◇
早くこの場所から逃げたい。
触れられない彼、見つめられた瞬間汚い欲望がドクリと疼く。
拘留されていた間だって昨日だって、もちろん一緒に過ごした日々を思い出して慰めた。そしてきっとこれからも、初めての性交を忘れられる訳が無い。
「染井さん、もう帰してくれませんか?限界を超えそうです、」
「夏川さん…」
「世間体を考えたら全ておかしいことだ。早く、早く帰してください。」
助手席から顔を出したマネージャーの染井さんは俺の様子を伺い頭をぺこっと下げる。別に礼されるような人間じゃないのに。運転席には乗らず忘れ物を取りに行くから待っててくれと足早に姿を消してしまった。
すると、
『つきひこ!』
「っ!!」
「待ってよ、ボクのお話ちゃんと…ちゃんと聞いてっ、」
「ひ、ひぃクン!ダメだっ!早く降りてっ!」
案の定追い付いたひぃクンが車に乗り込んで俺のすぐ近くまでやってきてしまったのだ。
純粋無垢な瞳がそこにあって俺の膝に小さな両手をちょんと乗せる。触られた、触ったら、全部崩れてしまう。
「ひぃクン、手、やめて。」
「な、なんでっ…」
「また怖い思いしたいの?それでまたエッチなことしてほしいの?」
「つ、つきひこ、嘘つくのやめて。ホントは優しいつきひこ、ボクのこと好きでしょ?ボクも優しいつきひこがすきだよ。」
飛び出しそうな下半身でエッチなことをしたいのはホントだが、怖い思いをさせたいと言うのは全くの嘘。それを見抜いたひぃクンは真剣な眼差しで俺のことが「すき」とはっきり言った。
まさかそんなこと許されていいはずがない、でもひぃクンは蕩けそうな顔で俺を見つめている。
「つきひこのハンバーグまた食べたいな、」
「ひぃクン…」
「ん?」
「もう俺、ひぃクンのこと嫌いになったんだ。」
ひぃクンの告白に嘘をついた俺は力付くで彼を車から降ろした。泣きそうな顔を顰めて、さらに声を上げ泣いているひぃクンを見ようとせず車を出すようお願いする。
車のガラスをバンバン力強く叩いて泣きわめくひぃクンにはけして涙を見せてはいけない。そしてこの想いを闇に葬り去ることで彼や彼の周りの人が幸せになれるのならきっとこれが正答だ。
「さよなら、ひぃクン…」
周りのスタッフによって必死に抑えられるひぃクンを横目に車は進んだ。マネージャーの染井さんはミラー越しに俺の様子を伺いアクセルを踏む。
叶わない恋が曖昧に終わって俺はまた暗い人生(ミチ)に戻るのだった。
◆
『火曜スペシャル!あの人は今!こんばんは、司会の石井亜由美です!今夜は懐かしの子役、あの野菜スープでお馴染みの木瀬ヒカルクンにお越しいただきました!』
『こんばんは、』
『当時10歳だったヒカルクンは10年経って20歳になりました。今は芸能界を引退されて現役一大生なんですよね!』
『はい、当時はいっぱい野菜スープの唄を踊って…イベントなど忙しくて大変でした。』
何年か前のお宝映像。野菜を食べよう〜が流れたとたん俺は腹をかかえて笑っていた。何故なら今の彼からは想像もつかない、かわいい男の子がおしりをふりふりと揺すって踊っているからだ。
20歳になった大人のひぃクンはかわいいと言うよりカッコイイ青年となっている。ちょっと文句を言うことも多くて従順とはいかない。
「月彦、それやだ。」
「な、なんで?」
「だって恥ずかしいっ。ボクっ…その踊りすきじゃないんだ。」
今夜はヒカルの好きなハンバーグ。変わらず子供っぽい料理が好きで少し生意気。
一緒に暮らしはじめて1年と3ヶ月目。芸能界を高校卒業と共に引退した彼は大学進学が決まると真っ先に俺の元へ来て言ったのだ。
『月彦、ボクと一緒に暮らしてださいっ!』
何年間かで変わってしまった容姿を見ても胸はドキドキ、鳴り止むことがなかった。
「当時はかわいく踊ってたんだよ。それに俺は惚れたんだから、ヒカル…ねぇ、」
「な、どうしたの…月彦、」
「もう一度見たいな。おっきくなったヒカルのふぅふぅダンッぁだあっ!!!
「うーるーさーい。」
本人の意志で俺の元へ来てくれたことはホントにホントに嬉しかったし、涙が出た。
芸能界より何より俺を選んでくれたんだって、こんな俺を必要としてくれていたなんて。忘れられているに決まっていると思っていたから嬉しくてたまらなかった。
「じゃあ、夜に…な、」
「えっ?」
「とぼけても無駄だぞ、ヒカル。今日はそんな気分だろ?」
「はあぁ、月彦はホントにアホだなぁ、」
大罪を犯した相手なのにヒカルは俺の側に居ることを望んだ。理由は定かではないが聞かなくてもいいと思っている。
母が自らを犠牲にし俺をこの世に残した理由、大切な人と生きるきっかけをくれたこの人生に感謝して生きたいと改めて感じたのだった。
FIN
[*Ret]
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