艶事ファシネイト
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この愛しい寝顔を自分より前で見ていた男が近くに居たなんて…時枝は野々宮の美しく佇む寝顔を見て嫉妬にも近い感情を芽生えさせていた。
きっと自分より彼とは親しかったのだろう『ショウちゃん』と親密に呼ばれた名前に少し腹が立っていた。
初めて彼に会った時、自分は野々宮に対して酷い事をたくさん言った。
他に抱かれたことがあるだろうと、何も分からない彼にキツく言った。
それを後悔しているのか、悔しくて時枝はあまり寝付けなかった。
「ののみや、」
「んうぅっ、とちえだしゃあん…どしたの?おやつたべるの?」
「ふふ、ホント…野々宮はお菓子が大好きなんだな。」
しかし、野々宮の前で醜態を晒すわけにはいかないと明るい笑顔でごまかす時枝。
小さな頭を撫でながら暖かい布団に潜った。
「いきなりだけどあのね、とちえださん。のの、こんどゆうちえんいきたいの、」
「ゆうちえん?なんだソレは、」
「えぇ!とちえだしゃんしらないのぉ?おうまさん、ぐるぐるーとか、らんらんしゃだよぉ!」
驚いた野々宮の言う『ゆうちえん』とは『遊園地』の間違いであった。
ちなみに『おうまさん、ぐるぐるー』とは『メリーゴーランド』、『らんらんしゃ』とは『観覧車』のことである。
「そうか、遊園地か。」
「うんっ!とちえださんといっしょにいきたいのっ、」
「ほぅ、それは嬉しいな。じゃあ来週の土曜日辺り…行こうか、遊園地。」
自分を必要としてくれている野々宮の夢は精一杯、叶えてやりたい。突然の提案も受け入れた時枝は野々宮と大切な約束をした。
・・・・・・・・・・・♂
そして一週間経ち土曜日、時枝が野々宮を車に乗せ遊園地へ向かおうとしていた時。
見知らぬ男が車に歩み寄り、運転席の窓ガラスをノックしてきた。
「はい、」
「・・・。」
「どうかなさいましたか?」
時枝が話しかけても反応しない男はキャップを深く被っていたため顔は分からない。
さらに、薄く開かれた口が妙で時枝は少ししか窓を開けなかった。
「すいません、今から出かけるので、用が無いのなら…
「返せ、」
「は?」
「ののを、ののを返せよっ!!!」
次の瞬間、ギャッと叫んだ男は思い切り窓を殴って時枝に訴えかけた。
取れた帽子から覗いたのは日本人には珍しい派手な銀髪、紅く血走った鮮やかな朱瞳だった。
「変態ッ!俺のののを返せッ!」
「やめて、…ショウちゃんっ、」
「野々宮、」
「ショ、ショウちゃんっ…のの、ののだよぉ、」
泣きそうな顔で後部座席から覗いた野々宮ははっきりと男を見つめ語りかけていた。
その泣きそうな顔は時枝の中でぐるぐる巡り、嫌な気を起こさせた。
(もしかして、彼が今一番必要としているのは自分じゃなくこの男なのかもしれない…―?以前から二人は愛し合っていたのかもしれない…―?)
「ののぉ、なんでお家に帰ってこないんだよぉ。ショウちゃんっ、ののが居ないと…ののが居ないともうダメなんだよぉ、」
「ん、んぅうっ…ショウ、ちゃんっ。」
「帰って来てくれ。もう、ショウちゃんを一人にしないでくれぇっ、」
まるでこの世の終わりのように悲観し泣き叫ぶ男の哀れな姿と同情の眼差しで見つめる純粋な野々宮の姿。
それを見た時枝の心中に『諦め』と『野々宮の幸せ』の二文字が確実に浮かび上がっていた。
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