[携帯モード] [URL送信]
ナイスデイ 後

そうして高校を卒業した。するとそのまま臨也とは縁が切れたのかと言うと、そうでもない。
臨也は相変わらず憎たらしい顔で静雄のそばにいた。その上妙な体の関係まで持ってしまって、さらに言えばそれは“一夜の過ち”では終わらなかった。

静雄は寂しかった。自分が一人ではないことを知っていても、それでも誰かにそばにいて欲しかった。それは臨也も同じだろう。静雄も臨也も似た境遇だった。自分達は常に孤独に寄り添われていなければならないのだ。

「……結局さ、誰でもいいんだろ?」

いつだったかは忘れたが、ベッドの上で臨也が冷たくそう言ったことがあった。なるほど理屈の上ではそうなるな、と確かに静雄も思った。だがその言葉はなんだか妙に癪に障って、静雄はその日は何もせずにさっさと帰った。
静雄が背を向けても、臨也は何も言わない。静雄も何も言わない。自分達の間に、「またね」なんて言葉は存在しない。

突き放そうとすれば多分できる、と静雄はいつもそう思う。けれども結局、静雄は臨也のそばに居続けていて、そしてこれは多分単なる惰性ではないのだろう。
望んでいると同時に、望まれている気がする。静雄は誰からも恐れられる「化物」だったけれども、臨也は確かな「人間」で、だから臨也こそが静雄を「人間」にしてくれるのではないかと思った。化物の浅知恵でも構わない。

『兄さん』

たまに、こうやって、気紛れに幽は電話を掛けてくる。静雄はそれが嬉しくて仕方ない。周りからいくらブラコンだと笑われようと、それがなんだと言うのだ。可愛い弟。愛しくってしょうがない。

「おう、どうした?」
『うん……用はないんだけど、元気かなと思って』
「俺のことは心配すんな。それより、お前のほうはどうなんだ?」

軽い近況報告の言葉を交わして、じゃあね、じゃあな、で電話を切る。
幽と話した後は、いつもなんだか柔らかくて温かい気持ちになる。これを幸せと呼ぶのだろう。愛しいという気持ちは、いつだって静雄を幸せにする。


幸せが幸せを呼ぶのだろう。多分、きっと、自分が不幸だと勘違いしているうちは、いつまでも不幸なままなのだろう。
優しい世界に生きている。人はみんな優しいから、だから寂しさや孤独を辛く感じる。そういう世界に生きているのだ。
おはようから始まって、おやすみで終わる。そんな一日の間に、一体どれだけの人間が静雄の寂しさに気付いてくれるのだろう。そんなどうしようもないことを考えていた時期も、あったけれど。

「……すんませんトムさん遅れました」
「いいってことよ。おけーり」

少しずつ、少しずつ。
人が増えていく、少しずつ、たとえそれがたくさんでなくとも、少しずつ、もうきっと寂しくはない。だから大丈夫だ。もう他人と比べるのは止めにした。本当に大切な人だけそばにいてくれれば、その人たちが笑ってくれれば、それできっと寂しくはない。それがきっと幸せということだ。
そう思えるようになったということが、多分一番の変化で、一番大切なことだ。孤独は嘆いているだけでは離れていってはくれない。


そうだ、臨也に会いに行こうか。こういう思い付きはいつも唐突だ。
新羅がセルティを自慢しているのを聞いたとき、狩沢や遊間崎が門田にじゃれついているのを見たとき、空に浮かぶ雲が寂しいなあと感じたとき、臨也に会ってみようか、とふと思う。





拒まないことが答えになるなら、いつまでも気持ちを声に出さないのは卑怯だろうか。いや、違うかもしれない。静雄はただ待っているのかもしれない。そしてそれこそを卑怯と呼ぶのかもしれない。

「……シズちゃん、いい加減苦しいんだけど」
「あ?」

ゆるゆると目を開けるとなんだか体かあたたかくて、よく見知った赤が飛び込んできた。さてこれは一体どういう状況だろうと考える。静雄も臨也も裸のままで、更に言うと静雄は臨也をしっかりと腕に抱いている。

ああ、やってしまったなあとぼんやり思った。そういえば、昨日は臨也に会いに行ったのはいいけれど、なんだか疲れていてとうとう臨也の家で寝てしまったのだった。すると臨也が散々抵抗を見せたから、煩わしくてその体を抱き込んだのだ。
別に、そうしたくて抱き締めたというわけではない。けれども、なかなかどうして、この体温は嫌いじゃない。

「ああ、わり」
「本当だよ」

腕をほどいたが、臨也は静雄のそばを離れなかった。枕元の携帯を見れば、時刻は既に正午に近い。こんな時間まで寝ているとは思わなかった。これでは臨也に小言の一つでも言われても仕方ない。そう思ったのに、臨也は静雄を向いたまま何も言わなかった。
ただ、透き通った赤い目が静雄を見ている。いつだったか可愛い弟にルビーという高価なものを見せてもらったことがあったが、それはちょうどこんな色だったかもしれない。

自分にしては珍しく素直に謝ったのに、何故だか臨也は静雄からじっと視線を外さなかった。だが、何も言わずとも静雄には分かる。これは何かを期待しているときの目だ。弟もよくこんな顔をする。お願いがあるなら口に出せばいいのに、それをしないで甘えるように視線だけ寄越すのだ。

さてそれじゃあ、臨也のお願いとは何だろうか。静雄にはちっとも分からなかった。分かるほどには、臨也を知らない。

「……はよ」

分からなかったから、だから適当にお茶を濁した。勿論そんなことくらい臨也にはすぐバレてしまうだろうから、静雄は少し身構える。この男はつまらないことですぐにへそを曲げてしまうから、扱いづらくていけない。
臨也は静雄の顔をしばらく見て、それから何故かくしゃりと笑った。それは初めて見る柔らかな表情で、静雄は面喰らってしまった。

「おはよう、シズちゃん」
「……もう昼だけどな」
「うん。だけど、おはよう……おはようシズちゃん」

しつこいくらいに繰り返す臨也の顔がどこか泣き顔にも似ている気がして、静雄はただ頷くしかできなかった。

「……おう」

声が掠れている。朝だからだ。ためしに少しだけ喉を鳴らしてみると、「お水持って来てあげようか」と微笑んで、臨也は静雄の答えを待たずに部屋を出て行った。
一体どういう風の吹き回しだ。


――君が思うより、臨也はずっと寂しがりだよ


そういえば、いつだったか、幼馴染みの友人からそう言われたことがあった。その時の静雄はそんなことを人から言われたのが妙に気に食わなくて、聞かなかったことにしたのだ。何故だか不思議とイライラして。何にイラついたのかも分からなくて。
ああ、でも、そうだ。臨也がそんなに「寂しがり」だと言うのなら、この部屋にまた戻って来たら、今度は試しに「おかえり」と言ってみるのもいい。

もしかしたらそんな簡単なことで、案外普通に笑ってくれるのかもしれない。












--------------------
ナイスデイ
(笑っていてね)


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!