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「正一」
「・・・・ああ、スパナか」

興味薄気に入室してきたのを見たが、正一は直ぐに下を向いた。
その隣にスパナは座る。

特に会話もなく時間は過ぎ、PCのカタカタという音だけがその場に響く。

やがて一息吐いて顔を上げた正一はまだ隣にスパナがいたことに些か驚いたようにした。
「なんだ、何か用なのか?」
「ん、別に」
「・・・・・・ならいいけど、」

何本目かも不明な飴をもごもごとくわえながらスパナが答えたのに対し、これでよく虫歯にならないものだと呆れながら指摘する。
「ゴミは落とすなよ」
「・・・あ」

飴を包んでいたビニールが幾つも下に落ちていることに今更気付いたように驚いている。
拾っとけよというのに頷きスパナはしゃがみ込んで透明な包みに手を伸ばすが、朝から開けたままだった窓から風が流れ込み、それらをふわりと巻き上げる。
「逃げるな」
それらに翻弄されるように追いかけ独り言を言っている義弟に、思わず噴出した。
風に煽られたビニールが頭に付いている。
それがわからないのか、突然笑ったことに不思議そうに此方をみてくるスパナに指で示してやる。
「後ろ。頭のてっぺんに付いてる」
「??」
「ほら、ちょっと待てって」
「ん」

素直に動きを止めたスパナからひょいと取ったものをゴミ箱へと落とす。
もう動いていいというと、お礼のつもりなのか飴を差し出してきたので、苦笑しながらも受け取った。
一体何本ストックを持っているのやら。

のそのそとまた隣に座り、ぼんやりと部屋にある機器を眺める義弟。
こうものんびりなのはどちらかというと神経質な自分や奔放な義兄より、きっと養父に似たんだろう。



「あ…」
また吹いて来た風により、スパナが顔を外に向ける。

「…金木犀か」
その香りが部屋の中へと流れ込んできたことに少し遅れて気付いた正一は、思わず眼を細めた。




あの時のように。



























【 金木犀の下で 1 】



























「ごめんね!待った?」
「いえ、特には」
ホームで告げられた時間よりも半時程送れてやってきた人に、正一は読んでいた本から顔を上げた。
途端視界に飛び込んで来た鮮烈な朝焼けの色に、驚く。
素直に美しいと思ってしまった。

しかし、次の時にはそれは人に変わり、平凡な青年になる。
「・・・・・・・・・・・」

眼を凝らして見るが、先ほどの色彩は消え失せている。
・・・連日の酷使で眼が疲れているのだろうか。

黙って見上げていることを不機嫌とでも取ったのか、青年はおろおろと申し訳無さそうに謝った。
「あああ、やっぱり待ちくたびれちゃったかな」
「コレのことだったら気にしないで下さい」

青年の視線が、隣で自分に寄りかかって寝こけている義弟に注がれていることに気付き、否定する。
いつものことだ。
興味の無いことには言葉も、意識ですらも向けやしない。

言外に貴方に興味がないだけですからとは流石に言えず、はしゃぎ過ぎたみたいですと義弟には不似合いだが無難なことを言っておく。
この青年を不機嫌にさせるのは得策ではない。
仕事が長引くのはごめんだった。

淡々と言う少年に、青年はそっかと眼を和ませた後、思い出したように照れ笑いをする。
「あ、まだちゃんと名乗ってなかったよね。
俺の名前は沢田綱吉。皆はツナって呼んでるけど、なんでもいいから」
「では綱吉さんでいいですか」
「うん、勿論」
嬉しそうに笑う人にでは改めましてと自分も口を開く。
「僕の名前は入江正一。
コイツは、・・・ほら。自己紹介の時位起きろ」
「んー・・・」

肩に寄りかかっているのを揺すって起こす。
猫のようにうーと唸るのを見て、ツナは起きた時で大丈夫だよと微笑んだ。

・・・随分とよく笑う人らしい。
何の照らいもなく笑顔を向けられることが何だかむず痒い。
視線の置場に困り、眼が泳ぐ。

今まで周りにいた大抵の大人は、自分達を便利な道具だと思っているとわかるものや、生意気だという嫉妬の混じった冷たい眼差しの付属されたものだったのに。
この人のそれはまるで異なるもの。

もしや、自分達のことを詳しくは知らないのだろうか。
今までも金を貰い、碌に話も聞かずに引き取る輩もいるにはいたが。
この青年もそうなのだろうか。


(そもそも、成人しているんじゃなかったのか?)
不躾にならない程度に青年を観察する。
どう見ても十代にしか見えない。
しかし孤児を引き取るには成人で、ある程度の財産を持っていなければならない筈。
特にホームでは相当な資産家でなければ相手にもしないというのに。

「ん?何か質問?」
「・・・・・・・・・」
いつの間にか頼んでいたらしいショートケーキを自分達の前に置きながら聞かれる。

甘い匂いに眼が覚めたのか、起きあがったスパナがケーキを熱心に見つめ始める。

「良かったらどうぞ?」
クスクスと笑って促すツナに何だか顔が熱くなった。

ツナの答えに確認を取るようにじっと見てきたスパナに嘆息する。
義弟はホームでどんな扱いを受けていようとも、精神的にも肉体的にもまだ子供なのだ。仕方ない。
「…戴きますは?」
「イタダキマス」
手を合わせるのを見習うようにしてから早速フォークを手に取るスバナ。
…ブンブンとご機嫌に振られる尻尾が見えるようだった。
仕方なく観察はやめて自分も戴きますと断ってから食べ始め、眼を丸くする。
「…おいしい」
「良かった」

甘味は大して好きでもないのにと驚く正一に、自分も食べながらニコニコしているツナが何だか見れない。
子供扱いされていることが落ち着かなかった。
「あ、そういえばお兄ちゃんは?
何時来るか聞いてるかな?」

しかしあの人の名前が出てきたことにより、冷静さが幾らか戻ってくる。
そうだ、今は任務中だった。
気紛れで消えてしまった義兄に滅茶苦茶にされる前に終わらせなければ。

・・・これ以上この青年の近くにいると自分は駄目になる。
帰らなければ、ホームに。

よくわからない焦りを感じながらも、正一はそれをおくびにも出さず淡々と言った。

「もうホームを出てることは確かです」
「えぇ!じゃあもしかして何処かで迷ってるとか!?」
「あの人の場合それは有り得ません。どこかで興味のあるものでも見つけてふらふらしてるのが関の山です。
ですから事故や誘拐の可能性を危惧するだけ損ですよ」
「な、ならいい…のかな?」

でも流石に心配だなーと窓ガラスから表の通りを探すように視線を向ける青年の横顔を眺める。
やはり普通だ。
特に変わったトコなどないようだが。


これが本当に。今回のターゲットなのだろうか。


正一はそこまで考え首を振った。
そんなことを考える必要はないのだから。

自分はただ任務を遂行し、ホームに帰ればいいのだ。
幼少時から染み付いた命に抗う気など、今更起きるわけもなかった。




















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