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草木が生い茂る森の出口には小さな村が広がっていました。あまり栄えていない古風な集落の中央にはぽつりと佇む十字の礼拝堂が見えます。それは仏教徒のさんほうちゃんは初めて見る建物でした。
いつの間にか白い絹のドレスに身を包んでいたさんほうちゃんは村人に歓迎されながら足を踏み入れました。薔薇の花びらが舞いパーティーのよう盛り上がっている村人達。先程、温泉で出会った男の人と同じ髪型、髪色の人がたくさん居ます。
「かわっぱ、かわっぱ!おめでとうっ!」
「かわっぱ姫さまあっ!」
「本当に美しいお方だ。が太郎様も嘸お悦びであろうな。」
訳の分からないさんほうちゃんの目の前に現れたのは温泉で出会った赤髪の男性でした。彼は白いタキシード姿でニッコリ微笑みながらさんほうちゃんに手を差し延べています。キリシタンを全く知らないさんほうちゃんはその通り、出された手の平に手を乗せ白く輝く礼拝堂へ歩み始めてしまいました。
「あ、あの…これは何かのお参りの儀式でしょうか、」
「いいえ、違います…」
「えっ?」
「お嬢さん、すいません。突然こんなことしてしまって。でも、私は貴方となら良い末流を作ることが出来ると確信しているのです。」
“末流”と聞いてゾッとしたさんほうちゃんは馴れないスカートを捲り急いで元に来た道を戻りました。このまま知らぬ誰かと結婚式を挙げるなんて…しかも同性で危ないところでした。
が併し、さんほうちゃんの行く手を阻んでいるのはさっきまで明るく祝福してくれていた赤髪の村人達でした。その村人達は仮の姿を剥ぎ取り、どんどん恐ろしい妖魔の姿になっていきます。
「かわっぱ、かわっぱ!裏切り者は八つ裂きじゃ!」
「かわっぱ姫の裏切りだ!」
「婚礼を拒否することは許されぬ!!!」
さんほうちゃんの逃げ場を無くし、辺りに群がる村人達は曾て本で読んだことのある生物によく似ていました。確かその生物の名は“河童”と言って水界に住む想像上の生き物です。緑色の身体にまんまるの皿。細い手足、指の間は一枚一枚薄い蹼(ミズカキ)が具わっています。
「やああああっ、助けてぇ!!もんきちぃっ!」
ふとした瞬間、さんほうちゃんが助けを求めていたのはつい最近仲間にしたばかりの妖魔、もん吉くんです。悲痛な叫び声は深い森にも反響し轟かせましたが、もん吉はマヌケになっているのか姿を現しません。
そんな境遇に居るさんほうちゃんは白いスーツを着た花婿役の彼に何度も語りかけました。
「なんで貴方はこんなことを!聞いていますか?ねえっ!!」
「・・・。」
「私は人間で男です!今から証明しますからよくご覧なさいッ!!」
普段は穏やかなさんほうちゃんですが、今回はもうプッツンしてしまったようで。場所も構わずドレスを脱いで男性の証を河童達に見せ付けます。
それを見た村人達はさんほうちゃんから一歩退き、礼拝堂の前に立ち尽くしている彼を見つめていました。
「が太郎様、これは一体どういうことですっぱ?」
「男を連れてきて…何を考えているのですか?」
「・・・。」
悪口でざわめく村人達の声を聞いているのか聞いていないのか。ただ立っているだけの“が太郎様”は地面だけを見つめていました。
きっと彼も人間の姿をした妖魔…―河童なのだろうとさらにこの村で一番偉い人なのだろうとさんほうちゃんは思いました。
「が太郎さんっ、」
「・・・。」
「大体事(コト)は把握しました。貴方も辛い思いをしているのですね、」
「・・・。」
服を着直し立ち尽くしているが太郎さんに歩み寄った優しいさんほうちゃん。気持ちを静めるために邪気を消す経を唱え村の空気を一気に変えます。薄暗かった森も木も明るい新緑に包まれ輝きを放ちます、が…
「人間さん、」
「はい、」
「…本当に余計なことしてくれました、ねっ!」
「あぐっ!!」
突然が太郎さんに鳩尾(ミゾオチ)をガツンと殴られてしまったさんほうちゃんは苦しみに耐え切れず、揺らぐ視界の中でゆっくり意識を失いました。
[*Ret][Nex#]
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