文 エメラルド※(青益) ※喘ぎ声多めです。 ※キャラ崩壊がひどい二人。 ※榎←益、木←青が前提です。 偶然。 それを運命だと呼ぶような関係には無いので、青木は益田の顔を暫く眺めてから目線を道端の雑草に移した。 「あ。今あからさまに無視しましたよね」 「無視をしたというより、視界から消したいので視線を逸らしただけですよ」 大勢の靴底で踏みしだかれて折れた茎から緑色を滲ませているその雑草が目の前の男と重なって、せっかく視界から外したというのに鬱陶しいなと青木は思った。 「ええぇ?そこまで言いますか、酷いなァ」 眉尻を下げて情なく笑いながら、益田は傷付いたという顔を作ってみせた。これくらいで傷が付くなら青木に近づく頃には死んでいる。 「昼間も会いましたよね。今度はこの辺りで探偵をしているんですか?」 益田の渾身の傷付いた顔には一瞥もくれずに青木は問うた。 夕暮れが深い色を辺りに染み込ませて目を暗ませている。街は早々にネオンを輝かせはじめた。そんな時間帯である。 「まあ、そんな所です。昼間は‥‥あぁ、あれは中々」 ニヤリと笑った益田に青木は一重の目で刺すような視線を送った。 「イヤだなぁ、そんな睨まんで下さいよ。青木さんが自分でしたんでしょう?」 昼間、職質をかけた不審者は益田だった。 不審者なのだから署に連れ帰ってブタバコにぶち込んでやろうかとも思ったが、考えたら面倒な事この上なかったのでやめたのだ。 捕まえた時の益田が余りにも調子が狂っていたので、痛めつけてやろうと少しだけ揶揄って適当なところで解放してやった。 その時身に付けていたマスクと帽子は、今は身に付けていない。一旦、探偵社に戻ったのだろう。ニヤニヤ笑っている益田に昼間のような不審な態度は微塵も無く、お得意の軽薄さを全面に押し出したいつもの態度で青木の前に立っている。 「‥‥─そう、でしたね」 昼間のアレはなんだったのか。 「あー、今思い出してるでしょ、僕のこのくちびる。スケベだなぁ青木さんケラケラ」 あの笑い方をしながら自分の唇を触った益田の指先を手に取って握る。 「‥‥なんですか?」 一瞬、びくりとした益田の指は青木の手の中に収まっている。それは無理にその中に収めているという感じが伝わってくる程、益田の顔が強ばった。瞳が警戒色を帯びて揺れた。 「折角なので、これから飲みに行きませんか」 「え?」 「僕はもう上がりなんですが。君の方は、どうなの?」 握った指先を手を繋ぐようにして握り直し、その手を引いて青木は歩き出した。 「‥‥僕も、もう今日の所はお終いです」 何が起きているのか分からないという顔で、手を引かれた益田が付いてくる。それを確認してから手を離した。困惑というより混乱しているのだろう。いつものように、平静さを装った顔を作りながら頭の中はフル回転させているに違いない。 何が狙いだ、と。 青木は笑った。 「じゃあ行きましょう」 益田を嘲った。 大衆居酒屋というより小料理屋といった雰囲気の店だった。酔漢の怒号も聞こえず、みっともなく酔っ払って下卑た笑いを響かせているものも居なかった。かと言って静まり返っているわけでもなく、他の客の話し声は聞こえる。ただし話の内容までは分からない。時折、和やかな笑い声も聞こえてくる。 いわゆる雰囲気の良い店という所だった。 「良く来るんですか?ここ」 カウンター席に並んで座った。 店に着くまでは落ち着かない様子の益田だったが、店内に入って暫くするとやっと警戒心を解いたようだった。解き切ったわけでもないのだろうが。 「ええ、まあ。静かに飲みたい時とか、たまにね」 届いた清酒を傾けながら青木が答える。 「へえ。あぁ‥‥木場さんと、とか?」 遠慮がちな口調でその人物の名前を口にした益田はチラリと青木の方を伺った。 