天の川もなんのその

満天に輝く星空。

7月7日。


この日、宝石のように瞬くそれらを、地上では多くの人間が感嘆を込めた溜息を吐いている時。
ある一人の者だけは憂鬱な顔をして別の意味で溜息を吐いていた。

「・・・・・まーた今年も晴れちゃったよ」
雨かせめて曇りだったら中止だったのにと、ウンザリとしながら機織に行儀悪く肘を付き顎を乗せているのはかの有名な織姫である。

折角天の川が綺麗に輝いているというのにそれを恨めしそうに眺めえらく消沈している。
昔噺的にはこの日を心待ちにしている筈なのだが、実際は違うようだった。

絶世というわけではないが、素朴な可愛らしい容姿を持ち基本的に優しいこの少女、にみえる人物。
実は少年である。

織姫は遠い祖先の名で、本名は沢田綱吉。通称ツナ。
男なのに13歳時に十代目『織姫』に任命された幸薄い少年である。
因みに今年で5年目というまあまあベテランでもある。

仕事(?)内容は7月7日に『彦星』と会うこと。
相手は例外を除いて毎年変わることになっている。
まあ、見合いのようなものだからだ。

二人が互いに相手を気に入り結納を済ませれば、天界は一年を豊かに過ごせるとされている。
代々続く形式的な儀式のようなものなので、絶対に結納を済ませなければならないわけではないので強要はされない。
しかし歴代の織姫と彦星達は何かに導かれるように結ばれていった。

だが十代目『織姫』ことツナは一度も誰とも結納など済ませたことはなかった。
当然である。
ツナは正真正銘、れっきとした少年なのだから。

本来『織姫』は清らかな乙女のみがなれるものである。
なのに何故か単なる機織を職としていたツナに白羽の矢が立った。
原因は、

『だってツッ君可愛いから〜』

という適当な天帝兼、駄目親父の家光の一言だった。
ツナはそう言った瞬間天帝を殴り飛ばしたが、天帝の言ったことは全て言霊となり現実となるので、その決定事項が覆されることはなかった。

よって嫌々ながらも毎年この日だけは『彦星』と会っている。









「天気予報では雨、または曇りって言ってた癖に・・・」
形式とはいえ女装も断固として拒んでいるのでただ座っているだけなのだが、毎年行われるこの行事にツナは嫌気が差していた。
それというのも此処最近の彦星が困った相手だからだった。
初めて会ったのは三年前。
実際は始めてではなくて見覚えのありすぎる顔にツナも余所行きの(でもヤケクソ気味の)笑顔が思わず剥がれ落ちる程驚いた。
相手もまさか『織姫』がツナだったとは思っていなかったらしく仰天した後鬼の形相になった。

「そりゃそうだよなー・・・」
天帝一押しの美少女とされている(と、家光が言いふらしている為何故かそんなことになった)『織姫』役が男でしかも何の取り得も無い自分だったのだから。

「わかってるんだからアイツも『彦星』役降りればいいのに」
ツナは嘆息して顎を反対側の手に移す。
自分は降りたくとも言霊の制約が切れるまでは無理だが、『彦星』はそうでは無い筈。
なのに次の年もその次の年も『彦星』を請け負った理由がわからなかった。
(まあ今年は違うかもしれないけど)

それは天の川の向こう岸に行けば分かることなのだが、ツナは行く気になどなれなかった。
決まりごとは7月7日の夜の間に一目だけでも会えばいいという緩い決まりなので(だったらやらなくても良くない?とツナは度々思うが聞き入れられない)、
ギリギリまで会いに行くつもりは無い。
そんな義理も義務もないのだから。





が、


例年通り今年もそうはいかないようで。











「・・・・・!」

色とりどりの柔らかな光に七変化する星を蹴散らすような、身覚えのある振動にツナはガバリと上体を起こす。
聞き覚えのある微かに聞こえてきた段々と大きくなってくる怒声に顔が引き攣る。
(だから、何で・・・!?)




