黒魔術師とボンゴレ店主

キラキラと閃く星を眺め、ほうと溜息を吐いた黒魔術師は偶々帰りが一緒になった青年にうっとりと話しかける。
「こういう闇夜は貴方と出会った日を思い出しますねえ」
「へえ俺は変態にセクハラされた記憶があるよ」
「・・・・・・・・」


冷めた青年の声により、会話は途切れた。






































【 千夜一夜物語 〜九夜目〜 】






































「貴方はどうしてそう雰囲気をぶち壊すんですか!?」
「元々殺伐とした雰囲気しかなかったんだから別にいいだろ。
大体何で事実を言った俺がキレられなきゃいけないんだよ」
「偶に会った時位ご近所同士として義務の会話位果たしたらどうなんですかっ」
「偶にっていうか俺には待ち伏せされてるように見えたんだけど気のせいかなお隣さん」
「んなッ、そそそんな訳ないでしょう僕は極普通に商売をした帰り道に貴方に会っただけで、」
「へ〜〜〜〜?」
「・・・・・・・・・・・・」

ツナの冷たい目線に耐えられなかったのか、骸は観念したようにブスくれた。
「・・・・・・・貴方が悪いんですよ」
「いきなり駄目出しかよ。
被害に遭ってる俺がなんで悪いんですかね」
「貴方は私が行っても食べ物でも持参してない限りドアも開けてくれないじゃないですか」
「うん、碌なことないし」
「本当に正直で酷い人ですね!」

気持ちをそのまま言うと、骸はぎゃんぎゃんと吼えた。
煩いなあ。

疲れた体に響く。

「だからッ!
こうやって無理にでもきっかけを作らないと、貴方は、」





僕と話してもくれないじゃないですか





「・・・・・・・・・・・・」

拗ねたような、泣きそうな弱々しい声で言われ、ツナは骸と初めて会った時のことを思い出した。

































「あれ?意外と近所だったんだ・・・」
渡された地図を確かめるように開き、前をもう一度確認する。
間違いないようだが。
生まれてから16年、ボンゴレから5分たらずのところにあった店に今まで全く気付かなかったなんて変な話だ。
まあ場所が場所だから仕方ないともいえるが。

目の前にある『ossidiana』と素っ気無く書かれた木版が示す先にある、地下室への扉を見下ろす。

・・・見るからに怪しかった。
しかも<ossidiana>とは恐らく伊語だ。

日常会話なら困らない程度には話せても、特殊な単語までは知らない。
聞いたこともあるような気もしたので嘗て係わった商売の道具の名か何かだろうが。

だが此処はアラビアだ。
何故こんな怪しげな店に伊語が使用されているんだろうか。




「・・・・・・・・・・・・」

超直感がいきなり帰れと告げてくる。
そうしたいのは山々だったが、もう前金は貰っていたのでそのまま躊躇なく扉を持ち上げ中へ降りていった。





















「誰ら!」

長い階段を下り、地下にしては広い廊下のような空間を歩いて行くと、舌足らずだが咎める声が上がったので立ち止まる。
ボンヤリとした明かりの中、ちょこちょことやって来た人影に眼を丸くした。

(男の子?)

「誰らって聞いてるらろ!」
「え、ああゴメンね、俺、じゃなくて私は今日から此処で働かせて頂く事になった京子っていうんだ」
「キョーコ?」
「うん、そうだよ。キミは?」
「・・・犬」

衣装が汚れる気もしたがまーいーやとしゃがみ込んで目線を合わせる。
びくっとして一歩下がられたが笑いかけて挨拶をした。

「よろしくね、犬君」
「・・・・・ッ!」

途端少年はツナを拒絶するように踵を返してしまう。
自慢じゃないが昔から子供に好かれることが多かったので、嫌われたらしいことに些かショックを受ける。
「あの、犬君?」
「こっちら!付いて来い!」
「う、うん有難う」

小走りで歩く犬にツナは早足で付いて行った。













「・・・・・・誰」

幾分明るい部屋にやってくると、木箱に座った少年が犬に尋ねた。
警戒したように、目線はツナから外さない。
「今日から此処で働く新しいメイドだびょん。
朝骸さまが言ってたらろ」
「ああ、今度の・・・」

幾分納得したような年不相応の大人びた視線に、彼がとても賢いことが知れた。
ツナは成るべく友好的に微笑む。「私は京子って言うんだ、キミは?」
「言う必要なんてない」
「え・・・?」
「どうせおまえも直ぐ消えるんだろ」

言い捨て、奥の扉へ入っていった眼鏡の少年を犬が慌てて追いかける。
「柿ピー、骸さまは?」
「いつもの寝室。
連れてってやれば」
「う、うん。れもね、アイツ」
「骸様に気に入られたら生きられる。
そうじゃなきゃいつも通りだ。
精々気に入られるよう言ってあげたら」
「・・・うう、よくわかんらいよ柿ピー」

ぼそぼそと聞こえた声に、ツナは静かに眼を眇めた。
















「骸さま、入るれすよー」

ノックをしても返答が無いのを理由に、犬が扉を重そうに押して開く。
「骸さまー?」

此処では珍しい西洋式のベットと、古びているが一眼で上等とわかるソファーに小さな卓が有るのみの簡素な室内だった。
何度も名前を呼び、主がいないことに首を傾げた少年は、ちょっと待ってろと言って出て行った。

一人になったツナはゆっくりと辺りを見回した後、何気なく足を進めようとした。

その時、




「・・・・・・・・・ッ!!?」

感じたことも無いような怖気が背筋を駆け抜け、悪寒が身体全体を襲った。
(な・・・ッ!?)

