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結婚する。

いつものようにシズちゃんが我が家にやって来て、いつもと同じようになんとなく不機嫌そうで、そしてそんないつもと変わらない二人の会話の中で、いつもと全く変わらな声の調子でシズちゃんが言った。

「結婚するんだ」










おめでとう。
俺は確かにそう言っただろうか。ちゃんと言った気がする。だってそれは本当にめでたいことだから。

恋人なんてコロコロ変わって、相手の子のことをちっとも思いやってあげられなくて、だからすぐにフラれちゃって、それが本当に恋なのかどうかも疑わしい。
そんな恋愛ばかりしてきたシズちゃんが、ようやく一緒になっていいと思える人を見付けられたのだ。

おめでとう、嬉しいよ。俺は嬉しい。
この気持ちは本当だった。
ようやく本気の相手を見付けられたんだね。良かった。良かったよ。
俺はきっと、ずっとそれを待ってたんだ。


相手の子の顔を見たことはなかった。
シズちゃんも俺に会わせたいとは言わないし、俺も特に会いたいとは思わない。
たまにシズちゃんから話を聞く、その程度でいい。きっといい子なんだろう。何となくそう思う、そのくらいでいい。

セルティも手放しで喜んでいた。彼女の喜び方は可愛い。
新羅も喜んでいるかと思えば、不思議に複雑そうな顔をしていた。まさに何とも言えない顔だった。
小学校からの幼馴染らしいのに嬉しくないのと問うと、嬉しくないわけじゃないけど、と言葉を濁す。

「じゃあ君は嬉しいの、臨也」
「嬉しいよ。シズちゃんはまともな恋をするべきだったんだ」
「まともな恋ね。それって何を以てそう言うのかな」

哲学的な話だ。
少しだけ寂しそうに新羅は続ける。

「じゃあ、化け物のセルティと付き合ってる僕は、まともな恋をしてるって言えるのかな」
「……俺はそういう意味で言ったんじゃない」
「分かってる。そんなのは静雄だって分かってたんだ」
「なんでシズちゃん?」

はぐらかすように新羅は笑う。


シズちゃんの結婚の話は着々と進んでいた。派手な結婚式はしないらしい。身内だけでひっそりと、静かに結ばれたいのだと言っていた。だから俺たちがその場に立ち会うことはない。
愛してるんだ、と俺は思った。
今までとは全く違う。ちゃんと相手から思われて、相手のことを思って、そうして幸せになることを望んでいる。

「まともな恋って何?」

新羅から言われた言葉がまだ忘れられない。そんなの俺に答えられるわけない。

シズちゃんに何度となく偉そうなことを言ったけど、恋だの愛だの、そんなものを俺は少しも理解できていないのだ。
憧れですらあった。誰かを好きになるということが、愛しいと思えることが。
愛されることが。

「ねえ静雄君、君は今幸せ?」

だってそれは、まるで幸せそのものだ。

静雄君は少しだけ難しそうな顔をする。言葉を選ぶように眉間に皺を刻む。左の薬指には指輪をはめていた。そうして静かに、「幸せだよ」と俺に答えた。
この頃は俺に会いに来る頻度も減って来ていた。こうして俺に会いに来てくれるのもあと僅かな間だろう。
直感のようなものがあった。

結婚すれば、シズちゃんはもう俺に会いには来ない。

誰に言われたわけでもない、これは俺の確信だった。
記憶を失くしてからずっと、今まで、必要ないと言っても俺もそばを離れなかった。当たり前みたいに俺の日常の一部になっていた。
こんな日がいつまで続くのだろう。一生だろうか。そう思っていたことが俺にもあったが、なんてことない、こうして少しずつフェードアウトしていくだけだ。

本当の恋を見つけて。
俺を置いてけぼりにして。

はじめからシズちゃんは俺のことが嫌いだったのだ。それだけは会った時からなんとなく分かっていた。いつまでも一緒なわけがない。
シズちゃんにはシズちゃんの人生があって、ずっと俺に縛られていいはずがない。
奪われた記憶はもう戻らない。それでも俺は今こうやって生きてて、それはきっとシズちゃんがいてもいなくても同じことで、それはそのままシズちゃんにも当て嵌まる。

いつまでも一緒なわけない。いつか会わなくなる時が来る。
いつまでも一緒なわけない。そんな時はあっと言う間にやって来る。


シズちゃんは明日、結婚する。



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