青木は傾けた杯を口元に当てたまま、口角を上げた。 「一度だけ、一緒に来ましたよ。ほとんどあの人だけが飲んでたけど」 こんなに静かに笑う青木は見た事がなかった。 当たり前だ。そもそも、こんな風に穏やかな会話が成立している事自体が初めてと言って良い。 会えばギスギスとした言葉でお互いを貶めては身体を繋げるだけの関係でここまで来たのだ。意味のある会話など、到底した事はない。 だから益田は青木から目を逸らした。 昼間のあの、ザワザワとしたものが胸に広がる前に。 「君は?一緒に飲みに行ったりしないんですか?」 言外に益田の想い人である人物の名前を含ませる。横を向いた益田の目元が微かに動いた。 「あぁ‥‥──ははは、一緒に飲むというより、僕はお供の下僕なので」 そこで言葉を切って細い指で伸びた髪を触る。一房つかんで弄ぶように捻った。さらさらとしたそれは、掻き上げても直ぐに元に戻る。 「あの人に付き合って飲んでたら、僕の肝臓はすぐに壊れちゃいますよ」 落ちてくるその髪を、無意識なのだろう、耳に掛けた。それは、何度か見たことのある仕草だ。その時に、邪魔な髪を抑える仕草。 益田はすぐに掛けた髪を元通りに解いた。一瞬見えた耳が恥じらうように赤く染まっている事に気が付いた。 その人の事を話しているだけなのに、まるで純真無垢な少女のような反応をするとは。 青木は益々笑ってしまう。 純真無垢とはかけ離れた位置にいる人間のくせに。そんなにか。そんなに好きなのか。 胸中で嘲笑いながら、青木は益田の杯に酒を注いだ。 店を出ると湿気を帯びた温い風が吹き抜けた。これから雨が降るのかもしれない。 店で出された酒と料理は、どれも美味かった。凝った料理ではなく天麩羅や焼魚やだし巻き卵など、ごく普通の物だったが、それが余計に美味く酒も進んだ。久しぶりに人間らしい食事をしたなと益田は思った。体内にアルコールが巡っているのが分かる程、益田は程よく酔っていた。気分良く酔えるのも久しぶりだ。 「益田君」 「はい?」 駅に向かいながら青木が問いかける。 「今日は、どうする?」 「どうするって?」 子供のような仕草で首を傾げた益田に青木は苦笑した。これは本心から苦笑したのだ。 警戒心を解きすぎではないのか? 「ウチに来る?」 「‥‥‥え?」 多少酔いが回っているらしいその顔を、何かを思案するように更に傾げた。さらさらと髪が滑る。 「行ってもいいんですか?」 「いつもは僕の了承なんてお構い無しじゃないですか、君は」 「そうですけど、青木さんから言い出すなんて初めてだから‥‥なに企んでんです?」 長い前髪の隙間からほろ酔いの目を青木に向けて口元をわずかに引き上げた。 「企んでるとは人聞きが悪いな」 アルコールを摂らせて頭の回転を鈍らせた筈なのに。さすがに察しが良いな。 「まぁ、そういう気分の時もあるって事ですよ」 「嘘くさいなぁ」 笑いながら言って益田は青木の手の甲に自分の手の甲をぶつけた。 青木は部屋に着くなり益田を背後から抱き締めた。細い身体が腕の中で跳ねる。 身長差はさほど無いが体格差なら歴然としている。細身ながらも日々の鍛錬のお陰でしっかりと筋肉のついた青木の身体を、益田に振り解けるはずもなかった。見事に動きを封じられてしまった。警官時代には、益田もそれなりに体術やら制圧姿勢やらを学んでいる。それは身体に染み込んでいて多分、今でも使えるはずなのだが。ここでも現役との差を思い知らされて苦く笑った。 「どうしたんですか青木さん」 「なにが?」 益田の頬に唇を軽く押し当てて青木は益田のジャケットを脱がせた。床に落とす。自分の上着も脱いで益田のジャケットの上あたりに落とした。 「何がって、ん‥‥、だってこんな」 ネクタイを緩めながら唇を重ねる。