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「そんなの咬み殺せばいい」





「・・・しかしですね」
部下の草壁は予想通りの眠たげに言われた上司言葉に、一瞬沈黙しながらも言葉を繋げた。

「被疑者が認めなければどうにもならないのは事実でして」
「わかってるよ。
でも目撃者もいるんだろう?
取り調べる必要もないよ」
被害者と思わしき少年は逃げたとはいえ、そもそもの通報者はその店の店員だというのに。

馬鹿馬鹿しすぎて咬み殺す価値もないよという上司に、草壁は些か感心した。

やはりこの人は凄い。
日に何百件ものくだらない事件から人が殺されたまでの大きな事件が引っ切り無しに舞い込んでくる此処並盛警察署で、全ての事件を耳にいれ、整理し、部下に的確な指示を与えつつ自分が最も率先して動いているのだから。


「そんなのよりも、もっと咬み応えのある事件はまだかな」

・・・・意欲元には眼を瞑るとして。


「兎に角、一度長官が取り調べていただけないでしょうか」

直向きな視線を冷めた眠そうな眼で流し見ていた男はやがて頷いた。
「いいよ」
「有難うございます」
「仕事だからね」
組んでいた足を解き立ち上がる。

男にとって、実直な部下の心からの頼みからだとか、このままだと釈放しなければいけないからなどはどうでもよかった。



重要なのは強面でそれなりの経歴を持つ部下が悉く軽くあしらわれているという事実。



(つまりはそれなりに咬み応えがあるってことだよね)
そうでなければ、弛んでいる証拠だから署内全員を咬み殺そうと一人心で決めてから男は長官室を出た。


































【 貴方にこそ相応しい2 】



































「流石、警察署の粗茶。文字通り本当に粗茶ですねえ」
ここに勤めている方々が粗野なのにも頷けますと微笑みながら湯呑みを置いた男に熱血刑事、笹川了平は嬉しげに吼えた。

「うむ!その通り!これは粗茶という銘柄で安くてそれなりの味で我が署内の者たちは皆愛飲しているのだ」
「笹川さん、それ馬鹿にされてるんだと思います」
大体粗茶って銘柄のお茶なんてありません・・・と、傍でボールペンを動かしていた相棒の新米刑事・ランボがうんざりしたようにする。
きっとこの被疑者がやってきてからずっと書記を担当しているからだろう。
「何!?そうなのか!」
「いえいえまさか、この署内の方々全員の舌が似たり寄ったりなんですねと褒めていただけですよ」
「そうか!照れるな」
「だから笹川さん・・・」
ランボは刑事なのに疑うことをあまりしない真っ直ぐな了平に嘆息した。
これは彼の長所なのだが、この被疑者相手だといいように遊ばれているだけだ。

ランボの気持ちなど知らず了平は続ける。
「だが雲雀だけは玉露とかいう茶を飲んでいる。
粗茶も美味いというのにそれしか飲まんのだ!」
「雲雀・・・?」
「ああ、雲雀というのはこの署内の上官の名だ」
「そうですか」
まだ粗茶に関して熱く語っている刑事に適当な返事をしながら被疑者、六道骸は何かを思い出すように眼を眇めた。

(雲雀・・・、何処かで聞いた名ですね)

はて何処だったか。
つい最近聞いた名だった気がするのだが。





(うう、全然取り調べが進まない・・・)
全く聞いていないことがわかる被疑者に、捜査と関係のないことを話している刑事(今は妹の話になっている)に、その会話を仕方なくノートにとっている自分。
時間だけが無駄に過ぎていることがわかる。
こんなことがあの上官に知れたら・・・、確実に無事では済まないだろう。

(もうやだ、帰りたい)
しくしくと泣きながら大好きな人が待っている温かい家へ想いを馳せながらも、ランボはペンをのろのろと動かす。
いつもあの人は仕事は最後までやらなきゃいけないよと優しく言っているから。

新米刑事が問題ばかりの取調室で、一人頑張ろうと思い直したところでノックと同時に扉が開かれた。
「入るよ」

その声と同時に現れた主の姿にランボは眼を剥く。
何でこの人が!?
「雲雀長官!?」
「ぬ、雲雀どうした」
了平のみがのほほんと茶を啜りながら振り返る。
「君たちが手を焼いているって聞いてね」
「応援か?悪いな雲雀!丁度腹が減っていたところだ、交代してくれ!」
「笹川さん!?長官はお忙しいんだからそんなの無理n」
「構わないよ、そのつもりで来たからね」
「えぇ!?」
「うむ。
では六道骸、俺はこれから飯に行ってくる。
そのかわりこの先ほど話した玉露の雲雀恭弥が相手をするからな!」
では後は極限頼んだぞ雲雀!小僧!そう言ってさっさと行ってしまった先輩刑事にランボは声にならない悲鳴を上げた。

笹川さん〜〜〜〜〜っ!!!なんでそんなこの人にそんなことお願いできるんですかっていうか貴方出て行ったら僕はこの人達と一緒にこの密室にいなきゃいけないんですよね!?
(が、我慢・・・、したくないーーーーーっ!!!)

