罪は消えない忘れちゃいけない

ピルルルルルル・・・・












その場に不釣合いな軽い電子音が響き、

(おや、あれは・・・)
六道骸は運んでいた花瓶を持ったまま足を止めた。
































「うん、うん。
だからそんなに泣いてちゃイーピンに情けないってまた嫌われちゃうよ?
そうそう。こういう時こそ我慢って頑張らなくちゃ。
・・・大丈夫だよ。ランボはやれば出来る子だって僕は知ってるから」
優しげな面持ちにまだあどけなさを残した青年が、電話口に向かい優しく励ます言葉をかける。




骸は自分とあの青年目的地が同じことに気付いた。
あの青年は普段此処にはいない。きっと今回は一段落ついた仕事の途中経過でも伝えにきたのだろう。
自分はあくまでも仕事とチャンスを狙って行くのだが、あの青年の場合は仕事ではなく大好きな人に会いに行くのと同意義。幸せそうにしている。




「・・・・・・・・・・・・・・」
骸は進行予定だった方向に背を向けた。
履きなれない衣装の裾が揺れる。
彼の所へ行くのを止めたのは別に青年に気を遣ってからというわけでも、特に意味があるわけでもない。
面倒なだけだ。

電話を終えたのか、青年が再び歩き出す気配がした。

「お?フウ太じゃね?」
「あ、武兄!久しぶり!」
「ツナに用事か?」
「うん」
「にしてもお前またデカくなったのな〜」
「なんか武兄に言われても・・・」

笑う声が木霊する。





”ランキングフウ太”

以前そう呼ばれ、マフィア界のオメルタだった青年は、嘗て骸が人質として捕らえた少年だった。

































【 罪は消えない 忘れちゃいけない 】


































「寒い・・・」
「?風邪か?」
「違う、なんか後ろが・・・」
悪寒を感じたのか身震いをするフウ太に山本は首を捻り、後方を見る。
無駄に長く広く作られた回廊。丁度メイドが向こう側を歩いているだけで他には何もいなかった。
フウ太が現在仕事をしている箇所と此処ボンゴレ本拠地では気温の差が激しい。
体調を崩したってしかたがないだろう。冗談のつもりで言う。
「ツナがまた心配してボンゴレに呼び戻しそうだな、はは」
「え!やだよ折角ツナ兄の役に立ってるのに」
思わぬ必死な面持ちに驚き、次いで自分の失敗に気がついた。
内心自分に舌打ちをする。
(あ〜、俺馬鹿か?)

「そう言ってもな、フウ太」
珍しく、何故か困ったように良い諭そうとする山本に、らしくなくフウ太は頑なに首を振る。
「やだよ。もう昔みたいにランキングじゃツナ兄の力になれないんだ。
やっと、ツナ兄が喜んでくれるようになったのに・・・」
「・・・フウ太」
鎮痛な面持ちで俯くフウ太に、山本は何も言えなくなる。
そんなことはない。そんなことできなくても、ツナはフウ太が元気でいてくれれば喜ぶ筈だ。
勿論そんなことはフウ太自身にもわかっているんだろう。
(わかっててもどーにもできない時って、あるよな・・・)
少し前の自分を見ているようで。
適当なことは、言えなかった。

その後、ドン・ボンゴレの待つ執務室まで沈黙は続いた。




































「じゃ、またねツナ兄」

報告と楽しいお茶を済ませ、フウ太は一刻程で執務室を後にした。
もっとゆっくりしていけばいいと眉を下げるドン・ボンゴレの言葉に甘えそうになったが、辞退した。
まだ仕事を全て片付けた訳じゃない。
甘えるのはまだ早い。
フウ太は薄暗くなった回廊を足早に進んだ。

出て行く間際に見せたドン・ボンゴレの心配そうな顔には気付かずに。















「・・・・・・・?」

後ろを振り返る。
・・・・・・誰もいない。

「・・・・・・・っ!」
来た時と同じ寒気が襲う。
息を詰め、肩を抱える。

昼の時はわからないフリをしたが、本当はわかっていた。

底から湧き上がってくるあの感覚。




「ひ・・・・ッ」




甦る、恐怖。

無くなった筈の傷が、痛む。












嫌だ、

嫌だ、

い、

「            !!」

















膝をついた後、
目の前は真っ暗になった。



































『お前の所為なんかじゃない』

違う、ツナ兄。僕の所為だよ。

『帰って来い』

無理だよ、こんな。皆を傷つけといて。今更・・・ッ!

『お前は何も悪くないぞ』

・・・ッ!ツナ兄!









たすけ、て・・・!


































「・・・・・・・?」
誰かに呼ばれた気がして、ツナは顔を上げた。

『ツナ兄!』

先程分かれたばかりのフウ太の顔が浮かんだ。
胸中にざわめきが起こる。
嫌な予感に血の気が下がっていくのがわかった。

「・・・・フウ太!」

ツナは執務室を飛び出した。

































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

態々行く先まで変えて、彼が去るまで待ってやろうとしたのに。
何故此処で倒れているのか。

ほっといても害はない。
どうせ心配性なボンゴレ辺りがいつもの超直感でやってくるに違いないのだから。

何気に当たっていることを考えながらも、骸はそこを動けずにいた。
そして、

「仕方ないですね」
溜息をついて屈み込んだ。




































「フウ太!」
勢い良く豪奢な扉を押し開け、室内に飛び込む。
幾人かの守護者達と、使用人が驚いて、或いは慣れたように此方を見た。

「そこの部屋で倒れてたらしいぜ」
「だから10代目に迷惑かけるなっていったのに、ランキング小僧め」
全然聞きやしないと獄寺は溜息をついた。

「やっぱ、無理してたのかな・・・」
「してたでしょうね。当然」
あっさりと言うビアンキに、ツナ以外が顔を引き攣らせる。
「俺の所為、・・・かな」
「そうね。あんたの所為ね」
根も葉もない。

