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そういえば不思議だなあと思う。

俺は自分の記憶がなくなったことをそこまで悲観的には見ていない。
そりゃあ不便だし都合が悪いとは思うが、死んだわけでもあるまいし、それで人生が終わるわけでもない。なくなったものは仕方がないとわりと割り切っている。

そして自分の過去がそこまで気にならないのだ。
いや、気にならなかったというべきだろうか。
よく分からない。この期に及んで、全てを取り戻したい訳じゃない。
ただ、これまで特に取り戻す必要を感じなかった自分の記憶のとある一部のことが、今になって妙に気になりだしてきたのだ。


俺は恋をしたことがなかったのだろうか?
――なーんて。そんなことを言うとどこぞのセンチメンタルな乙女のようだが、これが一度考え出すと止まらない。

本当に恋人はいなかったのか?
いなかったとしても、好きな人くらいはいたんじゃないのか?
そんなことが無性に気になって仕方ない。

だって、なんだか情けない。
新羅にはセルティがいて、静雄君だって一応は恋人がいる。
なのに俺だけ恋をしたことがないなんて、なんだか不公平だ。ガキっぽい考え方だとは思う。それでも。

恋ってどんな感じだ?
静雄君にはアレコレ口を出してしまうが、とうの俺はその恋を知らない。
恋って一体どんな感じなんだ?
どんな気持ちでするものなんだ?
俺には全然分からない。










「――え、恋?」

俺が問うと新羅は分かりやすく目を丸くして、わざわざテーブルから身を乗り出した。
なんとなく居心地が悪くなって、俺は新羅を頼ってしまったのはまずかったかと今更ながら後悔する。

だけど俺にはまだ頼れる人間があまりいない。
セルティは女性だから気恥ずかしかったし、シズちゃんなんて論外だ。
そうなってしまうと、もう話し相手は新羅しか残らなかったのだ。人脈はもう少し広げておくべきだと本当に思う。

「わざわざここまで来て、まさか臨也から恋の相談をされるなんてねえ……」
「相談って、大袈裟だな。俺って恋人いなかったんだろ? これまで恋をしたことはなかったのかって、単純に気になったんだよ」
「んー、してたと言えばしてたけど、特定の相手にではなかったかな」
「は? なんだそれ。どういう意味?」
「いやあ、えっと、平たく言えば君はまともな恋をしたことはないってことさ。あくまでも俺の答えられる範囲内ではだけどね」
「……ふうん」

なんだか、ガッカリな返答だ。

俺と新羅は中学来の付き合いで特に親しかったらしいから、その新羅がそう言うなら、俺はこれまでの人生で誰かを好きになったことはないのではないだろうか。
まあ、俺が新羅になんでもかんでも話していたわけではないのだろうが、記憶を失くした後に何の見返りなく世話を焼いてくれたことから考えても、そこそこの仲だったことは分かる。

その新羅が言うのだ。
俺はまともな恋愛をしたことはない。

「恋、恋ねえ……まさか臨也がねえ」
「正直、羨ましくてさ。君も静雄君も恋人いるだろ? 恋ってどんなもんなんだろうって、気になってきちゃってさあ」
「ふうん。まあ、静雄はあんな感じだけどねえ」
「新羅、君はどういう恋をしてるわけ?」

聞いた瞬間、新羅の顔が輝いた。
しまった何かのスイッチが入ったと気付いたが、気付いた時には新羅はもう捲し立てていた。

「良い質問だ臨也! ああ、僕の大好きなセルティ! ずっと彼女のことを考えてるんだ! 彼女のためなら何だってしてあげたいし、何だってできる。彼女がいれば何もいらない。彼女が僕の世界の全てだ」
「……それが恋?」

分かってはいたつもりだが、なんだか随分と壮大な恋だ。
新羅のセルティへの執着は狂気じみても見える。

シズちゃんとは違うみたいだ。それとも、やっぱりシズちゃんの恋は本物ではないのかな。
だって、新羅と静雄君と、比べてみたら新羅のほうが遥かにちゃんと恋愛してるように見える。

新羅は俺を見た。
そうしてほんの少し微笑んだ。

「さあ、どうだろうね。恋なんてものは、きっと、人それぞれなんだと思うよ。愛し方だって違う。人の数だけ愛し方がある」

最後にいつになく真面目な顔になって、新羅は付け加えた。

「それが恋だ」



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