半泣きしながらもランボは今日の晩御飯が大好きなハンバーグだということを思い出してなんとか逃げ出さないように耐えることにした。








「で、君が首謀者?」
「貴方ですか雲雀恭弥というふとどきものは!?」

雲雀の問いを無視し、今まで黙っていた骸は唐突に立ち上がりくわっと口を開いた。
この二日間の従順なふりをしているのに思いっきり馬鹿にしていた眼ではなく憎しみを称えた瞳で睨む骸に、ランボは驚いたが、雲雀は簡素なパイプ椅子に座りながら興味無さ気に見やる。

「此処で会ったが百年目・・・ッ!」
「馬鹿なの君、今会ったばかりだよね」
一人メラメラと燃えている自分と対称的に冷めてやる気の無い雲雀に骸はますますいきり立つ。

「貴方に覚えは無くても僕にはあるんですよ・・・ッ!」
「へえ、どんな?」
「相応しくないからです!吊り目鳥なのに社会の犬をやっている貴方のような人はねっ」
「話が見えないんだけど、取り合えず不愉快だから咬み殺すよ」

トンファーを取り出した雲雀にランボが慌てる。
「ちょ、長官!被疑者に手を出したら問題が・・・ッ!」
「関係ないよ。揉み消すから」
「市民の前で堂々と問題発言しないで下さ、がっ」

半泣きしながら止めようとするランボを一振りで黙らせ、雲雀はうっとおしそうに骸を見やる。
「君の所為で、部下が一人駄目になったじゃないか」
「はっ!これだから犬は。自分でやったことを市民の所為にするなんてね。
それに公僕一人使い物にならなくなったからって何だっていうんですか」
「一人分手が回らなくなっただけ風紀が乱れる率が高まる」
「貴方が治めているだけで風紀なんてないようなものでしょうから今更関係ないんじゃないですかねっ?」
「そうだね、君みたいなのがいるって知らなかったのは失態だったよ。
今粛清するから別に問題ないけど」
「手を出した時点で裁判に持ち込んで勝ちますから別に構いません、ご自由に?
最後にあの子を手に入れて笑うのは僕ですから!」
「草壁、精神科医呼んで。
これ以上電波な被疑者を相手にしてても無駄みたいだから」
「はっ、了解しました」
勝ち誇った笑いを上げる骸に、どんどん戦闘意欲が削がれていった雲雀はドアの外で直立不動にしていた部下に声をかける。
「な!?逃げる気ですか」
「思いたければそうすれば。
僕は君みたいに変人で変態な暇人じゃないんだ」
「・・・・・・ッ」
本当に出て行こうとする雲雀に、骸は棄て台詞のように叫ぶ。
「わかりました!結構ですとも、ええ!
君は雲雀恭弥に弄ばれているんだと沢田綱吉君に伝えておきますし別に問題はありません!」

クハフハと妙な高笑いをする骸に、その名前を聞いた草壁は硬直し、やっと意識を取り戻し始めていたランボは再び気絶した。

雲雀はドアノブを回す手を止め、低く呟く。
「・・・・・・・・今、誰って言ったの君」
「知らないとは言わせませんよ!沢田綱吉君です!
まあ君とはただの赤の他人でしょうけど?」

僕は彼とただならぬ関係ですけどねっと、それこそ会ったばかりで通報された骸に雲雀はゆらりと振り返り、地の這う声で呟いた。
「キミが僕の綱吉とどういう関係かだとかは知らないし、どうでもいいけど、
君は此処で咬み殺す・・・ッ!」
「やれるもんならやってみなさいこの鳥の癖に犬風情が!」






並盛警察署を崩壊させる予感がするゴングが、今鳴らされた。

























怪獣大決戦のような取調室のオーラに、優秀な部下はすぐさま取り出した携帯で慣れた番号を押し、口を開いていた。
「沢田さんですか?
いつも申し訳ありません、至急来ていただきたいのですが」


人が出しているとは思えない轟音に遮られた言葉を繰り返し、草壁は迎えに行く手はずを整える為に歩き出した。



















「長k、いえ弟さんと貴方の知り合いらしき男が呼んでおりますので」
































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