[携帯モード] [URL送信]
騙されやすい僕の恋人/後編

何かを馬鹿にしながら生きるのってすごい楽だ。だって物の価値をはじめから決めつけて自分を優位にすればいいんだから、なんにも考える必要がない。俺はそれを知ってるんだ。でもそういうことを知ってる自分にはうんざりして、かえって考えすぎて疲れたりする。俺ってなんかつまらない人間だ。自分でも自分が何をしたいのかイマイチよく分かってない。

「大丈夫だ」

シズちゃんの根拠のない大丈夫はいつも迷いがない。だから俺は小さなことをウジウジ悩んでる自分が馬鹿らしくなって、なんとなく笑ってもいいかなって気持ちになれる。シズちゃんは馬鹿なんだ。すっごい馬鹿。俺の首についてる赤い痕を見たって、ちっとも他の女の気配を気取れない。それどうした、と訊かれて、気付いたらついてたんだ、と答えればそれで終わりだ。俺は嘘はつかないよ。シズちゃんのためなんかじゃあないんだ。俺は俺の大切な思い出をできるだけ長く綺麗なままで持っていたい。





太陽を直接見ると目がやられる。だから俺は空を見上げるとき必ず手をかざす。お伽噺の中の綺麗ごとは作り話でしかないんだ。だってほら、現実はくだらないことばかりが起こって、そのせいで俺はいつも溜息を吐いている。

「だから嫌だったの」

こんなに目立つところについてるんだから、隠そうとしなきゃそりゃ普通は気付く。これを見て他の女の存在を勘付けないのなんてシズちゃんくらいのもんなんだ。ただでさえ女の子って聡いんだから。
でもさ、俺だってもう少し準備期間があれば君を泣かすようなことはしなかったよ。少なくともコレを隠そうとはしたね。約束もしてないのにいきなり駅で待ち伏せなんてするから、そうやって余計なものを見て余計な涙を流さなきゃならなくなるんだ。俺、何か間違ったこと言ってる?
今日を含めてもまだ片手で足りるくらいしかあったことのない女の子だ。胸もなくて肉つきもよくないけど、いかにも恋愛慣れしてない感じがなんとなく好きだった。駅前だなんて人の多いところでボロボロ涙を流して、俺を睨み付けたかと思うとそのままその場にしゃがみ込んで声まであげてないてしまう。

仕事終わりのサラリーマン、放課後デート中のカップル、買い物袋を持った主婦、杖をついたおばあちゃん、皆が俺達を見てる。ある人は女の子に同情の、ある人は俺に哀れみの、言い切ってしまうのなんて不可能なほどいろんな感情の視線を集めてしまって、俺は堪らず叫びだしたくなった。
俺が悪いのか悪くないのかと訊かれたら、どう考えたって俺が悪いんだろう。だって一人に絞る必要が俺には全然わからなかった。この子だってそうだよ、どうして俺ばかりにこだわる必要があるんだろう。いろんな人と恋愛をすればいい。そうする権利が俺たちにはあるんだ。相手は一人にしないといけないだなんて、どうしてそんなことまで決めつけられないといけないんだ。

「泣かないでよ、そんなとこで」
「じゃあ何処ならいいの、私はいつだって臨也のことを考えてたじゃん、迷惑かけたことなかったじゃん」
「知ってるよ」
「だから嫌だったの、なんも教えてくれないなら、そのままでいさせてよ、なんで私ばっかりなのよ」

まずいなあと視線を滑らせると、空車のランプを灯したタクシーがちょうど目に入った。俺はすぐさま手を挙げて、扉を開けたタクシーに駆け寄るとすぐさま発進してくれるようにお願いする。
車はゆっくり走り出して、俺が安堵の息を吐き出すと運転手が「大変ですねえ」と呑気そうに言った。俺がどういう状況だったのか見えていたらしい。私も昔ありましたよお、あの時は女三人に囲まれてねえ、お客さんは顔が綺麗だから大変だねえ。とりとめない言葉をなんとなく聞き流して、俺は意味もなく後ろを振り返る。追いかけられるような気がしたのだ。有り得ないって分かってても、女の子って怖いから。
タクシーの窓から見える夜の街はネオンで輝いてる。なんだか不恰好だなあと俺は思って、胃の中からむかむかとしたものが込み上げてきた。そういえばあの子、どうなったのかな。誰か親切な人が声をかけてあげたかな。それとも皆、冷たいから、今もまだあそこにしゃがみ込んだまま泣いてるのかな。それってすごくくだらないよ。俺が見てないとこで泣いたって仕方ないだろ。

「で、お客さん、どちらに?」

俺は少し考えて、シズちゃんちの住所を言った。迷惑だとかそんなことは全然考えていない。だってシズちゃんはいつだって俺を受け入れてくれるって知ってる。そういう男なんだ、都合のいい男。今からそっち行くから、と俺はメールを打った。すぐさまシズちゃんから了解の返事が届く。ほらね、やっぱりそうだ。シズちゃんはいっつもそうなんだ。

