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中編2

 臨也と作ったカレーは上手くできたが作り過ぎた。それからは三日間カレー生活になったほどだ。こうやってなんとなく時間が過ぎていくんだろうなあと呑気なことを思う。これから何かを無理に変えようとして、それで手ひどいしっぺ返しを食うなら、このままのんびりと怠惰に身を任せていた方が良いと思ってしまうのだ。そのほうが傷は深くなるかもしれないということが、分からないわけではなかったが。

『相変わらずみたいだな』

 仕事帰り、街中でたまたまセルティに会った。少し話そうと言ってくれたので、近場の公園のベンチに座る。季節もあってか、時間のわりにまだ明るい。静雄が煙草を吸っていると、セルティがいつものPDAに文字を打ち込んだ。

『臨也と仲良くやってるみたいじゃないか』
「あー……」

 最早否定できないところまできてしまった。そのくらいの自覚は静雄にもある。臨也が静雄に向ける好意はあまりにストレートだった。そしてその無知さは、静雄に救いを見せるようにも思えた。
 静雄のことが好きだとバレた途端、すぐさま開き直って静雄に積極的に寄って来るようになった。始めの内こそそれはただ奇怪なだけの対応に見えたが、今思えばそれは無知からくるものではなかったのかと思えるのだ。好意を寄せる人にどう接すればいいのか分からない、だから態度が両極端になる。まるで子供のように情緒不安定にも見える。臨也は子供だった。静雄はどうしても放ってはおけなかった。旧友からの忠告が頭にないわけでななかったが、突き放すほどの度胸もなかった。

『静雄と臨也が仲良くしてくれれば、私は嬉しいけどな』
「……そうか」
『静雄は臨也が好きなのか?』
「まさか」

 少なくとも好きではない。今の行いで過去の全てがなかったことになる筈もない。臨也が静雄に何度好きだと言おうと、静雄は臨也を好きにはならない。そもそも静雄はホモではないし、バイでもない。男の臨也は絶対に恋愛対象にはならない。

『お前が臨也の名前を出してキレない時点で、私には大分進歩に見えるけどな』

 それでやっと静雄も気が付いて、自分の勘違いに自分をぶん殴りたくなった。セルティが言っていたのは、友情としての「好き」だったのだ。考えてみれば、臨也が静雄に恋愛感情を持っているということは当人を除けばあとは新羅しか知らない。それ以外の人間は臨也の豹変を友情に目覚めたとしか解釈していない。自分たちの性別を考えれば当然のことだった。迂闊な早とちりに無意識に舌打ちすると、今度は静雄がセルティを勘違いさせてしまう。

『気を悪くさせたなら謝る』
「ああいや、違うんだ。こっちこそ悪ぃな」

 その後は臨也の話題を避けた雑談を少しして、セルティのバイクで家の前まで送ってもらった。礼を言って別れる。
 嘘を言っているつもりはない。余程の必要性がない限り、静雄は意図的に嘘を吐こうとは思わない。臨也が嫌いだと思うのも本当だった。高校時代から数えて、あまりに様々なことが起こり過ぎたのだと思う。今でも許せないし、許すつもりも毛頭ない。極端な話、子供なら人を殺しても許されるのかという話だ。罪だと知らなかったなら人を殺しても罪ではない、ということにはならない。臨也は別に人を殺したという訳ではないが、静雄はこれまでに散々辛酸を舐めさせられた。いくら許してくれと言われたって無理だ。あの頃感じた怒りや憎しみはなかったことにできない。ただそれでも、知らないことを知らないままでいるなら、自分のできる範囲でそれを少しでも教えてやりたいとは思う。その程度には情は湧いた。
 だけどそれでも、臨也が静雄を好きだと言うのを受け入れられてもその気持ち自体は受け入れられなかった。だって静雄は臨也が嫌いで、そして何より静雄も臨也も男だ。臨也はいつから静雄のことが好きだったのだろうか、全く気付かなかった。今回のことだけでなく、臨也の色恋沙汰に関する話を聞いたことがない。そんな人間じみたところ、見たことも聞いたこともなかった。考えたことがなかったが、臨也がバイだと言うのなら、もしかすると過去には静雄以外の男を好きになったこともあったのだろうか。

