◇
この生活を続けていつのまにか二ヶ月。
西大路氏との薄い触れ合いは終わりを告げていた。
その姿を自由になったボクの瞳ははっきり捕えた。
朝、目覚めたら居ないはずの彼が規則正しく、安らかな寝息を立てながら隣で眠っている。
不思議に想いながら身体を半分起こして彼の額に手を触れてみた。
西大路氏は父さんとあまり歳が変わらない。
顔には皺があるけれど、かっこよく、寝顔はとても綺麗だ。
口を開けてグーグーいびきを立てる誰かさんとは大違い。
こんなに見た目もよく、お金持ちなのに何かが足りない。
もっと性格が良かったら人に好かれただろう。
彼の性格の悪さを咎めているわけではないが、人当たりがよかったら完璧なのに。
西大路氏はいろいろもったいない人だと思う。
ボクの大切な主だし、貶しているわけじゃないけど、本当にそう思う。
「おはよう…」
「おはようございます、御主人様。今日は珍しいですね…こんな時間までここにいらして大丈夫ですか?」
「…少し水を飲んでくる。お前はそこで待っていなさい。」
「かしこまりました。」
大丈夫か気を遣っても無視、ボクの顔も見ずにそそくさとキッチンへ向かった西大路氏。
ひんやり冷たく効き過ぎた冷房を止め、ボクは再び布団へ潜った。
藤村さんとの関係を誤解されてから一ヶ月、あの日から彼は進んでボクの身体に触れるようになった。
だけど視界を遮られることは変わらない。
その所為で切ない想いは膨れ上がるだけ。
愛が無いセックスに付け加えて撫で回される肌。命令されればきちんと従う自身。烈しいピストンに耐えられず、必死に喘ぐ淫らな身体。
一ヶ月、一ヶ月間仕込まれてボクは完璧に西大路氏専用の性奴になった。
『懇願しなさい』
そう言われれば、既に濡れてびちょびちょのアナルを彼の前に突き出し、中に挿れてください。とお願いする。
そうやって、汚い性奴になったボクをどう思ってるのだろう。
って、元々ボクへ特別な感情は彼に無い。
それだけは自信を持って言える。
身体だけの関係に変わりは無い。
ただ、気まぐれで身体を撫でてみたくなっただけであろう。
彼は“気紛れ”で上手く通り抜けられても、ボクはそうはいかない。
実は自身、心のどこかで好きになってもらえることをひっそり願っている。
◆
昼過ぎて、仕事へ向かおうとした西大路氏は、ボクの体調を気遣ってくれた。
顔を覗き込み、ベッドで項垂れるボクの頬を撫で大丈夫かと聞いてきた。
心配かけまいとボクは「大丈夫です」とだけ言って再び臥せた。
行為が終わった後にも関わらず優しくされるなんて、珍しいこともあるもんだ。
些細な声掛けに胸はときめき、鼓動を落ち着かせるため干し立ての布団の香りを嗅いだ。
「失礼します…」
「あっ!藤村さんッ、おはようございます!って…もうこんな時間だからこんにちは…ですかね!」
「・・・。」
部屋に入ってきた藤村さんは眉間に皺を寄せ、険しい顔で閉じたドアの前に立ち尽くしていた。
その怖い表情はどんどん近づき、ついには目と鼻の先ほどに。近寄る整った顔に驚いたボクはゆっくり後退りした。
「奈緒さん、もう取り返しのつかないことになりましたね。」
「・・・え?」
「中途半端な時間ですがお食事の用意が出来ていますよ。」
「は…はい。ありがとうございます。」
不自然な言動に首を傾げつつも、ボクは食事をするためベッドから起き上がった。
藤村さんの足取りはいつもより早く、明らか様子がおかしい。
声をかけるにもかけられない暗いオーラを取り巻く彼の後をボクは必死に追いかけていた。
[*Ret][Nex#]
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