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【津軽】

人間を見るとどうしても我慢できない。別にサイケみたいに人間のことが嫌いなわけでもないし、オリジナルみたいに自分の沸点が低いわけでもない。それでもどうしても、人間を見るとその柔らかい体を蹴り上げて、脆い肢体に拳を入れたくなった。そうして自分の手によって跳ね上がる人間を見ると言いようもなく満たされる。
病気だよ、と臨也は言った。頭の良い臨也が言うならそうなのかもしれない。人間とは言っても臨也は別で、俺は臨也を殴り飛ばしたいだなんて欲求に駆られたことは一度だってない。

だって俺は臨也が大好きだから。

「今度はどこのどいつをやっちゃったの? 全くもう勘弁してよねえ」
「ごめんなさい……」
「あーもう謝らないで。その顔で、ああ、もう」

血がついてしまった俺の着物を取り上げて、臨也はため息を吐きながら風呂場の方に行ってしまった。またやってしまったのだ。だって人間を見るとどうしてもこの血がうずく。蹴りたい殴りたい殺したい殺したい殺したい。この衝動を抑えつけられないわけじゃない、力の制御だって俺は自由自在にできるそれでもきっと、俺は何度臨也から止められたって人間に暴力をふるうしそれで傷付く人間を見るのはとても楽しい。

「手前、またやったのかよ。懲りねえなあ」
「可哀相だよ、津軽。人間は脆いんだから」
「大丈夫だ。ちゃんと救急車は呼んどいたし、急所は外したから」
「はっ、お前のそういうとこがなあ」

デリックは大袈裟に息を吐いて、いかにも煩わしそうな目で俺を見た。
比較的大人しい性格をしている俺と月島と違って、デリックは短気で少し荒っぽい。単なる“タイプ”の違いだろう。イデアルタイプの月島が、一番穏やかな性格をしている。

「お前がどこぞの人間をボコろうが勝手だけどなあ、それを見てると俺までイライラすんだよなあ。ああ? 分かってんのかコラ」
「デリック、止めろ。津軽は仕方ないんだ、オリジナルが」
「そうだよオリジナルのせいだよ。だから“俺”が、人間ボコってるお前を見てイラつくのも知ってるよなあ?」

ユニゾンタイプって不憫だ、と俺は思う。そしてアンチタイプの俺の姿を見てイラつくデリックを見ていると、今度はオリジナルの方が不憫で仕方なくなってくる。
好きでこうなっているわけじゃないんだ、俺たちは。俺たちの「設定」は全てオリジナルから作り上げられている。それは俺たちだけじゃない。俺たちのオリジナル、つまり平和島静雄
のところにいるサイケ達だって、元の性格は全てオリジナルの臨也から引用されている。

「おいお前ら、喧嘩するなよ頼むから!」

風呂場から出てきた臨也が、俺の胸倉を掴むデリックを見て叫んだ。俺たちが本気で殴り合えば、こんな部屋はあっと言う間に半壊だろう。唯一緩衝材になってくれそうな月島は、幸か不幸かいたって人並みの腕力しか持っていない。

「デリックは短気すぎるんだよ。ほら、津軽を離してやって」
「何で俺が手前の言うこと聞かなきゃなんねんだよ」
「デリックは本当に乱暴なんだから。なーんで君だけ、そんなにシズちゃんに似てるのかなあ。津軽も月島も大人しいのに」

ピク、とデリックの腕が動いた。その隙をついて拘束から逃れる。引っ張り続けられたおかげで、臨也から借りたTシャツが少しだけ伸びてしまった。怒られたらどうする気だ。

「喧嘩ならよそでやってよね。何が原因か知らないけどさ」
「俺をキレさすようなことする奴が悪いんだよ」
「じゃあ聞くけど、津軽が君に何したっての?」
「ああ? 気安く話しかけんじゃねえぞノミ蟲」

取りつく島もないデリックの様子に臨也は「はあ」と深くため息をついて、また風呂場の方に引っ込んでしまった。まだ洗濯が終わっていないのに、俺とデリックが一触即発な雰囲気になったのを察してわざわざ止めにきたのだろう。
心配しなくても、デリックと喧嘩なんてしない。自分の顔を殴る気にはさすがになれないし、それはデリックも同じなはずだ。実際デリックと本気の殴り合いの喧嘩になったことなんて

一度もない。

「デリック、臨也にあんな態度はよくない」

柔らかく月島が忠告した。さすがはイデアルだ。臨也への気遣いなら群を抜いてる。

「……うるせえ。ムカつくんだよアイツは。“仕方ない”だろ」
「俺は好きだけどな、臨也」

ユニゾンタイプのデリックが臨也を嫌いだというのは仕方がない。だがデリックがそうなら、アンチタイプの俺は臨也が「好き」だった。俺と対のサイケも同じで、オリジナルの静雄のことが好きなはずだ。俺たちはそういう風にできている。

「ハッ、よく言うぜ。お前が一番アイツに迷惑かけてるくせによ」
「デリック」

月島が咎めたが、デリックはそれを鼻で笑うだけだ。

「だってそうだろ。お前が人間を殴って来るたびに、あのノミ蟲野郎にも迷惑がかかってんだぜ。お前はそれを分かってるだろ、お前は俺と違って力の制御ができるだろ。なのになんで

、お前は人間を殴り続けてんだよ?」
「……俺は暴力が好きだ」

ユニゾンタイプのデリックは浅はかで短慮だ。オリジナルと同じで打算も計算も何もできない。だから、自分の発言が自分の首を絞めていることにも気付けない。でも俺は黙っててあげるよ。俺はお前よりずっと頭が良いから、もっと考えながら発言は選べる。

「自分の力が大好きだ。俺は他とは違う、俺は特別だ。だから何をしたって許されるんだ」
「……ムカつくんだよ、手前のそういうとこがよお……」
「津軽もデリックもいい加減にしろ」

平凡な腕力しかない月島が俺たちを止められるわけがない。それでも、俺とデリックはなんとはなしに月島には逆らえなかった。いや、逆らいたくないだけかもしれない。これはイデアルの特権だろう。
デリックは舌打ちすると、プイと俺から顔を背けてしまった。そういうところは可愛いって思うよ。嘘でもなくて本当に。

「何してるの?」

今度こそ洗濯を終えた臨也がリビングに戻って来た。俺は何事もなかったように微笑んで「なんでもないよ」と嘘を言う。嘘を吐くことに関しては、多分俺が一番上手い。だから月島は黙っている。デリックは不貞腐れてるだけだけど。

「血は落としたけど、でもアレも大分ヨレヨレになっちゃったね。買い換えてあげよっか?」
「いいんだ。俺はアレがいい」
「そう?」

じゃあお昼にしようか、と臨也は言う。俺たちは人間の食べ物なんて食べる必要はないのに、臨也はいつも俺たち三人分のご飯をいつも用意した。食事の機能も味覚も備わってはいるとはいえ、臨也のこういうところは理解できない。
俺は咄嗟に、キッチンに向かおうとする臨也を呼びとめた。臨也は特に不振がることもなく振り返る。

「何?」
「好きだよ」
「……どうしたの? 照れるね」

照れ笑いをする臨也を見ると、俺と対のサイケの顔もついでに思い出された。俺はどっちのことも大好きだよ。

殺してやりたいほど大好きだよ。



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