「あるよ」

 今日の取り立ては少し面倒だった。のらりくらりとこちらの要求をかわしていくと思ったら、いきなり鉄パイプを振り回して抵抗してきたのだ。その程度ならいつものように捻り潰してやって終わりだが、運悪く振り回されたパイプの先が静雄の額の皮膚を切り裂いた。大した痛みはないしそいつはその後すぐに殴り飛ばしてやったが、とにかく血が止まらない。血が目まで垂れると視界も不明瞭になるし、何より目立つ。見かねたトムが、昼も近いし一旦休みを入れようと言った。そしてそのついでに、あの医者のところで血を止めてもらえ、とも。

「僕はアイツの性癖をずっと前から知ってたからね」

 手当の邪魔になるサングラスを脇に置いて、新羅がガーゼで丁寧に静雄の血を拭き取っていく。その後すぐにアルコールで消毒された。同僚の二人は別室で待っている。

「ぶっちゃけさ、臨也は中学の頃は僕のことが好きだったんだよ」
「……マジか」
「マジだよ」

 平然と新羅は言ってのけるが、静雄からすればかなりの衝撃だ。今だからこそ静雄も臨也を受け入れられたが、中学のまだ精神が幼い頃なら、同じ男から恋愛感情を持たれていると知れば動揺しただろう。

「特に何か言われたりされたりしたわけじゃないけど、分かっちゃうんだなあ。まあそれも中学までの話だよ。高校時代は門田君のことを随分と気に入ってたみたいだし、君が知ってるかは知らないけど、粟楠会の四木さんにもご執心だった」
「……よく見てるんだな」

 高校時代のことなら静雄も知っているはずだが、臨也が門田に恋慕を寄せていたなんて全く気付かなかった。静雄が鈍いからという訳でもないだろう。実際、門田自体も自分が臨也にそういう意味で好かれていたなんて気付いていなかった筈だ。

「まあね。付き合いの長さだけなら君よりは長いから。それに、アイツはよく見とかないと何しでかすか分からないだろ? 目を離せたもんじゃないんだよ。 今じゃあ俺の言うことなんて全然聞かないし」
「昔は聞いてたのか」
「それとなくね。臨也はああ見えて純だよ。尽くすタイプなんだ。今の君なら分かるだろ?」
「……そうだな」

 複雑なことに、確かに分からないことはない。臨也の行動はいつも自分本位で破天荒で、でもなんとかして静雄の気をひこうとしていることは伝わった。やたらとベタベタしてきたり物で釣ろうとしたりとあまりに幼稚だが、その子供っぽさが無視できない。幼かった頃の弟のことを思い出したりして、いじらしくも見えた。新羅は静雄の額に薬を塗る。

「まああの頃はもっと捻くれてたけど、今は率直だね。君にばれちゃったからかな」
「アイツが餓鬼だからだ」
「それ、前にも似たようなこと言ってたね。経過は順調かい?」

 嫌味を言われた、と思った。咄嗟にキレないのはそれが自分のせいだと分かっているからで、それなのに新羅の胸倉を掴み上げたくなる。新羅は全部分かったうえでいつものように食えない笑みを顔に張り付けていて、静雄の理不尽な怒りなんて初めから何の意味もなさないのだ。ふう、と息を吐いて気休め程度に気を落ち着けた。扉の向こうにはトムもヴァローナもいる。

「新羅、俺は間違ってるか?」
「私に答えを求めちゃ駄目だ」

 新羅は薬の入った容器に蓋をした。血は止まっているが、念のためだと言って新羅は静雄の額にガーゼを貼る。煩わしくて取ろうとすると、「傷口から菌が入るよ」と止められた。

「細菌が中に入ると厄介だ。化膿すればいくら君でも治るのに時間がかかるだろうし、それが思わぬ病気を呼ぶこともある。ちょっとしたことだからって馬鹿にしちゃあいけない」

 新羅なりに心配してくれているのだ、と静雄はようやく気付くことができた。それはどちらの味方をするとかではなく、もっと単純な話として、初めから傷なんか作るんじゃないと警告してくれている。

「静雄、君がその優しさをこれまでの臨也への報復の手段にするつもりだったなら、僕だって何も言わなかった。臨也は君にそうされるだけのことをしてきたと思う。だけど、君にそんなことはできないだろ」
「俺はそんなノミ蟲臭ぇことはやらねえ」
「知ってるよ。だから言ってるんだ。 ――ほら、早く立って」

 急かされて静雄は立ち上がる。なけなしの持ち金で治療代を払おうとすると、新羅は受け取らずに静雄のサングラスを返した。

「自分で自分を傷付けないようにね。この場合、それは臨也のことも傷付けるということだよ」

 それが本意でないなら、自分の立ち位置ははっきりと見定めなければならない。新羅は静雄にそう言っている。



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