何か言いかける益田の口をキスで塞いだ。 益田の身体を壁際に追い込んだ。頭を壁に押し付けるようにして固定し唇を甘噛みすると益田がぎゅっと目を閉じた。同じように口をきゅっと結んでしまう。尖り気味の顎に指先で触れ、口を開けるように促した。 「あ‥‥」 青木の名前呼んだのか吐息なのか知れない声が漏れた。その益田の唇を自分の唇で覆う。壁と青木の身体に挟まれて身動きの取れない益田はその間で身体を捩った。 唇の裏側を舐められてぞくっと震えると同時に、腰にずんと重く響いた。 「ん‥‥ンっ」 鼻から漏れる甘ったるい息をどうにかして止めたい。それなのに青木の舌がゆっくりと唇の隙間から口内に入ると、身体が勝手に震えて甘えた声を出してしまう。舌の裏側を擦られて下腹部が熱くなる。誘い出された舌の先を突き合わせると、縋りついた青木のシャツにシワが寄る程握りしめて益田は小さな喘ぎを漏らした。 それを吸い込まれて口付けが深くなった。片手を腰に回されて下半身が密着する。 青木の指先が強弱をつけてシャツの上から益田の背中を辿り、首筋を撫で耳を柔らかく掠めて頭を撫でた。 「っ‥‥ふ‥ぅぁ‥‥あ」 その感触に胸が高鳴る。 もっと撫でてほしいと思ってしまった。そして本当に撫でられると何の意味があるのか分からない涙が滲む。 いつもよりも確実に焦らされている。 いや、焦らすというよりこれは。 優しくされているのだと気が付いて益田は我に返った。拘束する青木の身体を退かすようにもがいて咎める。 「あ、青木さん‥‥っ」 「ん‥なんですか?」 口調までもが優しく聞こえる。聞き慣れない青木の声音に益田は首を竦めた。 「い、いつもみたいに‥‥して、くださいよ」 いつものようにモノを扱うみたいに。 「‥‥どうして、今日はこんな」 「こんな?こんな、何です?」 青木は俯いた益田の顔を覗き込んで腕を取った。 昼間見た益田の顔に近い。あの時の益田は動揺していてまるで情緒不安定に見えた。調子が狂っているなとは思ったが多少、精神のバランスを崩していたのかも知れない。 青木の知った事ではないが。 体捌きの要領で益田を畳の上に引き倒す。重ねた布団の上からは若干逸れた。 益田の上にのしかかってシャツのボタンを外し、首筋に顔を埋めて甘噛みする。 「い‥‥ゃ、‥‥っだ」 青木は肩を押し返えそうとする益田の手首を掴んで押さえつける。益田の抵抗を完全に抑え、はだけた胸に手の平を当てて撫で上げると小さく尖るものに触れた。そこを揉み込まれる摩擦に、益田の体にビリビリと甘く痺れるような電流が走った。 「う‥‥は、あ‥ぁッ」 のけ反って浮いた腰の隙間に腕を入れて抱き寄せ、唇を合わせる。 「ふあ‥‥ぁ、おき、さん‥‥っん、んう」 唇が離れた隙に出した声も塞がれて、声なんか出せない程、舌を絡め取られた。濡れた粘着質な音が響く。 自由になった手で青木のシャツを掴んで制止しようとするけれど力が入らない。目を閉じて、反応してしまう身体を閉じて、抵抗の形を取る。絡まった舌だけが溶けていく。 いつもと立場が逆転している。 益田がここまで抵抗することは滅多にない。過度な暴力を加えても最後は自ら擦り寄ってくるような腐った頭の持ち主だ。 それが、この反応だ。愉快でたまらない。 嫌がらせとしては充分過ぎるほど効いている。 こんなに簡単な事で、この男をここまでやり込められるなんて。 青木は喉の奥で笑った。 「‥‥やっぱりね。君はこうやって優しくされるのが嫌いでしょう?」 「‥‥え‥?」 ようやく解放された口内は甘く痺れている。益田はため息をついて目を開けた。青木の言葉を反芻して意味を探す。答えを見つける前に青木が益田の頭を固定して額を合わせてしまった。 いつもは長い髪で覆われているその目が顕になる。薄らと涙の膜を作る切長の目。 