に口をつける。ああ殺してやりたい本当に。怒りが腹に収まりきらなくなる前にこの部屋を出て行こうと踵を返すと、「待て」と憎たらしい声がかかった。思わず足を止めてしまった自分を呪う。

「ああ?」
「君は本当に俺のことが嫌いだよね」
「当たり前のことを今更言ってんじゃねえぞ」
「本当に嫌いなのかな?」

思わず近くの壁を殴りつけかけた。キリキリと拳を作ってその痛みに自分で耐える。ユニゾンタイプの俺と対をなしている日々也は、薄気味悪いほどにオリジナルであるあのノミ蟲に似ている。それを言うなら俺だってオリジナルの静雄に似ているんだろう。“だから”俺は日々也が大嫌いだ。いつだって殺したいと思うし、その名前を聞くだけで殺意が湧く。
打算と計算にまみれた日々也がムカつく顔で笑っている。ああ殺してやりたい今すぐ! そのお綺麗な顔をグチャグチャにしてやりたい引き裂きたい壊したい。いつだって思ってるよ。いつだって俺はお前を殺したいと思っている。

「だって俺たちは分かってるはずだ。オリジナルの本心ってやつを、ユニゾンタイプの俺たちは誰よりも分かってる」
「それがなんだよ。静雄だってあのノミ蟲のことは」
「嫌いだって思い込んでいればいつまでも守られると勘違いしている」
「なんだと?」

おかしいとすぐ気付いた。あの日々也がそんなことを言うはずがない。その証拠に、俺はそんなことはこの口が裂けたって言えやしない。だって静雄が言うのだ。臨也を殺したいといつだって叫んでいる。

「どういうことだ……」
「津軽か月島か知らないが、随分と俺のオリジナルを懐柔してくれたみたいだね」
「…………」
「臨也は認めかけてる。だから俺もこんなことが言える」

ユニゾンタイプの俺たちが最もオリジナルの心には近いのだ。日々也は容易く嘘を吐くが、自分のオリジナルに関する嘘を、しかも俺に向かって言うはずがない。言われてみれば確かに、最近の臨也は俺たちに甘くなっていた。初めの頃は静雄と同じ姿と言うだけで顔を歪めていたのに、この頃では笑顔を見せることもある。津軽や月島の「性格」が、あまりに本人からかけ離れているからかもしれない。

「おかげでサイケの調子がこのところ悪い。あの子は頭が弱いから、急な変化に対処できないんだろう」
「お前はどうなんだよ」
「心配してくれてるのかな? でも、俺とこれだけまともな会話を続けられてる君も、随分な変化を遂げてる気もするけどね」
「俺は変わってねえ……」
「そう。残念だ」

本当に残念そうだった。日々也がこんな顔をするわけがない。ということはやっぱり、オリジナルの方に変化があったということだ。

「あれ? 珍しい組み合わせだね」

買い物に出ていたらしい臨也達が帰ってきた。ああやっぱりムカつく。その顔を見ているとムカつく、はずだ。

「喧嘩しなかったか? デリックはすぐ怒るから」

月島が心配そうに俺に寄ってきた。今日に限っては無用の心配だ。頭ん中がゴチャゴチャになって、日々也をぶん殴っているどころではなかった。つくづく俺は考え事には向いていない。

「でも珍しく何も壊れてないね。喧嘩しなかったの? 君達」
「話しかけんな」
「喧嘩なんて心外だなあ」

顔を上げると六臂と目が合った。六臂はあまり喋らない。物腰が柔らかくて誰にでも気遣いができて、普通に人間として生きれば誰からも好かれるだろう性格をしている。そのくせ自分の言いたいことはちゃんと言う。だからいつだって月島への愛を惜しまない。六臂がそういう性格になっているってことがどういうことなのかってことくらい、さすがの俺も分かっている。でもオリジナルの静雄が認めないから、俺はそれを口にはできない。

「今日さあ、皆で夕飯食べてきなよ。材料も人数分買ってきたからさ」
「おい、勝手に決めんな」
「俺は一応止めたんだけどね。静雄が迎えに来るんだし」

六臂が苦笑した。だが臨也は聞かなかったらしい。

「だって、それじゃあシズちゃんも一緒に食べてけばいいじゃないか」

思わず日々也を振り返った。それを見通していたように日々也は既にこっちを見ていて、俺と目が合うと「ほうら言った通りだろう」と不敵に笑う。

元々俺たちが作られた目的は「これ」だ。でもそれがいざ現実になろうとすると例えようもなく不安になる。それは俺のオリジナルにまだ決定的な変化が訪れていないからなのかもしれない。俺は日々也が嫌いだ。大嫌いだ。そしてその逆のことを口にできるようになった時、多分俺たちの役目は終わりになるのだろう。



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