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mellow
※現代パロのルームシェアネタの派生版です。
※一応、薔薇十字団男子寮Aの後のお話の形を取ってますが、そちらを読まなくても読めます。
※最後の方、ごく僅かの性的描写があります。
















部屋に戻ると榎木津がベッドの上で大の字になっていた。縦に長い人間には、見るからに狭苦しい部屋の狭苦しいベッドで、麗人探偵がだらしのない格好で仰向けになった顔をこちらに向けている。
洗いざらしの髪が乱れている。どうせまた、いい加減に乾かして整えたんだろう。でもそんな乱れた髪形くらいで榎木津の美しさが損なわれるわけもない。そんな事を考えて益田は自分の部屋に入った。

「お前、ミヨコ君にこの部屋を見せたのか?」
「見せませんよ。見せられる訳ないじゃないすか、こんなに散らかってんすよ」
益田は積み上げたフィギュアの箱を手に取った。中には可愛らしい形をした人形が入っている。それが何個も積まれたものがいくつも山を作っていた。
そもそも、美由紀はミヨコという名前ではないだろう。みしか合ってない。
「だって、それ、入ろうとしてるじゃないか」
そろそろ人の名前をきちんと覚えないとまずい事になりはしないだろうか。益田はその事を常々危惧している。そんな益田の杞憂なんてそもそも知らない榎木津は半身を起こし、大きな目を半眼にしてそう言った。
「へ?ああ‥‥これは、急に入ろうとするから止めたんですよ。もう、ほんと女子高生怖い。まあ、こんな有様じゃなきゃ、喜んでお招きしたんですがね」
フィギュアの箱の山以外にも、雑誌や漫画やゲームやパソコンパーツなどが床に散らばっていた。昨夜から始めた部屋の掃除は片付かないまま、餃子パーティーの準備をし始めたのだった。お陰で未だ部屋は荒らされた様な有様だ。
「いやぁ、やっぱり女子高生が見たら引いちゃうでしょう、コレは」
美由紀がこの部屋に入ろうとした時には焦った。片付いている時ならまだしも、この様な状態で女子を自分の部屋に招き入れて良いわけがない。ドアを開けようとする美由紀の手を咄嗟に押さえつけてしまったが、力を込めすぎだっただろうかと後で反省した。

「オタクだもんな!」
「うるさいっすよ」
模型雑誌を手に取ってパラパラとめくり、見るとはなしに眺めている益田を、榎木津はじっと見つめた。
益田の頭の少し上。そこにはあの女子高生が映し出されている。丸い大きな瞳で益田を見上げているようだった。顔が近い。でもすぐに視線がフェードアウトする。スリッパを履いた益田自身の足の爪先が映る。次に視えたのは大量の餃子だ。
雑誌をめくる益田の様子を暫く眺めてから榎木津はうつ伏せになってシーツに顔を埋めた。

「‥‥君の匂いがする」
その声に益田は顔をあげる。自分のベッドの上でうつ伏せになった榎木津がシーツを握りしめていた。
「そりゃあ、僕のベッドですからね‥‥って、え?待って下さいよ?洗わないと駄目じゃないですか、それ」
自分のベッドに自分の匂いが付いているのは当たり前だけれど、それを指摘されるのは何だか凄く恥ずかしい。まるでそのシーツが汚れ物のような気がしてくる。
雑誌を置いてシーツを掴む。新しいものと交換しようとした。
「どいて下さい。今、交換しますんで」
「しなくていいよ。汚いと言ってるんじゃないんだ」
榎木津はシーツを剥がそうとする益田の腕を掴んで止めた。榎木津の手は暖かかった。その手が益田の腕を軽く引っ張った。
「‥‥」
「交換するなら、後にしろよ。その方が効率が良い」
「え?‥‥ぅわッ」
掴まれた腕を更に引っ張っられて、益田はバランスを崩してベッドへ倒れ込んだ。
「何すんですか、もう‥‥皆が起きちゃうでしょうが」
かろうじて踏ん張って、音を立てないように倒れ込んだ。隣の部屋には鳥口が、下の階には青木と敦子がそれぞれ別々の部屋で就寝中だ。階下の二人はともかく、隣の部屋の鳥口はまだ起きているかもしれない。
榎木津は益田を隣に寝そべらせて、その腕に頭を乗せた。腕枕の格好を取らせて下から覗き込むように益田の顔を見つめてきた。