「嫌いなくせに、」 青木は自分のネクタイを解いてシャツのボタンを何個か外した。益田を見下ろして笑う。 「本当は、そうされたいんでしょう?」 ──榎木津さんに。 その名前を出しただけで益田の顔から血の気が引いていくのが暗がりでもわかった。 可笑しくてたまらない。 それは到底、叶いそうにない。 その心が彼に知れた途端に全てが灰になる。 可哀想に。 可哀想だ。 その歪に曲がった愛情が。 自分に似ていて。 互いに、誰かの代用品なのだということは承知しているが、お互いのその誰かは暗黙の了解で明言はしていない。だから青木が特定の人物の名前を出すのはこれが初めてだった。 益田は不安そうに青木を見つめた。 「お望み通り、優しくしてさしあげますよ」 宣言通り優しく益田の身体に触れ、的確な愛撫を解していくと、抵抗する益田の力が弱々しいものに変わっていった。 「優しくされるのが嫌いなんて、本当に君らしいですね」 頬にキスをされながら囁かれると、そわそわとした何かが胸の中から這い上がってくる。益田は歯を食いしばってその感触に耐えた。 スラックスを取り払われた下半身は既に青木の手によってぐずぐずに蕩かされている。自分の身体がこんなに広がるのが不思議だった。ここまで丹念に丁寧に解された事など今まで一度もなかったのだ。大切なものを扱うように自分の身体を扱う青木の指は、どこまでも優しくて気持ち良かった。心地が良い。 勘違いをしそうになる程。 それは今夜のあの飲みの席から、この青木の部屋へ来るまでずっと感じていた居心地の良さに由来するものだった。その居心地の良さは青木が意図して作ったものだった。今わかった。すっかり油断してしいた。益田は油断した自分を殺したいと思った。 「‥‥そう‥ですよ‥だからっ‥‥ぁ、ん」 先走りで濡れた先端を指先で擦られる。それだけなのに中が疼く。勝手に腰が揺れてねだるように青木の手の平に押し付けてしまう。 何か言わなければ。 いつものように、青木の機嫌を損ねるような、相手にされなくなるような一言を。見るのも嫌だという態度を取らせる一言を。 「龍一」 息が止まる。 青木が益田の目を覗き込んでゆっくりとその名前を口にした。 「‥‥や、めてくださいよ、そんなっ」 胸元から上がカッと熱くなった。心臓が馬鹿みたいな速度で鼓動を刻んでいる。青木の顔を見ていられない。裸に剥かれて恥ずかしい所を弄られるよりも余程、恥ずかしい。 青木の口を手で抑えようとした益田の指に舌が這わされ、先端をちゅっと音を立てて吸い上げられた。 「んんっ‥‥」 「あの人は、まだ君を本名で呼んでもくれないんだろう?」 赤く熱を持った耳朶に吸いつかれると唇が戦慄いた。 「ゃ‥‥っ」 押し付けた手の平に握り込まれて上下に擦り上げられると気持ち良さで震えた。思わず青木の肩口にしがみつく。首筋に鼻を当て埋めるように擦り付けると青木の匂いが肺に充満し、心臓がぎゅうっと音を立てる。 この音は、益田を勘違いさせる為に鳴ったものだ。そうでなければならない。 どきどきと鳴る心臓の鼓動と同じくリズムで腰が揺れる。 「本当は呼ばれたいのに、ね。可哀想に。僕に呼ばれたって嬉しくはないだろうけど」 しがみついてくる益田の頭を撫でる。 意図して柔らかい口調で語りかけ、少し汗ばんでいる額に唇で触れた。ちゅ、ちゅっと音を立てて触れる度に益田は目に涙を滲ませる。 額、こめかみ、鎖骨と唇を滑らせて乳首を唇の裏で挟むと、ひっと息を飲む音がして益田の身体が弓なりになる。腰を掴んで引き寄せ足を開かせ、とろとろに溶かしておいたそこに、青木は自分のものを優しく焦らすように埋め込んだ。 「っは‥‥あぁっ、あ、ぅんああぁ‥ッ」 ずぶずぶとそこへ刺し込まれる感覚に、背中から頭の先に抜けるような快感が這い上がっていく。