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ある退魔屋の話
ある退魔屋の話 4/5

 運が良いのかもしれない。

 そう思わずにはいられなかった。
 この薄暗い環境に潜んでいた被験体は強い光には過敏になっている筈だ。しかも奴には剥き出しになっている目玉を覆える瞼もない。
 閃光玉の発する強い光を目にすれば、目潰し状態になり隙が出来るだろう。
 その間に接近し、感電させれば多少成功率は上がる筈だ。

 被験体の動きを窺いつつ、これからの行動の計画を大まかにまとめる。
 まず被験体を誘きだし、ギリギリまで引き寄せてから閃光玉を使用し、相手が怯んだ隙をつき電圧を最大まで上げたブレードで感電させる。
 そして、動きを止めたところで手榴弾を被験体の体内に放り込み素早く退避する。

 欲を云えば、スムーズに退避する為にある程度の広さがあり、被験体からの攻撃がある事を想定し身を保護出来る空間がある場所で行う必要があるのだが、此処にはそういった両方の条件が満たされた空間が殆ど無い為、無理にそういった場所を探す事はせずに行う事にする。
 故に無事にこれを成功させるには一連の行動をどれほどスムーズに行い、どれほど素早く退避出来るかが鍵となる。

 勝負は一度きり。
 手順をもう一度反芻し、準備を整えると行動へと移った。





 配管やケーブルの隙間を縫うように移動し、ある程度拓けた空間へ出ると被験体の背後へと回る。
 閃光玉を使うには被験体が一定の距離に居る事と此方を向いている必要がある為、振り向かせるために使いどころの無くなったマガジンを放り投げた。
 弧を描いて宙を舞ったマガジンは近くの配管にぶつかると、硬質な音を立て床へと落ちた。
 その音が室内に響くや否や、弾かれたような勢いで被験体が振り返る。
 剥き出しの目玉が三つ、ギョロリと動き私を見据えると頭蓋骨に筋肉を貼り付けただけの口許が、牙を剥き出しにして笑うように歪んだ。

 まるで『お前から来てくれたのか』とでも云うかのように。



 次の瞬間、奴の身体が跳躍した。

 その身に似つかわしくない速さで空を舞った巨体は私の目と鼻の先に着地すると、逞しい腕を振り上げ、鋭い爪を此方目掛けて振り下ろす。

 避けるべきか。
 駆除を遂行すべきか。

 被験体の行動はある程度予測はしていたものの、その素早い動きに頭と身体が追い付かず、次にとるべき行動がほんの少し遅れてしまった。

 何とか身を反らし直撃は免れたが、振り下ろされた被験体の爪は掠っただけにも関わらず退魔服を貫くと、その下で守られていた脇腹の肉ごと抉っていった。
 一瞬の事に感覚が追いつかなかったが、次第に生暖かい湿り気が下半身へと流れていくのを感じると、それに次いで焼けるような痛みが全身を駆け巡った。

「…!?」

 激しい痛みに声が出ない。
 傷口に手をやると大きく裂けた其処からは止めどなく血が溢れ出していた。
 急速に血液が体外へ流れ出しているからか脚から力が抜る。
 思わずその場に膝をつくとそのまま被験体に身体を弾き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
 身体の軋みと激痛で意識が朦朧としたが何とか身体を起こし状況の把握を行う。

 被験体と私との距離は数メートル程。
 猫が狩りの延長で獲物を弄ぶように奴も私を弄ぼうとしているのか、いやらしい笑みを口元に浮かべじわじわと此方へと迫ってくる。

 自身が負った傷は深さまでは分からないが範囲は広く、出血は夥しい。床に広がる自身の血で足元がぬたついた。
 意識は混濁まではしていないが朦朧とし、このまま出血が続けば間違いなく気を失うだろう。もって数分というところか。
 つまり、まだ意識がある程度保たれている今が被験体を駆除…もとい一矢報いる最初で最後のチャンスと云うわけだ。

 気を失わないよう歯を食い縛ると、閃光玉を使うタイミングを見計らう。
 出血に伴い素早い行動が出来ない今、出来るだけ此方に近付ける必要があった。
 勿体つけるように近付いていると思わせて、突然飛び掛かってくる可能性もあるが致し方無い。

