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この日も『黒曜』店長代理兼、会計担当の柿本千種は商談を済ませ、その足で女性客の声が木霊する店内に戻った。











つもりだった。

しかし、有り得ない光景が目に入り自分の意思と関係なく足がフリーズする。



「こちらなんて貴方様にピッタリかと思います」
「いや、あの俺は、」
「ああでも此方も棄てがたいですねぇ」



「・・・・・・・・・」
視界に入って来た光景を脳が拒絶し、千種は思わず回れ右をしそうになった。

否、しようとしたが待ってましたとばかりの声に呼び止められる。
「柿ピー!遅いビョン!」
「・・・犬」

不安げで泣きそうな顔を繁々と眺め、店内をゆっくりと見回し、もう一度先ほどの光景を見て首を振る。

やっぱり違う。此処は、

「あってるよ、千種。此処は私達のお店」
「だがあれは・・・」
いつの間にか横にいたクロームに自分の考えを肯定されたが納得いかず、千種は眉を軽く顰める。
千種の言いたいことがよくわかっていたのか、クロームは軽く頷いた。
「うん、よくわからないけど骸様が急に接客するって言い始めて」
「じゃあやっぱり此処は『黒曜』じゃない」



万年ぐうたら店主が率先して接客なぞするわけがないと千種はキッパリと言い切ったが、目の前の光景は変わることはなかった。


































【 貴方にこそ相応しい1 】


































モデルばりに服を着こなし、有名ブランド『黒曜』の店主をやっているその男の名は六道骸。

業界で知らぬものはモグリではないかと言われる程の男だった。

・・・色々な意味で。




この青年の見た目と、店内の洒落ているが厭味のないすっきりとした店装に『黒曜』は中々繁盛していた。
才能は溢れるほどなのにやる気のない店主に替わり、店員達が頑張っているだけともいえたが。

当の店主自身はいつもやる気皆無を体言するが如くだらだらと過ごしていたからだ。




じゃあ何故この店開いたのか。ある時疑問に思った店員が尋ねた。

骸曰く、

『只の暇つぶしです』





それを聞いた他の店員は聞かなきゃ良かったという後悔と、辞めたいという切実な気持ちに押しつぶされそうになったが、この人に付いて行こうと決めたのは自分だからと言い聞かせながら、忙しい毎日を送っていた。






あの少年に骸が偶々会うまでは。








珍しく店に顔を出した骸に犬は嬉しげに用事を尋ねた。
「どうしたんれすか骸様」
「いやちょっとパンツが見つからないので店の売れてないもので間に合わそうと思いまして」
「・・・・・・・・」

最低な店主もいたものだ。
もの哀しい瞳で見る店員に気付かないフリをして骸は外面だけは愛想良さ気に、しかし全くお客の相手はせずにずんずんと狭いコーナーに向かった。

そして、買おうか迷っているのか下着を見ている少年に、
(ちっ、邪魔ですね)
と内心舌打ちしながら、声をかけた。
流石に何も言わないわけもいかない。



「お客さま、何かお探しですか?」
「え?あ、いや見てただk」

少年が振り返った途端、骸は急に距離を詰め手を握った。

「わかりました、僕が命にかえても貴方に相応しい下着を捜してみせます」
「はっ!?」



急にやる気あふれる店員に変身し、骸は熱心に営業を始めた。

少年の話など全く聞かずに。
























「っていうのが、私が見てた千種がいなかった間に起こったこと」
遠目だったけど殆どあってると思うと言ったクロームに千種は痛む頭を押さえたが、直ぐに決断した。

「仕方ないから警察を呼ぼう。自分達では手に負えないだろうし、」

何よりめんどい。

時にはあの人にも薬が必要だろうという言葉に無言で他の店員達も頷いた。






































店員達が店長が仕事をしているという普通であれば当たり前の行動に動揺し、決断をしている時。
一人の少年は大変帰りたい衝動に駆られていた。

何故なら目の前に立っている店員(店長らしい。聞いてないのに色々自己紹介された)が、何故かずっと売り物を勧めてくるからだった。
それは店員なのだから当たり前なのだろうし、勧め方はゴリ押しというわけではなく特に問題はなかった。

問題なのは、何故か下着のみを勧めて来るという点だった。

(此処って、結構人気のブランド店だよな?下着専門店じゃないよな?)
少年は自問自答してみるが目の前の状況は変わらない。

下着なんて店内の数パーセントしかない筈なのに、次から次へとパンツが運ばれてくる。
あまりにしつこいので、仕方ないから一枚位買ってさっさと帰ろうとするのだが、その度にまた別のものを勧めてくるのだ。
まるで帰るのを阻止するように。

彼是1時間は過ぎているだろう。
気の長い、暢気な少年も些かうんざりしていた。

女の子であれば、こんな美形で光沢のある黒いスーツを厭味なく完璧に着こなしている店員にコーディネートされたらさぞや夢見心地になれるだろうが、生憎と自分は男だ。
嬉しくなどない。

しかも勧めて来るのは何故かパンツのみ。
正直殴りたいのを堪えている状態だが、相手の眼が尋常じゃなく真面目だからそれも出来ない。

(俺、Yシャツ買いに来ただけなのになー)
自分が着るものじゃないとはいえ、ちょっとしたブランド物をと考えたのが悪かったのだろうか。
嘆息したツナに店主は何を勘違いしたのか益々熱心に勧めてくる。

げんなりした少年はとうとう口を開いた。
「あの、」
「此方なんて貴方の為に作られたもののようで」
「あの!申し訳ありませんけど、別の店員さん呼んでもらっていいですか」
「は…」


笑顔のままこの世の終わりというような器用な顔をした骸に少年がドン引きした時。

バタバタという足音が響き、強面の男達が店内に入るなり言い放った。





「変態が客を襲っていると通報があった、店主はいらっしゃるか」

少年に言われた言葉がショックだったのか振り返った店主は涙眼で無法者をキッと睨んだ。
「只今大事な接客中なので後にして貰えますか!?
そもそも変態がいるいなんて見ればわかるじゃ」
「貴方ですね?」
「は?」

無言で示され、自分の手元を見下ろした骸は沈黙した。






下着を幾つも固く握り締めている店主に、言い訳などしている暇は与えられなかった。
















「あれって、確か雲雀さんの・・・」
問答無用で連行されていく骸を見送った少年は、その特徴が有り過ぎる髪型の男達に気付き足を前に進めそうになる。

「早く、今のうちに逃げて」
「は?え?」
「このままだと貴方も参考人として連行される、だから早く」
しかし、小さいが有無を言わさないクロームの声に押され、裏口から逃げるように走り去った。






その背中を見送りながら、クロームはポツリと呟いた。
「…ゴメン、骸様。
でもこれも骸様の為」







澄んだ心を持つ少女は切に店主が更生して出てきてくれることを願って眼を閉じた。


































…2日後、
脱走してきましたと言って帰ってきた店主の良い笑顔を見た時には、諦めたように嘆息したのだけれども。












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