「だってこの子、ツナが大好きなのよ」

ツナは俯く。
「愛する人の為に何かしたいっていうのは、・・・・・・・当然の欲求よ」
(その人が例え・・・)
ちらりと壁際に寄りかかるリボーンを見やる。

自分を見ていなくても。




「フウ太・・・」
手を握りながら、少し青ざめた整った顔を見つめた。



































「ん・・・?」
いつの間にか寝ていたらしい。

「スミマセン、起こしてしまいましたか」
「え」
申し訳なさそうな声に、ツナは自分とフウ太以外に人がいることに驚いた。
「タオルを替えさせていただきましたら、すぐ行きますので」
テキパキと用事を済まし、そそくさと退室しようとした少女に、ツナは既視感を覚えた。
思わず少女の手を取る。

「あの、何処かで会ったこと。ない?」
「え・・・・」

(・・・・・・・・・何処のナンパ野郎!?)

自分のした行動にツナは一秒後から後悔した。
何をやっているのか。
こんなの只のセクハラだしっ
内心物凄く焦りながら次の言葉を捜す。

「えっと、これは、あのナンパとかそういうんじゃなくてね、
いつもはこんなことしないし。
したのは君だけなんだよホント」
・・・・・あれ?結局ナンパしてない俺?
次第に赤くなっていくことを自覚しながら、ツナは昔の自分に戻ったように泣きそうになった。
「フッ」
「え・・・」
百面相をしているツナに思わずといったように少女がクスクスと笑い出す。
一瞬ぽかんとしたツナも妙な安著感と共に釣られて笑う。
「はは、えっとゴメンね驚いたかな」
「いえ、そんな」
何だか和やかな雰囲気が流れる。

ふと、ツナはまた妙な既視感と共に悪寒を感じた。

(!! このカンジ!)

「おま!まさか!?」
血の気が引き、掴んだ手を思わず離そうとするが、力強い手に握りなおされる。

「クフフフフ、やっとお気付きになりましたかボンゴレ」
途端可愛らしいメイドは消えうせ、ツナのあまり見たくない男が出現した。

「・・・・・骸」
ツナはガックリと下を向き深く長く長く嘆息した。
予想していたとはいえかなりげんなりする。

「・・・お前、何だよその格好」
「おや?お気に召しませんか」
巷ではまた流行っているらしいですよと、メイド姿の衣装でクルリと回転してみせる。
なのにツナの手は決して離さない。
一見ダンスをしているカップルのようだ。
そんな風には全く持って見られたくないツナは半眼になって言う。
「頼むから、(気分悪くて)直視できないから。
着替えてくれ」
「クフフそんなに似合いますかね」
どんだけポジティブなのかツナの発言を悉くいい方へ捉えながらも、骸は瞬き一つでいつもの服装へ戻した。
「相変わらずだね、元気でなんだか虚しいよ」
「クフフ私も貴方が弱っていなくて残念です」

「それで」
ツナの雰囲気が豹変する。
「フウ太に。
何か、した?」

パキパキと氷始めた前髪を横目で見流し、ポツリと告げる。
「・・・・・・・・何も」

暫く沈黙が続き、ツナは目を閉じた。
「そっか・・・。ごめん。変なこと聞いて」

「まあ。原因は僕かも知れませんが」
「・・・・・・嘘をついたのか」
「いいえ。何もしていないというのは本当です」
信じるも信じないも貴方の勝手ですが。
ちゃかしもせず淡々と言う。
「しかし、」
ちらと、眠る青年へ眼差しを向ける。
途端、フウ太は寝苦しそうに身じろきをし、苦しそうに喘いだ。
「何もせずとも僕は毒のようですね」
「え、骸?」
言うなり骸は出ていった。

慌てて追いかけてきたツナは、骸の横へ並ぶ。
いつもなら追いかけるなんてしないけど、今日の骸は様子が変で(否、いつも変だけど)
・・・気になった。
「骸、どうしたんだよ」
「覚えていますか」
「何」
「貴方と私が初めて。惹き合わされる様に出会った時のことを」
「・・・・・・・・・・・・・・気色悪い言い方するな」
やっぱ杞憂だったかもしれない。

「その時、あの青年はまだ幼い小さな少年で、」
骸は立ち止まり、朝方フウ太が立っていた回廊へと視線を向けた。
「僕の囚われの身だった」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・彼は僕に何をされたか、貴方に話しましたか」
「・・・何も」
「・・・・・・そうですか」
「・・・・・・・・・・」

暫く無言のまま時が過ぎる。

「お前のやったことは許せない」
「・・・・・・・・」
「忘れることもできないし、」
「・・・・・・・・」
「忘れちゃいけないんだと思う」

『おめーは骸がやったことを忘れたのか』
嘗て家庭教師が言っていた言葉。

『それは忘れちゃいけねーんだ』

今となってそれがズシリと重みを増す。

「・・・・・・・・・・」
「でも」
何か言いかけ、ツナは口を閉じる。
自分でも何が言いたいのか、慰めたいのか、罵詈雑言でも浴びせたいのか。わからない。

でも、

「でもお前は、俺の守護者だ」
「・・・・・・・・・・」
「お前の罪は俺の罪。一人で背負う必要なんて、ない」
それで骸のやったことが消えるわけじゃないけども。







骸は黙って、聞いていた。

顔は見えなかった。

































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