Sevendays.Pro
7/23 (FRI)
公園のベンチで缶コーヒーを飲みながらため息を吐く。チラと時計に目をやると短い針は9を差していた。
大きな空の月は照る力を最大にし、漂う空気はもわりと暑いこの地上。
夏なのにシンと静まり返る人通りの少ない道を一人、ぽつぽつ歩きながら僕は明日の事。さらに言えばずっと先、おじいちゃんになった時の未来までもを見据えていた。
きっとおじいちゃんになって、死ぬ前にも僕は今日の失態を思い出すだろう。そして、一生その苦しみから解放されないであろう、と。
こんなふうに一人になればなるほどマイナスに考えてしまう僕には悪い癖がある。さらに言えば、運が無い。いつも悪いとこばかりをもらってしまう素晴らしい悪運を持つ自分が大嫌いだ。
いつだってそう、人のことを考えて発言すれば自分のことも考えろと言われ、自分のことを考えて発言すれば仲間のことも考えろと攻められる。
僕はけして悪くないのに。
…なんて、今回のことは個人の問題で誰にも文句は言えないのだけど。
そんなことばかり考えながら歩けば目的地に辿り着くのはあっという間。
ひまわり町駅近くに聳え立つ高級マンション“サンフラワー・レジデンス”
年収1000万は越えないとなかなか住めないと言われているココに住むやつの気が僕は知れない。ちなみに僕の家は月5万6800円、駅から歩いて30分のボロアパートだ。
ショッピングモールのように広いエレベーターに乗って教えてもらった17階まで行く。そして目に入ったのはエレベーターを降りて広がる部屋までの長い道のり。
それはまるでこれから続く地獄を映しているよう、すぐ傍にあるのに先が全く見えなかった。
「175」
金字でかかれた部屋の番号、その下にある呼び出し用のベル。
いろんな感情が込み上げる中、震える右手を握り締め、チャイムボタンに手を触れた。
すると不思議。全身にドキドキが巡り、指先まで伸びた血管がブシュッと皮膚を張り裂き飛び散りそうなぐらい深く熱い緊張が僕を襲った。
『はい、』
「こんばんは、桜庭です。」
『…ん、?』
プチッと聞こえた線の音、そのあと聞こえた低い声。
今日もオフィスでしつこく聞いていたどすの利いた声が今は変に穏やかで怖じけづいてしまう。
「なんだ、こんな時間に。」
「あ、ゎあ、あああっ、浅井さんっ、」
キィッと開かれた黒の厚いドアから覗いた男の顔。ざっくり切られた短い黒髪に鋭く光る蒼い瞳、男らしい肌の色が夜の闇と似ていて怖さを与える。さらに僕より高く大きな体が聳え立ち拍車を駆けるよう、僕を凍りつかせた。
"僕は自分の意志でココに来たんじゃない。"
"自分の思いで行動しているんじゃない。"
と、逃げようとして身体をガタガタ震わせていた。
一方、目の前に居る彼は寝る前だったのかラフな格好で早くしてくれと言わんばかりに僕を見ていた。
「浅井さんっ!ぼっ、僕を一週間…あ、あな、貴方のどっ…どど、奴隷にしてもらえませんか?」
玄関前でこんな遅くに突然、男が男に奴隷申告。
足先を見てお願いした僕は浅井さんの顔が見れなくてずっと頭を下げたまま、返事を聞くまで立ち尽くしていた。
きっと気狂いに捉われたに違いない。もちろん僕にそんな趣味は無い。彼だって、意味が分からないであろう。
「...は?」
「・・・。」
「ど、ドレイ?」
「・・・。」
「桜庭、お前…酔ってんのか?」
相変わらずの口調で淡々と話す浅井さんはちゃんと僕の目を見て真剣に話していた。
笑い顔もせず、いつもの浅井さんに真面目な威圧をされて少ししょげてしまう。
が、ここで折れたら僕のノルマは達成されない。だからこれは仕方ないことなんだと思いながら強引に浅井さんの家に上がらせてもらう。
「失礼します…」
「おいっ!」
「ッ、」
「さ!桜庭っ、」
つかつかと押し入る前に僕は目の前に立ちはだかる広い身体に腕を回した。
それにかなり動揺しているらしい浅井さんの胸は熱く、とくとく早く血の流れる音が耳に聞こえた。
客観的に考えるととんでもない話。厭がらせに近いこの行動で殴られるかもしれないと瞳をギュッとつむった。
[*Ret][Nex#]
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