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部屋に入って来た國谷は口をもぐもぐ動かし、何か言いたげな顔をしていた。

言いたいことは分かっていた。だから気付かないフリで私は事業部から送られてきた企画書に目を通した。
更に近くによって来た國谷の様子が明らかおかしいことに無視出来ず、仕方無し話しかけた。



「どうした。」

「道貴さん、私は納得出来ません。」

「…あの子のことか。」

 ・・
「あの子だなんて、貴方は本当に酷いお方だ。後に後悔しても私は知りませんよ。干渉もしません。失礼します。」



思い切りドアを閉めた國谷は私に怒りをぶつけ今まで見せたことの無い鬼の様な形相で姿を消した。
アイツに私の何が分かると言うのだ。

好きだの、愛してるだの必要の無い問い掛けをしたのは奈緒じゃないか。

どうせ藤村と一緒に出て行っただろう。悩みの種がなくなってくれて私は清々しているんだ。
彼も自由を奪われた4ヶ月間はきっと毎晩私に犯されて地獄だったに違いない。

お互いそれでよかったのだ。



「くそっ、私が何をしたって言うんだ。あとで後悔するだと…?國谷の奴、バカにしやがって。」



机に散らばった企画書を投げ捨て私は頭を抱えた。

昨日からずっとだ。
奈緒に言われた“愛してる”が頭から離れない。

計り知れない自責と悔恨がこれから私を苦しめようと。この時は理解出来なかった。









後(ノチ)に毎日、錯乱状態。

居ないと分かっているのに私は毎晩屋敷中を駆け回り這いずって必死に奈緒を探した。

朦朧とした意識の中で奈緒の優しい声をもう一度聞きたくて、暖かい小さな身体を抱きしめたくて。

自身に纏わり付く奈緒の温もりや感覚はいくら拭っても解くことが出来なかった。

好きとか愛してるなどの愛情表現。
自身の作った奈緒と本物は別人なのに。酷い言葉で威圧して彼を永久に失って。



「道貴さん、準備は出来ましたか?」

「あぁ、」

「では、今日の予定です。9時頃、ニューヨーク支店料理長とフルコースのメニュー確認。11時半、ニューヨーク支店事業部係長と」「國谷、すまない。もう…もう、無理だ。」



國谷に仕事の内容をずらりと語られただけで頭が痛くなり呼吸も儘ならず、その場で意識を失った。
病院に運ばれて心労と診断されたが気分的には何も解決しなかった。


休んでる間も笑顔で駆ける奈緒の姿を必死に追いかけて。
掴めないと気付けば涙を流して泣いていた。

そうやって毎晩、毎晩繰り返し魘された。

自分で手放したはずの彼をもう一度抱きしめたいと想うことは罪なのだろうか。

いくら藻掻いても藻掻いても抜け出せない真の闇を彷徨い、孤独の檻に閉じ込められた私に救いの手を差し延べてくれる人は夢の中の彼以外誰も居なかった。



「道貴さん、自業自得です。責めているわけではありませんが、もう少し塚原さんの気持ちを考えてあげるべきでしたね。」

「あぁ、お前の言う通りだったな。」

「…貴方は今更とお考えでしょう。でも、そうでは無いと思いますよ。」



そう言い残した國谷に渡されたのは古びた工場を背景に作業衣姿で働く奈緒が写った写真だった。

あの頃となんら変わりの無い。溌剌とした笑みを映し、精一杯生きている美しい姿。


写真を見る以前から私は分かっていたのだ。彼がいないと生きていけないこと、彼がいないと何もできないことを。



「…奈緒っ、」



一言ぽつり、久しぶり口にした名前をこんなに切なく呼ぶなんて。自身の声の哀愁に驚きつつ。

この期に及んで彼を想う気持ちに気付くなんて。

何も気づけなかった自分が馬鹿馬鹿しくて私は腹を抱えて笑っていた。





[*Ret][Nex#]

あきゅろす。
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