大精霊

「オイ!」

苛立ったような、尊大な声に。
夢うつつだったツナは薄眼を開ける。
「・・・・・・・・ん?」
「起きろコラ!」
「・・・・・誰」
知らない声に、何者かと問う。

「ランプの精だ!いい加減起きやがれコラ!」
「知らない。人違い。他当たってってわけで、さよーなら〜・・・」
名前を聞いて脳内(殆ど稼働していないが)を検索しても該当する人物が見つからなかった為、じゃあ関係ないやと安心して再び眼を閉じる。

それを不服に思ったのか、びきりと音がして、

「起きやがれこの阿呆主人がーーー!!」

ビリビリと響く大音量の怒声が邸内をコレでもかと奮わせた。



「うっさいなぁーーーーーっ!!!
もう、だれっ?何!?」

それに負けず劣らずツナは凶悪に怒鳴り返し、
折角の貴重な睡眠時間を邪魔されたことに不機嫌に起き上がった。
「やっと起きたかコラ」

ふんと踏ん反り返ったような声にツナはビキっと額に青筋を浮かべる。
体が怒りの為ふるふると震える。
握った肌触りの良い布地を引き千切りそうだったが自分がまともに一生稼いでも払えない位だったので止めておく。
そもそもそれに涎を垂らしている時点でそんなことをしても遅いのだが見ていないことにする。
「やっとだよ・・・。
ホントやっと寝れたのに何?
なんの用?
どんな重要な話なわけ?
よっぽどのことか割の良い儲け話をタダで提供してくれるか俺の代わりに無償でバイトに出てくれるか食い物をくれるかしないと・・・」

闇の中でギラリ眼が光る。
人間のそれではなく、飢えた野生動物のものだった。

「 赦 さ な い か ん ね・・・・?」
「う・・・・っ」

完全に瞳孔が開き、眼が据わっている。
食い物の恨み、乃至、惰眠の邪魔の恨みは恐ろしい。

それを目の当たりにした精霊と名乗った声は引いた。
そうまで言われると起こして良かったのか一瞬、否大分迷ったがいやいいんだよと何とか自信を取り戻し、幾らか威厳が保ててる位に告げる。

「俺の名はコロネロ。ランプの大精霊だ。
お前の願い事を叶えてやるぜコラ」
「・・・・・・・・・・・・・・」



緊張感のない沈黙が夜の帳を満たした。







































【 千夜一夜物語 〜五夜目〜 】






































コロネロは、この青年も今までの人間の反応と同じで呆気にとられるか、驚くと思っていた。

しかし、彼はそのどちらでもなかった。
この人間ときたら何の反応も示さないのだ。

タダじーーーっと此方を眺めている。
見定められている気分で居心地が悪かった。
眼、空ろで怖いし。

なんなんだこいつは。

「オイ、聞いてんのかコラ」
痺れを切らして尋ねると、寝ているのか起きているのか疑わしい様子で青年は頷く。

「聞いてるしー、ちゃんと見てるよー考えてるよー。
・・・・・・・・・・(喋る精霊って見出しで幾ら取れるかな・・・?)」
「オイイイイイイイィッ!何処まで考えてるってか計算してんだコラァ!!
見世物か!見世物にする気かテメー!?」
ぼそりと呟かれた言葉に、コロネロは思わず突っ込む。

初対面でそんなこと言われたのは初めてだ!ありえない!
今青年の眼の前にいる自分は浮いてるし、透けてるし、なんか怪しげな煙は漂ってるしで人間じゃないことぐらいはわかるだろう。
まあだから見世物にしようなんてありえないこと考えたんだろうが。

普通こういう自分みたいな超常現象のような存在が現れて驚くこともなく冷静に商いの金勘定をする奴がいるのだろうか。
いや現に目の前にいるが。


あまりにでかい突っ込み声に煩そうにツナは耳を塞ぐ。
「あーしないしない。軽いジョーク、冗談だよ。
ちょっと試しに計算してみただけ」
大した金額になんなかったしもういいやとツナは欠伸を盛大にする。
(・・・コイツ)
もし、彼の御眼鏡に叶ってしまう金額が算出されていたらどうなっていたのだろうか。

・・・考えるだけで恐ろしい。

コロネロは身震いする。
何だかやろうと思ったら、この青年はどうにかしそうだったので。



「でー?願い事ってー?
規模は?交換条件とか誓約とかこういうのにお決まりで必ず憑いてくるような付属品の呪いとかは?
後で何か言ってませんでしたーとか性質の悪い詐欺紛いのことは止めてね」
それだったら他当たってーというツナにコロネロはこめかみをひくつかせる。

「お前ッ、全っ然俺の言ってること信じてねーだろ!」
「お前が人間じゃないってこと以外はねー」
「疑い過ぎだろ!?」

どんだけ人間(自分は違うが)不審なんだ!
もっと夢を持つ人間になれよ!

何か違うとこを訴えるコロネロにツナは興味なさ気に耳を穿る。
その顔でやるのはやめろ。
凄く厭だ。

「だってお前のこと知らないもん。
信じろってことの方が無理あるでショ。
俺御人好しじゃないし。
意地汚いし、寝汚たないから」
「善人面してる癖に・・・ッ!」
「人の顔のことは言うなよー、関係ないだろー?
お母さんにそう教わらなかったのか?
この顔便利だからいーけど」
あははははーとツナは笑う。

最悪だ。
開いた口が塞がらなくなるとはこのことだろうか。
後悔が押し寄せてくる。

(俺、主人見誤ったか!?)

