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【サイケ】

だって津軽に会いたいー、とごねると静雄は困ったような顔をして、それからろっぴの方を向いて助けを求めるような顔をする。いつもは静雄の味方をするろっぴだけど、この時ばかりは困ったように笑うばかりだった。そりゃそうだよね、だってろっぴだって月ちゃんに会いたいはずだもん。

「静雄ー、お願ーい」
「だってお前、外に出たくねえんだろ?」
「じゃあ津軽をこっちに呼べばいいよ!」
「それも駄目だろ。アイツが津軽を外に出したがらねえんだから」
「……サイケ、あまり静雄を困らせては駄目だよ」

見かねたのか、今まで黙ってくれていたろっぴまで口を挟んでしまった。それは分かってる。俺だって我が儘言って静雄を困らせたい訳じゃない、でも俺は津軽が大好きだから。そういう風に作られてるから。だからどうしても会いたくて仕方なくなる時がある。

「静雄、ごめんね?」
「……いや、いいんだ。そうだな、暫く会いに行ってねえし、今日は久々に行ってみるか」
「本当!?」

観念したように静雄が言ってくれて、俺は思わずバンザーイと両手を上げた。良かったねえとニコニコしてるろっぴだって、内心すごく喜んでるに決まってる。ろっぴと月ちゃんはラブラブだもんね。いいよね、イデアルは素直でさ。それに比べてほら、日々也は露骨に不機嫌な顔になった。

「……俺は行かないぞ」

これだからユニゾンって面倒臭いんだ。日々也は静雄のことも嫌いだと言うし、だから自分と対のデリちゃんのことも大嫌い。面倒臭いよねえ。静雄が俺をこの家に素直に置いてくれてるのは性格がオリジナルの臨也と真逆だからなのに、日々也は全く一緒だから静雄もしょっちゅう怒ってる。ろっぴが宥めてくれるからまだいいけど。
今回も、そのろっぴがどうにか宥めて日々也を外に連れ出してくれた。オリジナルと一緒で人間が好きなんだから、その辺の人間観察でもしてればいいのに。俺はもちろん人間なんて嫌いだよ、大嫌い、感情豊かに笑ったり泣いたりしてるのなんて本当に気持ち悪い。だから本当は外にだってあんまり出たくないんだ。でも、そうしないと津軽に会いに行けないから。

「俺はこの辺で時間潰してるから、お前らだけで行って来い。夕方になったらまた迎えに来る」「はーい」

臨也のマンションの前まで来ると静雄が言った。日々也は少し悩むような素振りをして、結局は俺たちについて来た。デリちゃんに会うのと静雄と二人きりになるの、どっちがいいか計算していたんだろう。これだから面倒臭いんだ。

「でも俺は、本当はオリジナルには会わない方がいいんだけどね」

ろっぴはそう言って、難しそうな困ったような顔をする。イデアルってそんなものなのかな。だったら俺はむしろ日々也のほうがオリジナルには会わない方が良い気もするんだけど、俺と違って賢いろっぴが言うならそんなものなのかもしれない。でも俺が「じゃあろっぴも待ってる?」と尋ねてみると、「でも月島には会いたいから」と控えめに微笑む。アンチタイプの俺より素直なんだよね、ろっぴは。オリジナルには皮肉かもしれない。いや、アンチとイデアルは似てない方がオリジナルにはいいのかな。難しいことはよく分からない。

「――サイケ!」

俺の顔を見ると、津軽が満面の笑みになって俺を迎えてくれる。いつもと違ってなぜだかTシャツを着ていた。ぎゅう、と抱きついて背中に手をまわすと後ろから呆れたような溜息が聞こえてくる。俺のオリジナルの声だ。

「その顔でやられるとただのグロ映像だよね」
「イザヤはただ羨ましいだけでしょー?」

ろっぴと月島はさっそくいちゃつき始めてる。デリちゃんは日々也が来ると逃げるように部屋から出て行ってしまった。だから日々也は一人で不機嫌そうにソファの上に座ってる。

「ねえ津軽、この部屋人が多いからあっちに行こうよー」

俺は人が多いところが嫌い。基本的に一人でいるのが好きなんだ。日々也もろっぴも、皆嫌いじゃないけど、だけど俺は一人でいる方がほっとできる。津軽の腕を引っ張ってベランダに出た。イザヤのマンションは高いところにあるから眺めはそこそこいい。下を見れば人間がたくさん歩いている。俺の大嫌いな人間が。

「ずっと会いたかったんだよー津軽ー」
「ああ、俺もだ」

ああすごい滑稽だって、自分の見たくない本心さえ自覚している俺たちはこの茶番に笑いそうになる。好きだよ、会いたかったよ、そう繰り返すのは俺たちのオリジナルがそれとは真逆のことばかり言うからだ。嫌いだ憎いとそればかり繰り返すからだ。でも知ってるよ、俺たちは本当は知ってる。
俺は人間が大嫌い。人の中にまざるのも嫌い、吐き気がする。それはイザヤが人間が大好きで、そしてどうしようもなく寂しがり屋だから。だから俺が人間嫌いで厭世家って「設定」になる。いつだってイザヤは嘘ばかり言うから、かわりに俺は自分の思うことを素直に口にする。人間なんて大嫌い、皆いなくなってしまえばいい。消えてしまえ。俺は他人なんて必要ない。

「そういえば津軽その恰好、まさかまた喧嘩?」
「……う、これは」
「駄目だよ。暴力は悪いことだよ?」
「知ってる。でも俺は」
「うん、仕方ないよね。でもだったら、俺がこんなこと言うのだって仕方ないんだ」

オリジナルの枠から出れないなんてすっごい不便。俺たちの感情や行動は全て引用元があって、何をしていたってオリジナルの姿がちらつくんだ。
人間なんて大嫌い。本当に嫌いなんだ。嫌い、嫌い、嫌い。でもたまに、どうしようもなく愛しくなることがある。ああ本当は大好きなんだよって、この気持ちを隠すために嫌いなんて言ってたんだよって。笑えるよね。だってこれ、俺と津軽の関係にそっくりなんだもん。愛してる、愛してる、愛してる――大嫌い。

「ねえ津軽。俺は津軽が好きだよ」
「俺もサイケが好きだよ」
「うんそうだよね。そうなんだよね」

だってオリジナル達が嫌いだと言うんだ。だからアンチタイプの俺達は好きだと言う。わあすごい馬鹿げてるって、でもどうせ人間じゃない俺達は知ってたって同じことを繰り返すしかないから。

「……俺、たまに日々也が羨ましくなるんだ」
「どうして?」
「津軽は俺より頭がいいから分かるでしょ」

大好きな津軽にしがみついて、今日も街を歩く人間を思う。大好き、大嫌い、大好き、大嫌い。なんで俺がこんな思いをしなきゃいけないの。どうせならオリジナルみたいな知性が欲しかった。アンチタイプの俺が欲しがったって仕方がないけど、もっと色んなことを考えられたならこの複雑な思考回路をもっと整理できたかもしれないのに。津軽は人間じゃないくせにあたたかい。大好きだ津軽。このあたたかさを感じていると、その胸にナイフを突き立てたくなるくらいには。でもね津軽、俺は本当は気付いてるんだ。俺がどんなに抱きついたって、津軽が俺を抱き締めてくれたことなんて今まで一度もないってこと。「どうせ最後には消されてしまうのに」縋りつきたくなるような声で津軽が言った。

「馬鹿なサイケ」

俺もそう思うよ。



あきゅろす。
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