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キッと皆瀬に睨みを効かせた父は俺の側から離れると大股で駆け寄り皆瀬の胸倉を掴んで持ち上げた。全く違う体格なので父は歯がたたないと思ったがそれは無く。背の高い皆瀬は無表情で父を見ている。
ぐいっと上げた拍子にワックスが乱れパラパラと落ちた前髪でいくつか皆瀬は幼くみえた。
「ハル、何をしたか事の重大さが分かっているか?」
「・・・。」
「お前の所為でウエステリアは大変なことになるかもしれない。完璧な亜美さんに何の不満があったと言うんだ?」
歯を食いしばり皆瀬を脅した父は舌打ちしながら社長椅子に座り、落胆した。何も言わない皆瀬は俺を見ない。全く他人のように父の背中だけを見つめている。
俺は近くに居る皆瀬に伝えたいことばかりあるのだが、話かけてはいけないオーラが皆瀬にはあって近付けずにいた。
「大切な、人…私はずっと変わらず愛している人が居ます。桐谷さんが悪いわけでは無かったのです、社長。“六実”を忘れられない私がいけないのです。」
「は、…?」
「いつも思っていました。出会ってから片時も忘れたことはありません。藤堂六実は私がずっと愛したい人なのです。」
瞳に涙を浮かばせ歯を食いしばり口惜しそうな表情、固く上げた髪の毛は皆瀬が下を向くに連れてパラパラ落ちていく。
奇妙な発言に呆然と立ち尽くす父は目をピクリとも動かさず状況が理解出来ていないのかただそこにある物で居る。
「藤堂六実を慕い私はウエステリアに入社しました。ですから庄三さん…いえ、藤堂社長。勝手ですが今日限りで、
「お前は一体何を考えているんだ?」
「・・・。」
「六実を愛してるだって?は、同性に発情するなんてやはりどうしようもない生い立ちだな。」
自分に非があるとして退職願を出した皆瀬の腕をピシャリと平手打ちし先程よりキツい口調で皆瀬の全てを否定する父の体は小刻みに震えている。
怒り滲透した父と冷静な皆瀬を俺は見ていることしか出来ない。何故なら二人に立ち込める異様な空気が恐ろしいからだ。
「退職届など無くてもお前はクビだ。六実、こんな男とはもう二度と会うんじゃ無いぞ。」
「…い、いやだっ、」
「早く居なくなれっ!六実、何をしているんだ!」
「嫌だッ!皆瀬、何でだよっ!何で…何で戻って来たんだよ!言え!六実様の命令だぞっ!皆瀬ッ!」
厚い扉に突き飛ばされてうらぶれた表情で俺を見つめる皆瀬は今にも泣きそうで、もう二度と会えないなんて嫌だった。
きっと桐谷と別れたのだって俺が好きだからで、俺を連れ戻しに来てくれたんだってどこか願っているところがあるんだ。
「離せ、親父!」
「…六実様っ、」
「行くぞ皆瀬、詳しい話はまた、」
「待て六実!お前も私を裏切るのか、!!」
親父の罵声も耳に入らない、太い腕を引っ張って駆けた俺は未来も何も考えずただがむしゃらに走っていく。
皆瀬の顔なんか見てない。でもただ二人で居たい想いだけ、俺はもう自分の気持ちを理解していた。
[*Ret][Nex#]
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