タクシーがシズちゃんのアパートの前について、俺は一万円運転手に渡してお釣りはいらないと言う。相手の返事も聞かずボロッちいアパートに駆け寄って、シズちゃんの部屋の前に行くと玄関のドアを思いっきり叩いた。
シズちゃん、シズちゃん、君だけは俺に馬鹿げた茶番を押し付けない、君だけは恋の駆け引きだなんて不毛なものを俺に求めない。ここを開けてほしい、という自分でも訳の分からない欲求が爆発的に広がって、俺はひたすらドアを叩き続けた。冷めた夜の空気に乾いた音がやけに大きく響いている。そうしてこういう時に俺はふと思うのだ。ああ、俺、生きてる。

「なんだ、どうした、臨也」

慌てたようにドアを開けたシズちゃんはお風呂上りなのか髪の毛がしめってて、俺はそれを見るとなんだか泣きたくなった。いつまでも夢の国の中で生きててよ、シズちゃん。そんなことを考えながら俺はシズちゃんの体に抱きついて、本当に自分が何を欲しがってるのか分からなくなってしまった。大嫌いだシズちゃん。俺は気付いてたよ、君はいっつも、俺に自分のことが好きかどうかなんて聞かないんだ。俺は嘘をつかないって決めてるのに。

シズちゃんは俺を家に入れると鍋で牛乳をあたためて、やけに甘いホットミルクを作った。俺のいきなりの訪問の理由なんて全然聞いてこない。そっちのほうが都合がいいはずなのに俺はなんだかもどかしいような気がしてしまって、これ甘すぎるよ、なんて意地悪なことをついつい言ってしまう。
今日はもしかしたら肌寒い日だったのかもしれない。カップからホットミルクが全てなくなってしまうまで、シズちゃんは一言も何も言わなかった。いつまでいい子ぶってるつもりなの、なんて、だから俺はまたそんな意地悪を言いそうになってしまう。シズちゃんの金色の髪から水滴が落ちた。ちゃんと髪は拭けよっていつも俺には言うくせに、そうやって自分ばっかりないがしろにするからいつもハズレくじを引くんだ。俺は嫌だよ。そんな生き方なんて絶対に嫌だよ。

「臨也、今日は泊まってくか」
「うん」
「風呂に入るか」
「うん」

俺が頷くとシズちゃんは立ち上がって、風呂場のほうに行くとすぐにまた戻ってきた。なんか今日はシズちゃん優しいね、と俺は照れ隠しのつもりで言ってみた。シズちゃんはほんの少しだけ困ったような顔を作って、バカ、早く入って来い、と照れ隠しでまた返してくる。





本質的に俺は恋愛に向かないんだよね、と考えてみる。ポケットに突っ込んだ携帯が何度も震えているのには気付いてた。でも気付かないふりしてたほうが俺は楽ちんな気分になれるから、携帯は引っ張り出してテーブルの上に置いてきた。俺がお風呂に入ってる間も震え続けてるんだろうなと思うと、憂鬱なのか興味深いのかよく分からない気持ちになってくる。
お風呂から上がるとすでに布団が二組敷いてあった。俺の携帯と脱いだ服はきちんと部屋の隅にきれいにおいてあって、シズちゃんはといえば掛布団の上に仰向けになって寝てしまっている。髪が濡れてるよシズちゃん、最近長くなってきたんじゃないの。俺はシズちゃんの隣の布団に座って、なんとはなしにその寝顔を覗き込む。

「シズちゃん」

俺が呼んでも起きないなんて何様のつもりなの。部屋の隅の携帯が震えた。開けばあの女の子からの着信が入ってるんだろう。メールも着信履歴も色んな女の子の名前でうまってて、俺はその中のいくつを自分のものにできてるのか自分でも分かってない。
シズちゃんだけなんだよ。俺に面倒なこと押し付けないで、俺はシズちゃんだけは自分のものになってるんだって自信を持って言える。それって自己チューで最低だって自分でも分かってるけど、でも分かってることと手放すことは別次元の話なんだ。俺は俺が大事だし、シズちゃんがいればとりあえず俺は自分が生きてるんだってことを感じられる。深呼吸してるみたいな、そういう落ち着いた気持になるのって生きてく中で絶対に必要だ。だって現実と夢の世界は全くベツモノなんだから。

俺がどんなに他の女の子と会ったってシズちゃんはきっと気付かないし、気付いたとしても何も言わずいつものように俺のわがままを受け入れるんだろうと思う。だってそういう男だから。都合のいい男。いつまでそうやってハズレを引き続けるつもりなんだろう。
馬鹿みたいだねシズちゃん、と俺は眠りこけるシズちゃんの足の裏に話しかけてみた。いつものように落ち着いた声で「大丈夫」と言ってくれやしないだろうかと期待したが、シズちゃんは間抜けな寝息を続けるばかりで、足の親指すら、ピクリとも動かさなかった。













--------------------
騙されやすい僕の恋人
(愛しているから信じるのか)


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!