◇
「拘束なんて変な真似してすいませんでした…」
「大丈夫です。全然気にしてないですから…」
正直に言えば、抱き着かれた後に襲われるかと思った。
だけど藤村さんは素敵だし、愛を持ってボクを抱きしめてくれそうだから…
西大路氏の時みたいに苦しくて、痛い。
悲しい気持ちにはならないだろうと感じた。
冷血な主が統べるこの家の中にも藤村さんのような善人が居てくれて本当に良かった。
「奈緒さん、お昼のこの時間は私とたくさんお話しましょう。貴方の家族のことや、好きなことがもっと知りたいです。」
「もちろんですよ…藤村さん、ありがとうございます!」
この時のボクは“幸せは誰にでも来るもの”と信じていた。
でも、運命には逆らえない。自分が選んだこの道を最高に悔やんだのはまたこれから後の話だ。
◆
「ただいま。」
「お帰りなさいませ・・・御主人様。」
藤村さんから優しさをもらったあの日から何週間か過ぎて、いつもと変わらぬ日常に光りが灯り、主が居ない時間に癒しの時が出来た。
朝は変わらず、重い身体を起こしてお風呂場へ向かう。
昼は藤村さんと仲良く過ごす。
夜は西大路氏と愛の無い性交を繰り返す。
朝と夜は変わらなくても、昼に至福のひと時が増えただけでこの世界、少し輝いて見えた。
「奈緒、来なさい。」
「はい、御主人様。」
夜8時、御主人様、今日は早めの帰宅。
棘のある口調で呼ばれたボクは足早に廊下を歩く西大路氏の後を追い掛けた。
ボクの目じゃなく足元に視線を落とし、話し掛ける態度はやはり変わらない。
藤村さんに前聞いた通り、彼はボクに好意の一片もないのだ。
特にボクが気にすることは何もない。
「いいから早く入りなさい!」
「ッ、うッ!」
途端、身体を突き飛ばされて壁に頭を強打した。
熱り立った顔で、ボクの腹辺りを見つめる西大路氏は完璧に苛立っていた。
心当たりは何もないから、また彼の“気紛れ”なのかもしれないな。
「奈緒、お前は私を見縊っているのか?」
「ッ、…す、すいません、御主人様。」
「その答えは…“はい”と取っていいのか?」
這い蹲った身体を持ち上げるように胸倉を掴まれる。
瞬間、初めて西大路氏と目が合った。
その瞳は絶え間無く収縮し、口惜しい顔で歯を食いしばりながらボクの瞳を見つめている。
黒眼はボクを捕らえて離さない。
やっと見れた彼はいつもと違う、全く別人だった。
「最近、少し調子に乗っているな。自重しなさい。」
「も、申し訳ございませんでした。御主人様…」
「今夜は早めに風呂へ入って、前儀をして待っていなさい。」
「はい、御主人様。」
ため息をついた西大路氏はその表情のまま部屋を後にした。
ボクの態度が彼の気に障ったのだろうか?
全く変えたつもりはなかったが…
藤村さんと仲良くなって浮かれていたのを西大路氏に見抜かれていたのかもしれない。
でも、昼間居ない彼が何故知っているんだ?
ボクはそれを気持ち悪いとも嫌だとも思わなかった。
逆に、夜しか関わりのない彼がボクの様子を把握していたのが意外で驚いた。
[*Ret][Nex#]
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