2



(あ、ヤバ)



ぐらりと視界が揺らぐ。
それに舌打ちしてダッセーでやんのと自分に呟きながらナイフを投じる。
しかし相手はそれをいとも簡単に叩き落とした。
「んなもん当たらねぇぞぉ」
「元々当てるつもりじゃなかったしー」
互いに手の内はわかっているから、そんなことは期待していなかった。
一瞬気が逸らせればよかっただけなのだ。
先程よりも距離を取れたことにスピードを上げる。
此方の思惑に気付いたのか、信じられないと男が声を上げた。
「う゛お゛おおおぃッ!逃げる気かぁテメー!?」
「シシシなんとでも取れば〜?
意義のある撤退ってやつもあるんだぜ?先輩」





まーあんたにゃわからないだろうけどーといって消えた元同僚を、男は深追いしようとは思わなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」



仕事柄、暗闇でも容易く夜目が利く瞳には、点々と続くものがしっかりと映っていた。




























【 琥珀鐘楼 2 】


























「やーっべ、しくったし」
やっと気配がなくなったことに立ち止まり腕から流れるものに眉を顰める。
ブツブツ言いながら青年は自分の衣服をおもむろに引き裂いた。
青年の名はベルフェゴール。
それなりに名の知れていた暗殺者だった。
しかし今では彼の名を知らないものはいない。

――次期ドン・ボンゴレ候補である沢田綱吉を攫った暗殺者

なんの気紛れか、ベルが彼を攫って逃げ出したのはまだほんの2週間前。
裏の世界ではもう既に知れ渡ったことではあったが、皆一様にその暗殺者の正気を疑った。
あのボンゴレに、しかも次期候補に手を出して命のあるものなどいないと。
しかしファミリー内でそれなりに事情を知っているものは別な意味で嘆息し顔を覆った。
ベルが本当は暗殺を行う為に行ったことを知っているものは尚更だった。
ファミリー存続や威信などの前に、まずあの男がそれを赦すはずがないと。

そんな周りの混乱や恨みをものともせずに差し向けられる刺客を全て退けているので、暗殺者とドン・ボンゴレ候補の逃亡は未だに続いている。
先程もそのうちの一人であろう元同僚と相対した。
あの男が出て来たことには流石に驚いたが。
つまりはボスも相当に怒っているということか。

切り裂いた布を何とか腕に縛りつける。
普段やらないことなので酷く手間取った。
昔から怪我をすることなど滅多にないのもあるが、負ったとしても放っておくのが常だったので。
だが今は、そういうわけにもいかない。
「何て言い訳しよ」

きっと会った瞬間お帰りという笑顔から一転。
それは悲痛な悲痛なものに変わるに違いない。
そして無理やり自分を座らせてミイラ男にする気かというほど包帯でグルグル巻きにしながら怒って、それで、・・・最後には泣くんだろう。
もうそうなったら手に負えない。
こっちが宥めすかそうが全く効果なんてないのだ。
そこまで考え、ちょっと憂鬱になる。
彼の泣き顔は好きだが、自分の怪我などで泣く時の彼の顔はそわそわしてどうしていいかわからなくなって、苦手だった。
もう眼の前だというのに、現在寝泊りしているホテルの近くを意味もなくうろつく。

怒られるのは嫌いじゃないけど、泣かれるのは嫌だ。
泣かせるのは好きでも、泣かれるのは嫌なんだ。

野犬のようにうろついても言い訳なんて浮ばない。
観念してホテルの入口に向かった。
これ以上待たせて心配させるのなんて御免だったし、結局早く会いたい気持ちの方が勝ってしまっただけなのだが。













「ベルッ怪我見せて!
あああもうまたこんな・・・!」
「げ、何でもう知って、」

しかし笑顔で出迎えてくれるという予想は外れ、
おまけに、

「もうスクアーロ!
お前なんでこんな酷い傷つけられるんだよ!?」
「・・・・・じゃー、俺の全身についたこのナイフの切り傷はいいってのかぁ?」
「う・・・ッ、それは、その、お前が年上だからちょっと我慢すると」
「出来るかあああーーーーー!!!」
「わーーー御免て!夜中なんだから怒鳴るなよ」
また追い出されることになったら困るんだって!とツナが言うのを聞くまでがベルの限界だった。
適当に(それなりに頑張りはしたのだが)巻かれたものをとり、消毒してからちゃんとした包帯でベルの腕を手当てしてくれていたツナの手を取る。
先程までこともあろうかツナが座っていた席の反対側に座っている男を指差す。

「なに綱吉コイツのこと、知ってんの?」
「え、ああうん一応」
「何が一応だぁ!!散々あんだけ迷惑かけといてよく言えるなあ!?」
「わ、悪かったって!
だからちゃんと侘びのお菓子も送っただろ」
「やっぱテメーはそれですんだと思ってやがっ」
「うるっさい」
馴れ馴れしくツナに話しかけるスクアーロにナイフを投げつけう゛お゛おおい!!と叫んでいるのを無視する。

「っていうかなんで此処いんのコイツ」
「えっと、それは」
「テメーが間抜けに垂らしてった血を辿れば一発だぁ」
「切った張本人が偉そうに言うな!
それにだからって窓から入ることないだろ」
「暗殺者が正面玄関から入ってどうすんだぁ」
「そういうのが得意の人もいるだろ」
「それはへらへら愛想笑いがいい奴だけだ。俺がんなことしねーの知ってんだろうがぁ」
「しないんじゃなくて出来ないの間違いだろ?」
「んだとっ、ガッ!」
「スクアーロ!?」
「綱吉に触んな」
ヴァリアーにいたころ先輩だったスクアーロとベルが同僚だったのと同じように、嘗てザンザスと両肩を並べていたという綱吉が知り合いでも何の不思議もない。
しかもスクアーロはザンザスの右腕だった。
二人のこの気安い雰囲気をみればわかる。
きっと近しい間柄だったのだろう。

しかしそれを許せるかどうかは別の話だった。
思いあたらなかった自分が悪いとわかっていても、こんな緩い空気には耐えられない。



「出てけよ」
「ベル?」
「綱吉はコイツにいて一緒に欲しいわけ?」
「え?
いや、いて欲しいとかそういうんじゃ。
でもねベル、スクアーロは、」

睨みつけるベルにツナが言い募ろうとするが、それが更に不満を増加させる。
苛々する。

「じゃーいいじゃん別にこんなのいなくなったって」
「ベル、ちょっと話聞いて」
「あぁそれかさっきの決着付けよっか。
それで黙らせて俺がエスコートして窓から落としてやるよ」
「ベルってばっ!!」
「何でそんな怒ってんの綱吉。
大丈夫だよどうせこんなのが一人この世から消えたって誰も気にしやし、」





軽い音が響き、言葉が途切れた。





わかってはいたけども、確認するように頬に触れる。
熱い。

「・・・・それ以上言ったら怒るよ、ベル」

その熱を齎した相手の言葉と、黙って成り行きを見ている男を視界にいれたくなくて。

「・・・・・てけ」
「え、」
「二人とも出てけ!!」
「わ、ちょ!」
枕やら時計やら。
手当たり次第に投げつけられるものを避けるツナに、丁度いいとばかりにスクアーロが近寄り手を掴む。

「一旦出るぞぉ」
「ま、待ってよス」
「俺は死にたくねーんだ」
「ちょっ!?」
ツナとは違ってナイフのみを投げられていたスクアーロはひょいとツナを担ぎ上げると開かれていた窓からさっさと飛び降りた。













第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!