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6

適当な店で適当な昼食を終えると、俺たちはまたあてもなくフラフラと街をさまよい歩いた。

やはり静雄君は、ほとんど口を開かない。本当に不思議な男だ。何を考えているのか、てんで分からない。
俺のことが好きだったのか、嫌いだったのか。仲は良かったのか、悪かったのか。
だけどこれは全部、新羅から訊ねることを禁じられている。

だから、まあ、多分。俺は嫌われていたんだろう。仲だって悪かったのだろう。
もしかすると、俺自身も静雄君のことが嫌いだったのかもしれない。だけどそれは分からない。

記憶のない俺には、分からない。

「……あ。ちょっとお前、そこで待ってろ」

タバコ買って来る、と言って、静雄君はたまたま通りかかったコンビニの中に入っていった。タバコを買うだけならすぐだろう。俺は大人しく、店の前で静雄君を待った。

「ママー! はやくー!」

待ち始めてから、まだ一分と経たない頃だ。一際元気な声がしたと思ってそっちの方を向くと、水色のワンピースに白い帽子を被った五歳ほどと思わしき女の子が、こっちに向かって駆けて来ていた。
後ろの女性は女の子の母親だろう。長い髪を揺らして、苦笑しながら歩いてくる。

「こーら、走ったら危ないでしょう」
「だってママが……あ!」

少し強めの風が吹いて、女の子の帽子が宙に浮いた。そのままふわりと、俺の足下に落ちる。

「帽子が!」

女の子が叫ぶのを聞きながら、俺は屈んでその白い帽子を拾った。つばの裏に、拙い字で“しずか”と書かいてある。恐らく女の子の名前だろう。

「あ、それ……」
「うん、君のだね」

不安げに俺を見上げる女の子に出来る限り優しく微笑んで、帽子を差し出した。たどたどしい手でそれを受け取ると、女の子は小さな声で「ありがとう」とお礼を言う。
案外、人見知りするタイプの子のようだ。躾は、きちんとしてあるようだけど。

「しずちゃん!」

女の子の母親も駆け寄ってきた。ごめんなさいね、と頭を下げるのに、俺も苦笑しながら大丈夫ですよと返す。
一通り言葉を交わしてから去っていく親子の背中を見送っていると、店の扉が開いた。中からは静雄君が出てくる。

「……誰だったんだ?」

中から様子は見えていたらしい。俺は掻い摘んで、さっき起こった出来事を説明した。
静雄君は買ったばかりの煙草にさっそく火をつけながら、ふうんと適当な相槌を打つ。

「可愛い子だったよ」
「へえ」
「ねえ、静雄君。子ども好き?」
「……まあ」
「しずか、っていうみたいだ。しずちゃんって呼ばれてた」
「…………」

その時、静雄君の表情が僅かにピクリと動いた。ほんの些細な一瞬で、よく見なければ気付かない程度に。
どうしたんだろう。俺は少し考えて、すぐにその原因に思い当った。

「ああ。そういえば、君もしずちゃんだね」
「…………」
「静雄君だから、シズちゃん。……ね?」
「――呼ぶな」
「えっ」

苦虫を噛み潰すように、静雄君は俺を睨んだ。苛立ちや怒りさえ滲ませるその低音に、俺は咄嗟に言葉を失う。

「二度と、その呼び方はするな」
「……あ、えっと……」
「分かったな」

見たことのない顔で睨みつけられて、俺はただ頷くのが精一杯だった。
どうしたんだろう、驚いた。やっぱり、大の大人にちゃん付けはないか。からかっていると思われたのかもしれない。

「ごめんね」
「……行くぞ」

静雄君はさっさと歩きだしてしまう。その背を見つめながら、俺はこっそりと、もう一度だけ「シズちゃん」と彼を呼んでみた。


どういうわけか、俺にはその呼び方のほうがしっくりくるよう思われたのだ。


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