通常ランプから出て行く時はまともな奴を選んで出ている。
だからつい先日まで自分の本体であるランプを色々弄くっていた黒尽くめの闇商人の前には更々出る気にはならなかった。
世界征服とか下らないことを言われそうだったので。

でもそいつの変な思惑の為に本体を渡された青年は普通だった。
少なくとも宿屋で働いている時(主に子供相手)はまともに見えた。

なのに・・・ッ!
なんだこの豹変っぷりは!?

起こされたことをまだ根にもってそうな青年にコロネロは頭を抱える。



「それでお前なんか俺にして欲しいことでもあるの?
心残りがあって成仏できないとか?」
寝ることは諦めたのか、体の彼方此方を伸ばして柔軟を始めるツナにコロネロはくわっと口を開く。
怒りの為か透けた身体が真っ赤に光りだす。

「俺とあんな低級種族とを一緒にすんじゃねえーーっ!!」
コイツほんと人の話聞いてんのか!?

「それにして欲しいことあるのか聞いてんのは俺だコラ!!」
「ふーん。ないならいいけど。
あ、俺は別に願い事とかないから」
軽く断わったツナにコロネロは眼を剥く。
「はぁ!?
どう考えても超ド級にド貧乏な癖になに言ってんだコラ!」
失礼な精霊だ。
正直者らしいことはわかるが。
「喧嘩売ってんの何で俺が貧乏だって知ってんの余計なお世話なんだけど。
俺は自分で働いた金で飯食ったり買ったり遣り繰りしたりすんのが好きなの」
だからお前の有難〜い力はいらないよと言われ、コロネロは言葉に詰まる。

だが、此処で引き下がる訳にはいかなかった。


「・・・でも」
「ん?」
「でも、何かねーのかコラッ!!」

何故か悲痛な顔をして、共すれば泣きそうな、そんな声で尋ねられ、ツナは眼を瞬く。

事情があるのは大体察していたが、
こんなに必死に赤の他人の願いを叶えたがる精霊も珍しい。


ツナは人の嘘を見抜くことが上手い。
じゃなければ今までの取引において、こんな若造主人には仕入れの段階で高額な品ばかり掴まされていただろう。

そして一見したところ、この変な精霊が嘘をついているとは感じなかった。
ただ切羽詰まっていることはわかった。

一息吐いて鈍った体の調整仕上げに思いっきり身体を伸ばして立ち上がる。
「よっと」

随分と可愛らしいのもいたもんだ。
知り合いの精霊は全然可愛くなかったので余計だった。

俯いたままの可愛らしい精霊に考える素振りをしながら言ってやる。

「ん〜、ないこともないんだけど」
「!」
「そうだなあ、敢えて言うなら、」
「敢えて言うなら!?」



身を乗り出して聞くコロネロに、

「今此処で直ぐに夜食が食べたい」
「・・・・・・・・・・・・・・」

大精霊の新たな(変な)主人はお腹の音と一緒に要求した。





































「・・・・・・・・・オラ」
「うわーーーーー!」
ぶっきらぼうに出された素晴らしい料理の数々にツナはコレでもかとばかりに眼をキラキラさせた。
此処最近では間違いなく一番輝いている。
そんなことは勿論コロネロは知らないので安上がりな奴だと思うだけだったが。

「凄い!流石大精霊様!素敵!」
「お前調子良過ぎだコラ・・・」
「えへへへへ、いただきまーす!!」
コロネロの呟きには答えずツナは笑み崩れながら豪勢な料理を口へ運ぶ。
「んーーーっ!
うま!何コレ!?おいしー!!」
「そーかよ・・・」
ハートマークが乱舞している。
こんなに食べ物を幸せそうに食べる奴初めて見た。

幼い子供のように嬉々として食べるツナにコロネロは呆れながらも苦笑した。
こんなに喜んで貰えると、作った甲斐があるというものだ。

「処でコレどうやって作ったの?」
「あ?
それは先ずごま油で・・・」
ふんふんと熱心に聞き、耳を傾けるツナに、何時しかコロネロもつい熱が入る。
元々教えるのは好きな方だ。
相手は選ぶが。

「へー、意外と簡単なのにこんな美味しいのってやっぱり腕かな?
コロネロ料理上手なんだねー!」
「・・・・・・」
手放しで褒められ、本当に美味しそうに食べてもらうと照れくさくなってきた。
透けている身体がほんのりと赤く染まる。

もぐもぐと口を一杯にしながら、
「コロネロ大きくなったらいい旦那さんになるよ、きっと〜」
と、掴めないというのにコロネロを撫でるようなことをするツナにムカっとする。

「俺は240歳だ!」
「うへーーー!そんな可愛い赤ちゃんみたいな見た目なのに?」
「これは俺の本来の姿じゃねえ。
今は制約があってちびなだけだ。
本当は人間で言うと24歳の見た目なんだぞコラ」
「じゃあ俺より年上なんだねー」
「当然だコラ。
お前まだ14歳位のガキだろ」
「・・・・・・・・・・・・20歳だよ」
「!」



つい先ほどまで険悪な空気を醸し出していたとは最早誰も思わないだろう。

貧乏宿屋の主とランプの精霊は、いつの間にか打ち解けていた。















































「・・・・・・・・・・・・」
いつのまにか後ろに出現していた気配に、気付くことはない程に。

精霊の周囲への警戒は疎かになっていた。






































その不機嫌な獣が牙を剥くまでは。








































...Continua a P9→













































さて、次回は嫉妬に燃えたあの人とアルコールランプの精がツナを巡って争います♪
(語弊有り/笑)



あきゅろす。
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