 気付けば互いの距離は先程の半分くらいまで縮まっていた。


 ―――――今だ。


 手の中に隠していた閃光玉を被験体へ向けて放り投げ素早く目を閉じる。
 それから程無くして瞼の裏が白く染まると同時に聞こえてきた呻き声に、やはり強い光は有効だったのだと安堵した。

 時間にして数秒後。閃光が収まりかけたのを瞼越しに確認すると目を開いた。
 目の前には強い光で視界を奪われ、目を押さえたままもがいている被験体が居た。良く見れば掻き毟ったのか目玉がある辺りから血のようなものを滴らせている。
 強い光は目に痛みを与えるというが、奴には特に効いたようだ。

 予め電圧を最大まで上げていたブレードを素早く抜くと、覚束無くなりつつある足で床を踏みしめ一気に距離を詰めた。
 振るったブレードの先端が被験体の身体に触れた瞬間、激しいスパーク音が響くと肉の焼ける臭いが漂い、それとほぼ同じくして絶叫が耳を劈いた。

 目を潰された事による視界不良に加え、高圧電流を身体に流された事によるショックからまともに動けないらしく、被験体はその場で鼓膜が破れそうな程に叫ぶ以外に何も出来なくなっている。
 反動で壊れたブレードを捨てると手持ちの退魔用手榴弾二つのピンを抜き、だらしなく開いたままになっている被験体の胴体にある口のような器官へ放り込み、最後の力を振り絞ってその場から離れた。

 そして、被験体から距離にして十数歩分程離れた時。

 破裂音が立て続けに二つ、鼓膜を激しく揺さぶった。
 首をその方に向けると、閃光に包まれた被験体の身体が腸を撒き散らしながら上下に千切れるのが一瞬だけ見えたが、それ以降は爆風に身体を吹き飛ばれ、奴の生死を確認出来ないまま床に叩き付けられた。
 爆発に巻き込まれた配管やケーブルの残骸が此方へと飛んできたが、ぶつかったり下敷きにならずに済んだのは幸いだった。



「…っ」

 残骸の飛散が落ち着き、床に突っ伏してしまった身体を起こそうと試みたが、爆風で吹き飛ばされ床に叩き付けられたのを含め今までに蓄積されてきたダメージが効いているらしく、身体が軋んで腕に力が入らない。
 脳内麻薬の影響かいつの間にか痛みを感じなくなっていた為に暫し頭から抜けていたが、脇腹の傷口からは相変わらず出血が続いており、倒れ込んだ床に血溜まりがじわりと広がっていた。



 ああ、死ぬんだろうな。



 血溜まりが広がるにつれ、手足の先から徐々に自身の身体が冷えていくのを感じると、ぼんやりとそう思った。

「…でもまぁ…あいつの敵は討てたから…良い…か」

 瓦礫に埋もれ、ぴくりとも動かない被験体だった肉の塊を視界に映すと、気が抜けてしまったのか酷い眠気に襲われた。
 その抗いがたい欲求を甘んじて受け入れると、それからすぐに意識が闇に塗り潰された。




















 相棒の声がする。
 重たい瞼を開き視線を上げると、彼が笑みを浮かべ此方を見下ろしていた。

『お疲れさま』

 すぅっと彼から伸びた手が頭に触れ、優しく髪を撫でる。
 不思議とそれが心地好く目を細めると、彼が同じように目を細めているのが僅かに開いた視界に見えた。

『大丈夫だよ。もう少しで助けが来るからね』

 彼は被験体に首を千切られ死んだ筈だが、きっとこれは夢か或いは忌の際に見る幻なのだろう。
 やけに生々しい感触に頭を預けると、最期に目にしたものが喩え夢や幻であったとしても彼で良かったと思った。