ガクガクと震える体を自分で抱く前に何かが自分に覆いかぶさる。
恐怖で払い除けようとして、それが上等の布だったことに動きを止める。

悪寒が段々と鎮まり、嫌な濁りが胸の真ん中辺りに居座ったような気持ち悪さだけが残る。
何だったのか。

速度を上げた自分の鼓動がやけに耳に響く。






「大丈夫ですか?」
「・・・・・え?」


優しげな声音に振り返ると、直ぐ後ろに自分と同い年か少し年上らしい少年が立っていた。
その白い肌から彼がこの国の出身でないことは様として知れた。

印象的な左右色違いの瞳に眼が吸い寄せられる。





灼熱の炎と、澄みきった深海。





まるで善と悪。白と黒。表と裏。昼と夜・・・。



相対するものが極自然に収まっている、そんな印象を受けた。

それがこの少年の根底を、全ての性状を現しているようで、
見るもの全てを温かく見守り優しく迎え入れるように見えて、全てを怜悧に拒絶し蔑み、凍てついた笑みで眺められているようだった。






「僕の顔に、何か?」
「え、あ!失礼致しました」

初対面の人間をまじまじと見てしまった。
決して褒められたものではない。
きっと気を害しただろう。

跪いて許しを請おうとするツナを、そっと少年は制す。

「止して下さい、私は女性を跪かせる趣味は持ち合わせていませんよ」
「は、はい」
屈みかけた体をまた真っ直ぐに正す。

「貴方が京子さんですか?」
「はい」
「思っていた方と大分違うようですが」
「以前お届けした履歴の年齢の不備には謝罪いたします。
私としたことが16歳と書いていたつもりが十の位が抜けていたようで」
「いえいえ」

淀みなく返答するツナに少年はふっと微笑む。
「予想が違っていたというのは期待していたよりも、お美しいので驚いたというだけですよ」
「いえ、そんなお褒めに頂くほど大した容姿では」
「クフフ、そんなに謙遜なさらず」
「・・・決して謙遜などでは」

突然ずずいと近寄ってきた少年にツナは顔が引き攣らないように微笑みながらすっと後ろへ下がる。

「おや、如何かしましたか」
「少し私が近づき過ぎているようなので、失礼に値するかと」
「そんなことはありませんよ、もっと近くでその美しい琥珀を見せて下さい」
「・・・・・・・」
完璧に壁際まで追い詰められ、ツナは内心苦々しく思う。
やはりまた嫌な予感は的中した。
あの少女を来させなくて本当に良かった。

「恥ずかしがって俯かなくても宜しいんですよ」
「いえ、雇い主様を直視するなど恐れ多い」
「雇い主ではなくご主人様と呼んで下さい」

この変態が。
ツナは最近とみに短くなってきたと感じる堪忍袋の尾が切れぬよう必死でそれを宥める。

「・・・・・ではご主人様、私の今日の仕事が何か窺っても宜しいでしょうか」
この後に及んでも身を固くはせど、怯えた様子も強がる様子も見せない少女に、
少年は少し眼を瞬き、益々面白そうに笑んだ。

俯いている少女の耳元へ口を近づかせ、そっと耳を齧る。
力を入れると流石に体を震わせたが、悲鳴も上げない。

少年は唇に付いた甘いものを味わうように舐め取り、満足そうに微笑した。




「僕の玩具になって下さいますか?」
「誰がなるかこの男の風上にも置けないど変態野郎がーーーーーーーーーーーーー!!!!!」















限界を突破したツナの怒声と共に強烈な頭突きが炸裂し、少年が呻いてよろめく。
その隙に戦闘体制に入ったツナにより、室内は直ぐにガラクタのみとなった。



































(今考えてもよく殺さなかったよなー・・・)

しみじみと4年も前のことに思いを馳せる。

骸はきっとツナが行っても京子が行っても同じことをしただろう。
たまたまナナが拾ってきた少女が話してくれたから良かったものの、そうじゃなかったらとぞっとする。

もし、ナナが京子を連れて帰って来なかったら。
もし、京子が何も話さず一人で骸の元へ向かっていたとしたら。

骸は当時のままで、千種は人を信じることが出来ず、犬は頑なで、京子は二度と地上に出ることもなかったかもしれない。





(・・・・運命っていうのかな、こういうの)

大袈裟かもしれないが、一人の少女の命が助かり、二人の少年の未来が明るくなったのだとしたら。
自分がストーカーのような変な男に付き纏われるのは軽い代償なのかもしれない。



まだ拗ねている骸をじっと見る。

この青年も大分変わった。

変人で変態なのは相変わらずだが。

雰囲気が柔らかくなった。

いいことだと思う。




コイツの未来も少しは明るくなってくれたということだろうか。








「な、何ですか、じっと見たりして。
今更謝ったって、」
「なあ、骸」
「・・・なんですか」

少し警戒したようにしながらもちらちらとこちらを見る青年が、何だか可愛いくて噴き出した。
相手が赤くなって何か言う前に口を開く。


「今度、ウチにおいで。偶にはご馳走するよ」
「・・・・・!」

「勿論犬と千種も一緒にね」




































笑いかけると、

照れたような幸せそうな年相応の微笑みが返って来て




思わず見惚れそうになったのは、




















「・・・・?
如何かしましたか?」

「・・・別に?」


































骸には内緒だ。


































<fine>

































ボンゴレ店主と黒魔術師の過去話。
骸がお手伝いを何の目的で集めていたとかよくわからないでしょうし、
ツナとのお話もまだ続きがあるんですが。

それはまたの機会にv



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