王2
「でもま、結局京子ちゃんと同じとこなんだよな」
だって金がいいんだもん。うぅ・・・。
京子には何だか悪い気がしたが、自分が思わず躊躇するような仕事なんてとてもさせられない。
オマケに今の格好も見られたくなかった。
いつもより上等の装飾の多い装いと、微かな香料を塗った身体で夜道を急ぐ。
「スイマセン、お触書を見て参じたものなんですが・・・」
堅牢な門扉を叩いて顔を出した門兵に、意識してか細い声を出し、精一杯愛らしい顔をする。
こうなると、『ボンゴレファミリー』宿主、沢田綱吉は、性別が逆にしか見えなくなっていた。
回廊を進みながら目線でつい追ってしまいそうな髪をした重臣の背後をついて行く。
「命の保証は出来かねますが宜しいですか」
「はい」
どれだけ危険なのか知らないが、五回目の念押しにツナは頷いた。
「王の御前なので、武器の持込は不可なんですが ――― 」
「・・・はい」
携帯していたメリケンサックに気付かれたかと思い内心で舌打ちする。
しかし、
「ですが、幾らかはお持ち下さい。
少しは保つか何かの気休めにはなるやもしれません」
「・・・・・・・・・・・・・」
(・・・嬉しいご忠告ありがとーよ)
内心げんなりしながら臣下達が下がるのを見送る。
足元に置かれていったものはスタンガンに手榴弾、コンバットナイフ、拳銃など小さい凶器ならどれでもといった具合だった。
それら全てが、この先に入る者の危険度を表している。
ツナは特に何も選ばずに身を翻した。
(やっぱ早まったかなー)
情けないことを思いながらも、ツナは今更歩みを止めようなどとは微塵も考えなかった。
立派な宿主魂だけが彼を支えていた。
「失礼します」
「君 誰?」
すぐにあった推喝に体がビクリと反応する。
(ヤバイ・・・)
長年のバイト経験で傭兵もこなしていたツナにはわかった。
――・・・早まった。
いつも、危険の直ぐ横に座らなきゃわからないこの超直感。
もう少し範囲を広げてはくれないだろうか。
ないよりはずっとあった方がいいものに贅沢を言ってみる。
其れくらい逃げたくなった。
しかし無言で突っ立っている訳にもいかない。
跪き頭を垂れ、ハッキリとした澄んだ声に仕上げて朗々と声を出す。
演技のバイトもやっているツナには少し意識すればお手のものだった。
「光栄にも今宵、貴殿の話し相手に選ばれた者でございます」
「いらないよ、出て行って」
が、相手は栓もない俺様だ。
こりゃ駄目かな。
元来の駄目さを発揮し、すぐに嫌になる。
こういう手合いは他人が何を言っても聞きいれるタイプではない。
仲良くなるのは無理そうだ。
じゃあと、ツナは駄目で元々と言葉を紡ぐ。
「理由を。お聞かせ願えないでしょうか」
『いらぬの一点張りで、理由を話してくれないのです。
尋ねるだけでも良いので、お願いします』
頼まれた事柄だけでも済まそう。
話してくれないだろうと思っていたが、意外とすんなりと王は言葉を返した。
「僕は君みたいな弱くて群れる草食動物が嫌いだ。
視界に入れると咬み殺したくなるから。
消えて」
・・・・・・理解や同意が出来る類のものではなかったが。
しかし、問えば返ってくるのであれば会話は成り立つ人間であることはわかった。
(ちょっと、足掻いてみようか)
不興を買うだろうとは思ったが、きっぱりと言ってみる。
「いいえ。
次の陽が昇るまで私は此処から動くことができません。
殺されますので」
王に否を示すこと。
それは死を意味するのと同意義。
「へぇ、今と明日。どっちがいいの」
予想違わずの返答と、トンファーを構え御簾の向こうから現れた王に顔が引き攣りそうになる。
(瞳孔、開いてるし・・・)
一夜、保つかな・・・
「まあどちらにせよ、もうただでは帰さないけどね」
ぺろりと唇を舐め、
「ゆっくりしていきなよ」
人の形をかたどった獣の王は牙を剥き、愉悦した。
一晩中続いた破壊音が止まったのは、王宮に朝日が薄っすらと差し込んできた時刻だった。
靄のかかった空気を吸い、王が破顔する。
「ワォ、君素晴らしいね。本当に一晩保ったよ」
「それ、は、光栄の、至極・・・」
息も絶え絶えのツナとは異なり、足取りも軽く王は身支度を整える。
「明日もおいでよ。
昼は執務があって無理だから深夜、また同じ時刻にね」
(寝んなってコトかよ、オイ)
これだけが仕事ではないツナには大分無理のある相談だ。
「・・・承りました」
しかし断わる選択などないツナには潰れたようなお辞儀しか出来なかった。
呻くような回答に満足そうに笑って幕の向こうに出て行った王を見送ったツナは糸が切れたように崩れ落ち、
「あー・・・ 幾ら請求してやろうか」
まず今回の報酬の金額を計算した。
見上げた商人魂だった。
しかし、後日。
連日連夜雲雀と戦い一睡もしなかったツナは流石に死期を悟りそうになり王に自分は女じゃないと申告。
打ち首になる覚悟だったが、王は「そう」の一言で済まし、跡継ぎ問題はまた振り出しに戻った。
そしてこのバイトだが、一日置きにしてもらえるという王の温情のため、未だにボンゴレ店主の深夜の危ない宮通いは続いている。
泣いて喜んでいたよと嬉しそうに王が語っていたとかいなかったとか。
それがどういう意味の涙だったかは押して知るべしだろう。
こうしてツナの(余計な)バイトがまた一つ増えることが決定したのだった。
「ふわー・・・」
気の抜けた声を出し、薄らんできた空を寝転んで見上げる。
最近王と戦っても、当初と比べてそこまで息は上がらなくなってきたし、王も汗一つかかないというわけでもなくなった。
少し上下しているように見える肩が、何だか嬉しい。
「あ、そっか」
「・・・・・・・・何」
エヘへと一人笑い出したツナをちょっと不審そうに見る王にツナは破顔した。
あの時の王のように。
「雲雀さんと俺が出会ったのは、今です」
少しづつ昇り始めた日を眩しそうに眺めやり、王も少し微笑んだ。
君と出会ったのはこの夜明けの空の下。
<fine>
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