watery bloom
身体を起こし、大きなベッドからひとり立ち去る。
もちろん昨日、夜を共にした西大路氏の姿は無い。
この生活も8日目、ようやく一日のリズムが掴めた。
朝、彼を見ることは絶対無い。起きれば隣には藤村さんかメイドさんが居て、ボクをお風呂場へ連れていってくれる。
お昼は出されたご飯を食べて、本を読んで、うとうとして。
夜は言うまでも無く。
お風呂も食事も全て済ませて、ベッドで待てと命令されたら前戯をして彼を待つ。
こうして毎日、同じ流れを感じて、同じ風景を見て。
永遠に抜け出せないこの監獄で生涯、終えるのかと思うとゾッとする。
「奈緒さん、朝食の準備が出来ています。」
「藤村さん、わざわざすいません。」
「いえいえ。お気になさらず、早く行きましょう。」
藤村さんの後をついて行くと、甘く香ばしい薫りが辺りに漂った。
独りで食事するにはもったいない大きなテーブルには、シュガートーストが二枚と白いティーカップに注がれた紅茶が用意されていた。
今日は私が作りましたと自慢げに話す藤村さん。
笑顔が素敵な彼を見ているだけで、不思議と心が落ち着ついた。
「奈緒さん、お味はいかかですか?」
「とってもおいしいです!」
甘いトーストと紅茶の相性は抜群。
仄かに薫るレモンの香りは甘さが残った舌を癒してくれる。優しい味の朝食をいただいた。
藤村さんは頭も良く、顔も良い。何事も器用にこなせる完璧な人。
代わって、主は傲慢、自己中心。無慈悲、無感情、無関心。
ヒトの気持ちを理解出来ない冷血人間。
藤村さんならもっと良い条件で良い所に仕えてもおかしくない。
だから何故、あんな人間に仕えているのかボクは分からなかった。
「奈緒さん、この後の予定は?」
「今日もいつも通り、本を読んでいようかなと思っています。」
「そうですか…もしよろしかったら、その時間を私にくれませんか?」
頬笑みを向けられてボクはドキッとした。
その笑顔は白く綺麗で。
ボクのモヤモヤを取り払ってくれる。
癒しのオーラを身に纏う清楚な藤村さん。
救いの手を差し伸べてくれる彼を見ているとこのセカイ、悪い事ばかりじゃないと思えた。
「ではお聞きします。奈緒さん、貴方は道貴様をどう思っていますか?」
「・・・。」
「大丈夫です。貴方の想いを彼に伝える事は一切しません。約束します。正直に言ってください。」
そうは言っても、どう思っているかなんて簡単に言えるわけ無かった。
正直に言えば嫌いだ。
汚いし、気持ち悪い。
容姿はとても素敵なのに好き好んで男を抱くなんて。
ボクみたいに何の取り柄も無い人間を高価格で購入するなんてどうかしてる。
ただ頭が狂っているとしか思えない。
感情を持ち合せて居ないのなら、ボクじゃなくたって変な話…藤村さんでもいいじゃないかと感じる。
「少し苦手ですが、嫌いではありません。夜しか接しないので、よく分からないですし。特にどうと聞かれても分かりません。」
「そうですか。」
「はい、ごめんなさい。」
その通り、ボクと西大路氏の関係は夜のみ。
朝は姿を見る事も無いし、休日もそのサイクルは変わらない。
無感情なのが彼の性格なら、仕える人間は黙って受け入れるしかない。
最初に言われた通り、ボクは大人しく抱かれるだけの人であればいいのだから。
特別な気遣いも感情もいらないのだ。
「あれっ、なんだか・・・・頭が・・・えっ、あれ、ん?」
「奈緒さん、どうかなさいましたか?」
「ふ、ふじ、ふじむら。藤村さん…」
突然、頭がボーっとして視界が揺らいだ。
目の前に居る藤村さんの綺麗な顔も霞んで、瞳がグラグラする。
「だ、あぇ、ん?ちょ、ちょっと・・・眠いのかな?」
「奈緒さん?大丈夫ですか?」
「んっ、からだがっ・・・」
もしかしたら8日間、休まず身体を使ったから疲れたのかもしれない。
ゆらゆら揺れる辺りの景色。
ボクは藤村さんの優しい呼びかけを聞きながらゆっくり瞳を閉じた。
[*Ret][Nex#]
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