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後編2

 今日も臨也は静雄に会いに来ない。それで静雄も気付いた。いつだって臨也の方から静雄に会いに来ていたから、いざこうやっていなくなってしまわれれば、静雄は自分から臨也に連絡をつけることができないのだ。

「最近会いに来ねえなあ」

 取り立ての仕事中、街中を歩きながら思い出したようにトムが言う。すぐにヴァローナも「肯定です」と頷いた。最近は知り合いに出会うといつも似たようなことを聞かれる。最近臨也と一緒にいないな。臨也はどうした。喧嘩でもしたのか。
 ある意味喧嘩よりも最悪だ、と静雄は思う。ただの喧嘩なら謝れば済むが、これはそうもいかないだろう。むしろ謝ればますます事態を悪化させる気がするし、そもそも静雄には謝罪をする意思も全くない。そして勿論、臨也も静雄に謝る必要はなかった。何が打開策になるのか分からない。誰かが悪者になって終わりではない。静雄の軽率な行動は、自分で思っていた以上にややこしい状況を呼び込んでしまったのかもしれない。それでもやっぱり、静雄は自分のしたことを謝りたくはないし間違いだとも思わなかった。

 ――誰も悪くなかった。

 新羅のそれが慰めではないと言うことくらい分かっている。多分「忘れろ」と言っているのだろう。だがそれで納得できるわけがない。あんなに煩わしく面倒に思っていた男を、その前は殺したいほどに憎んでいた男のことを、こんなにも一日中考え続ける日が来るなんて思わなかった。臨也を愛しているわけでもない。それなのに、逃げようとするその腕を無理矢理に引っ張ろうとするのはただのエゴだと分かっている。臨也を傷付けるだけだと分かっている。それでももう一度会いたいと思うし、そばにいてほしいと思う。できれば泣いてほしくないと思う。愛しているわけでもないのに。
 誰もいない家にいて臨也のことを考えてしまう。もしかしたら同情しているのかもしれない、でも分からなかった。たった一人の部屋は広くて静かで寂しい。たった一人で食べる食事は寂しい。ただ自分の都合の為だけに臨也を利用しようとしているのだろうか。でもそれなら臨也でなくてもいい気もする。幽でもトムでもヴァローナでも、新羅でもセルティでも事足りる。情が湧いたのかもしれない。だってあんなに一途に静雄を追いかけてくれていたから。でもそれなら多分後悔した。静雄はあの日臨也にしたことを一つも後悔してはいない。そうするべきだと思ったのだ。自分のためにそうするべきだと思った。

『――もっと広いところに行きたい』

 そういえば、臨也がいつだったか一緒に旅行がしたいと言っていたことを思い出す。その時は静雄も軽くあしらって終わりだったが、臨也にとってはとても大切なことだったのかもしれない。広いところに行きたい、どこかに行きたい。その相手に静雄を望んでくれていたのだろう。今なら分かる。だから会いたい。そう思うのは、だって、あんなに静雄のことを好きだと言ってくれた。嬉しかった、嬉しい。あんなに憎み合っていた臨也だからこそ嬉しかった。多分そういうことだ。嬉しかったのだ。いつだって会いに来てくれた、いつだって喜ばせようとしてくれた。いつからか臨也が笑うたびに自分も嬉しくなるようになった。いつからか一緒にいると自分まで笑えるようになっていった。好きになっていた。恋愛だとかそういうことじゃなくて、もっと純粋に、折原臨也という一人の人間を好きになり始めていた。だからこそ臨也の抱える「同性愛」を疎んじて邪魔に思った。気持ち悪い。でも好きだ。好きだ臨也。でもそれはお前とは違う。気持ち悪い、俺もお前も男だろ。おかしいよお前。
 でもやっぱり、それでも静雄は臨也のことが好きだった。
 もっと好きになりたいと思った。そんな臨也のことも受け止めてやりたかった。静雄だって臨也を喜ばせてみたかった。もっと笑っているところを見たかった。だからこそ、どうしても交わらない感情のベクトルに苛立ってどうしようもなかった。自分でもどうしていいのか分からず、自分が何をしたいのかもわからなくなっていった。それはとてもシンプルで単純なことだったのに、それでもやっぱり、臆病者の静雄には認めてしまうのには少し勇気が足りなかったのかもしれない。自分の常識を覆してしまうのはとても怖い。

「会いたい」

 一人きりの家は寂しい。そばにいてほしい。でも臨也にそうさせる権利はないから、だからそうしていいだけの立場が欲しかった。一緒にいて当然だと言えるだけの関係が欲しかった。そうするにはもう、静雄が臨也を好きになるしかなかったのだ。好きになりたい。愛したい。一人の人間としての好意を超えて、臨也を恋人として愛したかった。あんなに必死に否定しようとしていたのに、いつの間にか本気でそう思うようになっていた。好きになりたい、愛したかった。これもエゴかもしれない。エゴだ。でもどうしても忘れられなかった。たとえ同じ男だとしても、それが臨也なら愛せるかも知れないと思えた。同じベクトルで好きになりたい。偽善だとか同情だとか、そんな短絡的な言葉で片付けられることでもなく、そんな高尚な言葉を使うまでもなかった。
 ただ、臨也を好きになりたい。恋人として愛したい。

「会いたい、臨也」

 駄々を捏ねるだけでは何も進まない。こうなって初めて臨也の気持ちが分かった。いつも静雄に好きだと言うたび、一体どれだけの不安を抱えていたのだろう。まるで何でもないことのように繰り返して、でもそれはたくさんの臆病と勇気の上に成り立った言葉だったのだ。なんていじらしいんだろう、大好きだ。好きだ。好きになりたい。だから臨也。

「どうしていなくなったりするんだよ……」

 自分の独り言がこんなにも虚しく響く。こんな部屋に一人でいたくない。だから今度は、静雄が追いかける。



あきゅろす。
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