『君の云う事を守らなくてごめんね』

 ふと表情を彼が歪ませる。
 今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔だった。

『だけど、あれに君を近付けたくなかったんだ』

『でも結局、俺はあれに何も出来ないまま死んでしまったし、結果的に君に大怪我を負わせてしまった』

 反省、謝罪…そんな言葉が彼の薄く開いた口から次々と紡がれていく。

「過ぎた事だから気にするな」

 そう云ってやりたかったが、身動き一つとれないどころか声も出ない。
 ただ気だるげに瞼を開き、彼に目を向ける事しか出来なかった。

『…それでも君の事だから、きっと気にするなと云うんだろうね』

 堪えきれないというように、彼の双眸から涙が溢れ出す。
 最初は控え目に頬を伝うだけだったそれは、ダムが決壊したかのように止めどなく溢れ落ちるようになると、しとどに床を濡らして染みを広げていた。

『こんな事になってしまったけど、今まで相棒でいてくれて有り難う』

 そう云って私の手を握る。
 その手は冷たくも温かくもなく、ただ触れられているという感触だけがあった。
 彼のその手を握り返す事が出来ないのが、もどかしくて仕方無い。

 遠くで幾つかの足音と私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

『もう二度と会う事はないけど、いつでも君の傍に居るよ』

『さようなら、俺の相棒』

 私の手を握っていた彼の手がするりと離れる。


 ―――行かないで。


『大好きだよ』

 瞼の重さが堪えきれない。
 閉じゆく視界の中、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた彼が笑っていた。















 目を覚ますと白い天井が目に飛び込んできた。
 身体を起こそうと身動ぎすると全身に鈍い痛みが走り、そのままベッドに身を預けるに止まった。
 清潔な白い天井や壁、腕に繋がる点滴、独特な消毒薬の臭いから察するに此処は病院なのだろう。

 どうやら私は死ななかったようだ。



「先輩。目が覚めたんですか」

 ぼんやりと天井を眺めていると、病室に後輩が入ってきた。私が目を覚ましたのを知ると看護師を呼び出したり、何処かへ連絡を取ったりと慌ただしくしている。

 合間合間に話し掛けてくる彼によれば丸三日、私は眠り続けていたらしい。
 相棒について訊ねると、既に荼毘に伏されたと歯切れの悪い返事が返ってきた。

 暫くして医者と看護師がやって来て幾つかの質問の受け答えし、現在の自分の状況について軽い説明を受けた。

 被験体による傷は脇腹の肉を大きく裂き、傷の深さは内臓にまで達していたそうだ。
 それによる出血で一時的にショック状態にまで陥っていたらしい。
 死ななかったのが奇跡だと医者が云う。
 更に自分自身気づかなかったが、骨の何ヵ所かはヒビが入っており、全快までは暫く掛かるそうだ。

 医者が退室すると、後輩があの日の事を話してくれた。
 私が病院へ運ばれた後、現場の惨状を目の当たりにした上司が明らかに一般企業の退魔師が任される仕事の範疇ではないと退魔局へ通報したそうだ。

「あそこに居た妖達は駆除剤の被験体ではなく、生物兵器として研究されていたそうです」

 ああ…やっぱりか。

 後輩の言葉にすんなりと納得した。
 私が初めてあの被験体を目にした時の違和感は、それを無意識の内に察したからなのだろう。
 あの時は気付かなかったが、云われてみれば駆除剤の実験で妖が強化されるなんて可笑しな話だ。

 後輩によれば、その件に加担していた社長を始めとした重役数人と研究員が複数逮捕され、更に妖による被害者の大半が何も知らされずにいたという事で、その家族達が損害賠償を求めて揉めているそうだ。
 今回逮捕された社長の息子が新しく社長として就任したらしいが、高額な賠償金に加え企業としての信頼の失墜に、倒産するのは時間の問題といったところか。

「大変だったんですよ。退魔局の方でマスコミに事件の公開をしたんですが、何処から嗅ぎ付けたのか此処まで報道陣が押し寄せてきて」

 確かにマスコミからしたら今回の件は良いネタになる筈だ。
 国内ではそれなりに名の知れている上場企業による、禁止されている妖を利用した生物兵器の製造実験。
それによる多数の死者と、その遺族による多額の賠償金を求める訴え。
 そして、瀕死の状態になりながらも生物兵器と対峙し、それを倒した私。
 暫くの間、ワイドショーでの話題には事欠かないだろう。






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