「なぁ、あの子お前に気があるぞ」
「あの子って‥‥え、まさか美由紀ちゃんですか?」
どきりとする。榎木津の発言ではなくて、榎木津そのものに。
「その女子高生」
腕枕にされている腕とは反対の腕を掴んで榎木津は、自分の体に巻きつけた。益田が榎木津を抱きしめる形になる。
「そ、そんな事はないでしょう‥‥」
榎木津の体温と柔らかな髪が頬に当たる。ふわふわとしていてくすぐったい。
「嬉しいか?」
胸元辺りにある榎木津の目が見上げて問いかけてくる。このアングルから見る榎木津というのはとてもレアだ。大きな目を上目遣いにしている様は、猫のようでなんだか可愛い。
───いや。いやいや、待て。三十半ばの男が可愛いって‥‥
益田は榎木津の視線から逃れるように目を逸らした。
「‥‥そりゃあ、まあ、女子高生から好かれて嫌な男なんているんですか?っていう話ですよね」
「‥‥ふぅぅん」
「榎木津さんだって好きでしょ、女子高生」
「好きだ」
「即答じゃないすか」
益田は苦笑しながら視線を榎木津に戻す。
「‥‥え、え?」
大きな目が半眼になっている。不機嫌を隠そうともしない非難がましい視線を益田にくれていた。
「な、なんですか‥‥?」
「べ、つ、に」
明らかに機嫌を損ねた口調だ。榎木津は片方の目をぴくりと細めてから益田の尖った顎に頭突きをした。
「痛っ!なんですか、もう‥‥いてっ」
前振りも理由もない榎木津の暴挙には慣れているが、この度のこの反応はもしかして───。
いや、あり得ないだろう、そんなわけはない。
益田は、自分の浅はかで期待過剰な希望を否定する。
それを確認する為に、恐る恐る聞いてみる。

「あのぅ‥もしかして、ですけどヤキモチを‥妬いてる、とか‥‥?」
「‥‥‥」
益田は腕の中で大人しくなった榎木津をしげしげと見つめた。
「───え、嘘でしょ?」
まさかとは思うが本当にそうなのだろうか。
あの、自信過剰で傲岸不遜で傲慢で隙あらば隙無くとも威張り散らす榎木津が?女子高校生の小娘なんかを相手にヤキモチを妬いている、と?
頭の中で字面にしてみてもピンとこない。こないどころか、あり得ないし何かが間違っている気がする。益田は酷く混乱した。
混乱して、そして───にやけた。
「え、榎木津さん‥‥」
榎木津はチラリと目線だけで益田を見てから、自分の腕を益田の身体に巻き付ける。そして益田がパジャマ代わりに着ているスウェットを、ぎゅうっと握りしめて抱きついた。

「そうだと言ったらどうする」

すり、と益田の喉元に額を擦り上げる様にして呟く。
途端に胸の真ん中からソワソワとしたものが湧き上がり、さざ波のように全身を駆け巡った。ヒュッと喉が鳴るのを抑え込むように息を飲む。
「‥‥‥‥嬉しいです」
(嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しくて、死にそうだ)
榎木津の背中に回された自分の指が細かく震えている。それを止めるように握りしめるが上手くいかない。嬉しすぎて神経伝達系統のどこかが馬鹿になっているのだろうか。顔の筋肉も緩みっぱなしだ。
益田が一人、喜びに打ち震え弛緩していると榎木津が顔を上げて半身を起こした。覆い被さって顔を除き込まれる。
「おい何なんだ。そのふにゃふにゃした顔は」
こら、と言って緩み切った頬を引っ張った。
そういう榎木津だって先程の不機嫌な表情は消えて、口角の上がった笑みを作っているじゃないか。
「だって、榎木津さんが妬くなんて思わないじゃないですかぁ」
なんだか呂律もうまく回らない。
「僕だって驚いている。よもやあんな子供相手に嫉妬する日が来ようとは‥‥ん?何を笑っているんだ?」
「な、泣いてるんですよ‥‥ッ」
顔を両手で覆った益田は顔を赤くして肩をわなわなと震わせた。これ以上、歓喜の感情が過ぎると自分は粗相をしてしまうかもしれない。ご主人様の帰宅が嬉しすぎる犬のように。

榎木津は顔を覆う益田の手の甲に唇を押し付けた。ちゅっと音を立てて二度程手の甲にキスを落とすと益田の髪を撫でた。
「‥‥‥っ」
ぴくり、と益田の肩が僅かに動く。
「すぐに泣くなぁ、お前は」
ふふ、と笑った気配がして顔を覆った手を掴んで外される。今度は外した手の平に口付けて、柔らかく笑った。
「‥っえ、えのっ‥えのっ‥‥ん、」
顔を真っ赤にして涙目になっている益田が何か言う前に榎木津が唇を塞いだ。
下唇と上唇を交互にゆっくりと優しく啄まれる。髪を撫でる指が穏やかで心地良い。

下唇を甘噛みされて舐められると息が上がった。ピクリとした益田の反応をみとめると、スウェットの上から身体を撫で始める。脇腹辺りを撫でると擽ったそうに身を捩った。
「っん‥‥榎木津さん、待ってください」
「うん?」
頬にキスを落としながら先を促す榎木津に、待つ気はないようだ。制止する益田の手を握ってベッドに押し付けた。
「み、皆んな居るし‥‥それに、持って‥‥ないんです」
榎木津は一瞬だけ動きを止めた。しかし、ほんの一瞬だけだった。
「大丈夫だよ。静かにやる。ゴムが無いのは残念だが君と僕が愛し合う方法は他に沢山ある」
華麗に微笑んで平然と言ってのける榎木津に、見惚れているのか呆れているのか自分でもよく分からない視線を向けた益田は、リモコンを手に取って電気を消した。





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