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President roomと彫られた臙脂色の固い扉を開けると、来客用の黒いソファに項垂れた男性が目に映った。

先客だろうか、あまり表情を覗き込むのは失礼だと思って一瞥しただけ。
ボクは早急に國谷さんへ用件を伝えた。



「今日はこれを業務の山崎さんに届けに来ただけなんですけど…」

「はい。ご安心下さい、塚原さん。山崎部長は後程いらっしゃいます。その前にどうぞ、こちらに…」



國谷さんにせき立てられたボクは先客の方に失礼だと思いながらもその人の前に腰をかけた。

ボクの存在に全く気付いていない先客。
雰囲気や髪型がとてもあの人に似ていて何故か心空しい気分になる。

ボクが座ったのを確認した國谷さんはその人に歩みより肩をポンポンと叩いて話し掛けていた。



「社長、塚原さんです。塚原奈緒さんがいらしてますよ。」

「…ん、」

「後は自身で解決なさってください。私はここで失礼いたします。」


早々と立ち去った秘書の國谷さんに“社長”と呼ばれた目の前の男。
のっそりと席を立ち、頭を抱えながら机に置いてあった眼鏡をかける。

そのシルエットから把握できる鈍色の短い髪も銀縁の眼鏡も、すらりと細長い身体のラインもボクは全部知っていた。

しかし、ボクが見ていた面影も覇気もそこには無かった。



「な、おっ…」

「・・・み、」

「本当に奈緒なのか?」



突然、低く戦慄き始めた西大路氏らしき人物。
口許には薄ら髭が生えていて、顔もゲッソリ。
憔悴して弱々しい印象。

体調でも悪くしてしまったのだろうか。全く違う人間を見ているみたいで寒気立った。



「みち、たかさんっ…?」

「ああっ、本当に奈緒なんだな…奈緒ッ、なおっ!」

「んッ!」



小刻みに震えた西大路氏はボクの姿をはっきり捉えて力強く抱きしめた。

背中に手を回して厚い抱擁を繰り返される。僕に合った心地好い温もりに動揺は隠せない。



「ああっ、ずっと…ずっと、ずっと、」

「ん、道貴さん…?」

「奈緒、なお、なおっ!」



大好きな声で必死に名前を呼ばれるから、胸の鼓動は早くなるばかり。

離れていた間ずっと隠していたかけがえのない“好き”がたくさん込み上げてきた。



「くち、」

「んぁっ、ふぁ…」

「奈緒、」



懐かしい甘酸っぱい香りが口内に広がりボクをおかしくする。
柔らかい口づけに答えても今は怒られることはない。

舌を絡めて激しく唇を奪い合う。ムードも何もお構いなし欲望通りに互いを貪り続けた。



「なお、あ―……して、る。」

「えっ、?」

「奈緒を…愛してる。」



瞳の奥をキラリと輝かせ西大路道貴本人が、今ボクを愛してると言った。

これは夢なのか、空想なのか、自分自身パニックで脳内処理が追いつかない。


初めて言われた
“愛してる”

上手く現実が理解出来ないボクはただじっと西大路氏を見つめていた。



「あの日からずっとだ。君の温もりと君に言われた言葉が頭、身体、心から離れないんだ…」

「そっ、」

「いくら言葉にしても足りないくらい。奈緒、君を愛してる…」



いつも蔑んだようにお前と言われていたのに。君なんて、初めて慈しまれながらボクは大好きな人に告白された。

初めて嗅いだスーツの匂いも、鈍色の艶めきも。
この瞬間、目の前にしているのは他でもない…ボクだけだ。

嬉しすぎて胸がきゅっと引き攣れて、涙が溢れて止まらない。



「道貴さん、相変わらず素敵ですっ、ね…」

「・・・奈緒、?」

「貴方と居たあの日々はとても悲しくてっ、とっても幸せでしたっ…でもっ、その幸せを突然、自分の変な感情の所為で失って、貴方の元から離れてっ…貴方を忘れようって何度もっ…何度も思いましたっ!」



元に戻りたかった本物のセカイでボクは今まで味わったことのない孤独、焦燥、哀しみと葛藤した。

瞳をゆっくり閉じればボクを優しく包んでくれる、暖かい西大路氏の胸の中に居る。
でも、それは果敢無い幻想に過ぎなかった。

彼の肌を思い出して独り、寂しい夜を幾度も乗り越えてきた。

だからこそ。
涙ながらに自分の気持ちを真っすぐ彼へぶつけた。



「だけど、…だけど貴方を忘れるなんて出来なっ
「奈緒、もういいんだ。君は何も悪くない。悪いのは君の弱みに付け込んで、金でどうにか全て解決しようとした無慈悲な私だけなんだ。」

「み、道貴さんっ…」




再び厚く抱きしめられた僕は儚い幻想を脆くも砕き、彼の温みを離さないとした。

そして前より緊密になった繋がりを辿り、自ら彼のくちびるに口づけた。





[*Ret][Nex#]

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