益田は息を荒くした。 丁寧に解したそこは想像以上に柔らかく温かく、いつものように乱暴に突き上げてしまいたくなる。 「ッ‥‥ほら、想像して。あの人が、君のこと抱いてるんですよ。いつも僕に突っ込まれながら、想像してただろ?」 自分もそうだから。 ただし、あの人はこんな折れそうに細い体躯はしていないが、と胸中で付け足す。 「君の想像の中で、あの人は何て言ってます?」 「う‥‥る、さいッ‥‥しゃべるな‥ぁっ」 震えた涙声が混じる。こんな益田は見た事がない。愉快で仕方ない。 「あっはは、ああ‥‥やっぱり、あれかな、」 とん、とん、と腰を緩く打ちつけて囁く。 「ば か お ろ か」 一文字づつ区切って益田の耳元で低く発音した。 脳が溶ける。 自分を呼ぶ時の、あの人の唇が好きだった。自分の名を形作るその唇が。馴染みのある青木の言葉に、益田は身体の奥からドロドロとしたものが染み出してくるのを感じて身体が震えた。目に新たな涙が盛り上がる。 「‥‥やだやだやだ‥ッ、呼ぶなよ‥ぉ‥‥ゃだ──ぁ」 いつもの益田の生意気な態度からは想像も出来ない程、舌足らずな口調で抗議されると嗜虐的な気分に拍車がかかった。 「榎木津さん気持ちイイです、って言ってみてよ‥‥っねぇ、益田くん」 ぐ、と腰を押し付けて奥に当てる。 「‥あ、ぁっ‥‥あ、あ」 必死に閉じた筈の口から高くなった声が漏れた。ぐりぐりと、そこを刺激する度、甘く高くなる益田の声は泣き声混じりのもので青木を煽る。乱暴に揺すって腰を打ち付けたい衝動を抑えるように、自分の顔を覆う益田の手を取り指を絡ませて繋いだ。 「ここ?ここが、いいの?」 りゅういち 「ふ、うあ‥ぁ、ふうぅッ‥‥んんんっ」 名前を呼ぶとがくがくと身体を痙攣させた。 ぽろぽろと涙を溢しながら、益田は頭を左右に振る。髪が揺れて濡れた頬に貼りたいた。 「っんぁ‥あ、っす、き‥ぃ‥‥え‥の‥っ」 青木は途切れ途切れに紡がれる益田の蜜語を口を塞いで黙らせる。舌が熱くて柔らかい。 益田は合わせた唇の隙間から青木ではない別の人物の名前を呼んで泣いた。 「っん‥‥!」 その人の名前を呼ぶ度、中がキュウキュウと吸い付いて締め上げる感覚に、青木は堪らず息を詰めた。 頭の中に思い描く。あの人の事。 下に組み敷いた屈強な身体の事。 引き締まって弾力のある胸筋に舌を這わせると聞こえる抑えられた声。滲んだ汗を舐めるとどうしようもなく頭の芯が痺れた。舐め取れなかった汗が流れ落ちる先は黒々とした茂みの中だ。そこから屹立する太い肉茎に指を絡ませて扱くと、浮いた赤黒い血管の存在をありありと感じる。 ───気持ち良いですか? そう聞いてもきっとあの人は、頑なに答えてはくれないだろう。口をきつく結んで目を瞑る。その頑丈な顎の先から喉元へ吸い付きながら、僕は彼の熱い中を擦って攻め立てる。舌にざらざらとした髭があたって痛い。あの強靭な腕は僕の腕を制止する。僕の腕に爪が立つ。赤い痛みが心地良い。もっと付けてくれ。絶対に消えない僕と貴方だけの傷跡にしたい。 隆起した腹筋が細く揺れて限界を訴えると、きっと僕の名前を呼んでくれる。 そうしたら僕らは‥‥、僕は──── 「‥きば‥‥せん、ぱいッ」 青木が掠れる声で小さく呟いたそれは、益田の耳には届いていなかった。 自分で作った幻覚に犯されて放った白濁も、自分で作った幻覚の中に吐き出した醜さも。 目を開けて見る世界では、どうしようもなく現実だった。 繋いだ身体を解いて乱れた息を整える。 丸めた背中を上下させて隣で横たわるのは、夢にまでみた幻覚などではない。 気が狂う程の、ただの現実だ。 end. 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