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その後、とりたてた会話もないまま街を適当に歩いていくうちに、段々と日が傾き始めてしまった。
静雄君は行きたい所はないと言うし、俺はそもそもどんな場所があるのかさえ記憶にないので、なんとなく足は新羅のマンションの方へ向く。

静雄君はだんまりだった。やっぱり、無理やり付き合わせてしまって怒っているのだろうか。それか、そもそも俺のそばにいるのが気に食わないのか。
なんとなく気まずい。
申し訳ないという気持ちまで出てきてしまって、俺の記憶を奪った相手に変な話だとも思う。

記憶を失う前、俺たちは一体どんな関係だったのか。
こうやって気にかけてくれる程度には、付き合いはあったのだろう。それでもやっぱり、仲が良かったのだとはとても思えない。
むしろ嫌われているようだし、ひょっとすれば俺も静雄君が嫌いだったかもしれないのだ。少なくとも友達ではなかっただろう。
それなのにこうやって俺の我が儘に付き合ってくれているんだから、やっぱり静雄君はお人好しだ。

そんなことを考えながら歩いていると、静雄君の携帯が鳴った。

「あ」
「ん?」

互いに一瞬歩を止めて、また歩き出す。
静雄君は携帯を開いて画面を確認すると、何故か俺をチラリと見てから携帯に出た。新羅だろうか。

「……ああ、いや、今ちょっと出てる」

違ったみたいだ。

静雄君は、いつものぶっきらぼうな調子で電話の相手に答えていた。誰だろうか。他人のプライバシーにまで首を突っ込もうとは思わないが、なんだか気になってしまう。

一分と経たずに、静雄君は電話を切った。面倒臭そうに携帯をポケットに突っ込むと、時間を確認する。

「今の誰? 友達?」
「……あ? 誰でもいいだろ」
「そうだけどさ。あ、もしかして彼女だったり?」

もちろん冗談のつもりだった。
だが静雄君はピクリと眉を動かすと、苛立たしげに俺を見て舌打ちした。

「だったらなんだよ」
「……えっ、あ、いや……」
「お前にゃ関係ねーだろ」
「うん、まあ……。恋人いたんだね」

勝手な妄想だが、静雄君には恋人なんていないと思っていた。
確かに、顔は格好いい部類だしお人好しな部分もあるけど、無愛想だしすぐ怒るし、なんとなく、恋人はいないものなのだと勝手に決め付けていた。

よく考えれば妙な妄想だ。俺は静雄君のことをほとんど知らないのだ。
どんな仕事をしているのか。
どんな人と付き合いがあるのか。
そもそも、俺ともどんな関係だったのかさえよく分からない。


それからまた無言で歩いていくうちに、早いのか遅いのかよく分からない間に新羅のマンションの前まで着いてしまった。
静雄君はさすがに部屋の前までは付いて来ないらしい。別れ際になって、俺はとうとう我慢できなくなってずっと気になっていたことを聞いてしまった。

「ねえ、静雄君さ」
「あ?」
「なんで……どうやって、俺の記憶をなくしたの?」
「――それは」

言いかけて、静雄君は口を閉ざした。
それが長い沈黙に感じる。

静雄君は暫く、静かに俺を見下ろしていた。今さら聞かれたくない質問だっただろうかと思っていると、一言、低い声でこう答えた。

「見捨てたから」
「――は?」
「俺が、お前を、見捨てたから」
「……え、それってどういう……」

どういう意味なのか分からず立ち竦んでいると、それだけだよ、と静雄君は勝手に背を向けてしまった。
意味が分からない。
それでも、俺は静雄君を引き止めてそれがどういうことなのか聞くことはできなかった。



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