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12

恋をしてみたいなあ、と思うようになった。
それがくだらない対抗心のせいなのか、それとも単なる好奇心に過ぎないのかはまだ分析できていないが、恋をしてみたい。
だがそれが今の俺に不可能なことは明らかだった。なにせ俺には異性の知り合いがほとんどいない。まさかセルティなんかに手を出しでもしたら、冗談でなく新羅に殺されるだろう。
いや、そもそも俺は普通に人間と付き合いたいけど。

俺が新羅の部屋を出て一ヶ月になる。

覚えていないだけで元々はそうしていたせいか、一人暮らしにはすぐに慣れた。
ただ仕事だけが決まらない。これには俺も少し焦っていた。なまじお金があるのがいけないのかもしれない。どうしても自分に見合った職というものを見付けられない。

そう、だから、俺は本当は恋だのなんだのと言っている暇はないのだ。
というかこの年になってまだ恋だのなんだの言ってる俺は相当に痛いんじゃないのかとも思う。っていうかもしも本当に初恋もまだなんだったとしたら、俺って相当アレなんじゃないか。
いやそもそもこんなことをウジウジと考えてる時点で俺は可哀相な奴なんじゃ……。

しかも、それを考えてるのが平日の昼に自分のマンションなんだから情けない。
俺はこのままいくとニートまっしぐらだな。最悪だな……。
このまま負の思考のスパイラルに陥ってしまいそうだったが、鳴り響いた携帯の音が俺の思考を停止してくれた。
見てみればシズちゃんからのメールだ。今日の夜にうちに来る、そうである。俺の了承もなしにマイペース極まりない。
一体夜のいつのことを言っているのかは分からないが、日が落ちてから静雄君に会うのは初めてかもしれない。

一応時間を確認してみると、まだ二時にもなっていない。
少なくとも夜はまだ先だし、することもないし、ひと眠りしようかな。





昼寝から目覚め夕食を終えても、静雄君はやって来なかった。
更に風呂にまで入ってみたが、まだ静雄君はやって来ない。
あれ、俺もしかして騙されたのか? 一抹の疑いを抱きながら、結局静雄君がうちにやって来たのは十一時過ぎだった。
繰り返す、静雄君は十一時過ぎにやって来ました。

「……ちょっとさあ、非常識すぎるんじゃない?」

仕事が長引いてしまったそうだが、だったら連絡の一つも寄越してほしい。
別に義務で来てるわけじゃないんだから、言ってくれれば俺も別に怒らない。というか今日はもう来ないと思ってた。
昼寝してたからまだ全く眠くないが、しかしこれ普通に考えて迷惑だろ……考えろよシズちゃん……。

「遅くなるならなるで、メールくらいしろよ」
「仕事の都合で無理だった」
「あのさあ、別に無理してまで来る必要はないよ?」
「俺の気持ちの問題だ」

皮肉を込めたつもりだったのだが全く伝わらなかった。
だが静雄君も多少の後ろめたさはあるのか、さっきから窓の外を眺めるばかりでこっちを見ようとしない。

「まあいいけど……それで君の気が済むなら」
「ここは全然星が見えねえんだな」
「――はあ?」

いきなり何言ってんだ。
もしかして、反省してたとかじゃなくてただ星を見てただけか?
なんだそれ。こいつの神経図太いってレベルじゃないだろ。

色々言いたいことはあったが言い争いをしても不毛なので、俺もシズちゃんにならって窓の近くによって外を見てみる。
確かにまあ、言われてみればあまり星は見えるほうじゃないかもしれない。別にどっちでもいいけど。

「静雄君って星好きなの?」
「いや別に」
「は? 何だそれ。じゃあなんで見てたの」
「ただ、もう見えなくなったんだなと思っただけだ」
「……もう、ってどういう意味?」

答えることなく、シズちゃんはこっちを見ると何故か俺の肩を掴んだ。その力が強く自然と体が強張って、頭が真っ白になる。

え、え、何。
俺何か怒らせるようなこと言った?

相変わらず何を考えているのか分からない。俺の前ではたいてい不機嫌そうな顔しかしないから、考えてることなんて読める筈もない。

状況が呑み込めず、自分の心臓の音まで聞こえそうだった。
シズちゃんはすましている。ゆっくりと俺に顔を近づけると、耳元で囁くように言った。

「今日は、もう帰る」
「……え、あっ」

引き止める間もない。
俺の返事なんて初めから聞く気もなく、静雄君は俺から離れるとさっさと部屋から出て行ってしまった。

玄関の戸が閉まる音がする。本当に帰ってしまったようだ。いつだって勝手な男だと思う。こっちの動揺とか戸惑いとか、そんなの全然お構いなしで考えてない。
さっきのは何だよ。ちゃんと言葉にしろよ。なんなんだよ、たまには俺のことを気遣えよ。
シズちゃん。

「なんだよ。どういうことだよ……」

どうしてだよ。
どうして俺は静雄君にキスされるだなんて、そんな妙なことを思ってしまったんだろう。




あきゅろす。
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