「いつまで待たす気だコラァアアアアアアアアアア!!!!!」
「やっぱお前なのおおおっ!!?」




突如として牛諸共突っ込んできた男にツナは絶叫した。

































【 天の川もなんのその 】





































「曇りでも雨でもねーのに何でこねえ!
来ないなら来ないなりに連絡くらい寄越せ!心配するだろうがコラ!」
「連絡しなかったのは悪かったけど牛で突っ込んで来るなよ牛で!」
「牛はダサいとは俺も思ったけどコレしかねーから仕方な」
「いやそうじゃなくて!
普通に来ればいいじゃん機織崩壊させる必要皆無だよね!?」
「ちょっと勢いが良すぎたなコラ」
「ちょっとどころじゃないから!」

あーもー母さんに何て言い訳しようと只の木片と化した修復不可能なものを拾い上げながらツナはがっくりと頭を下げる。
壊れてしまったのだから仕方が無いが、確か国宝級な代物だった気がするのでその一言で終わらせるのも不味い気がする。
(・・・・でも、これで『織姫』のお役目降りれたら儲けものってことで)

そう思わないと、後を考えるのが怖くてできないしと一人自分を納得させてから立ち上がり牛を天の川へ放したコロネロを振り返る。

「そもそもさ、今年も『彦星』がお前かどうかなんてわかんないじゃんか」
「俺はツナが『織姫』を降りるまでは続けるぜコラ」
「いや俺は降りたくても降りれないんだよ、知ってるだろ?」
機は諦めて麦茶を冷蔵庫から取り出し聞くツナに、座布団を勧められ其処へ胡坐をかいたコロネロはキュッと眉を上げる。
「だから俺も降りないぞコラ。
変な奴が『彦星』になったらどーすんだ」
「『彦星』になる人は一応才色兼備の人って規定があるんだからそれはあんまりないんじゃないかな」
まあ例外もいるけどと何年か前会った時からストーカー化している嘗ての彦星の一人を思い出して茶器を出したツナは遠い眼になる。
よくあれで試験に受かったと思う青年だった。
幻術が得意だったようだったからそれで周りを騙しでもしたのだろうか。

自分は受けたことないが、自信満々で受けにいって惨敗して帰って来た人を沢山見ているので相当難しいだろうことは知っている。
よく冷えた麦茶を手渡しながら尋ねる。
「難しいのは試験受けたコロネロが一番知ってるだろ?」
「今年も楽勝だったぜコラ」
受け取った茶に礼を言いおいしそうに飲みながらコロネロはけろりと答える。
「まあお前はね。コロネロ。
でも他の人はなかなか受からないのが普通だと思うよ」
「そうなのかコラ?」
不思議そうにするコロネロに、この少年のことを幼い時分からよく知っているツナは苦笑した。

「コロネロが『彦星』になってくれるのはさ、俺のこと心配してくれてるから?」
「あたりま、…ッんんんんな訳ねーだろコラッ!!!」
頷こうとしてから即座に否定を示すコロネロにツナは噴出す。
必死に否定する真っ赤な顔からそれが本心だとわかったから。

体を震わせて笑っているので怒り出したコロネロにツナはゴメンゴメンと謝る。
忘れられていなかったことが、その温かい気持ちが嬉しくて。

「ありがと、でも俺は平気だよ」
「お前は自分をわかってな、」
「わかってるよ?
自分がこんなにコロネロに好かれてるってことぐらい」
「!!」
「そういう風にコロネロが慕ってくれるとさ、弟できたみたいで嬉しいんだよね〜。
お兄ちゃんって幸せだなーみたいな?」
「・・・・・・・・・」











(やっぱ全然わかってねえじゃねーか・・・・)

暢気にあははと笑っている全く分かっていないツナに、一瞬期待してしまったコロネロは肩を落とした。






コイツには、はっきり言わないと伝わらない。

わかってる。











「それにしてもコロネロって『彦星』にぴったりだよね」
「あ?何でだコラ」
「だって誕生日が今日なんだから、そう思うのが自然じゃない?」
「・・・覚えてたのか」
「当然だろー」
「・・・・・・・・・・」
極当たり前のことだというようにさらりと言いながらちゃかちゃかと片付けるツナの手を取り、コロネロはジッとツナを見上げる。
「ん?どうしたコロネロ?」



尋ねてくるその眼差しも声音も幼い家族に対するものと、今は同じだから。



「・・・・・・・・・『彦星』の隣には『織姫』がいるもんだぜコラ」
「あー、それは俺のお役目が済むまで待っ」
「お前が降りるなら、俺も降りる。
そう言ったろう?」
「え、うん」
「俺は、お前しかいらねえって言ってんだコラ」




だったら、口にしたって同じだと思った。




「なッ・・・」

しかし予想はことなりツナはボフッと一気に真っ赤になった。
言葉の意味をようやく理解したのかしどろもどろになっているツナに、長年の想いがやっと伝わったのかとコロネロは自分の鼓動が早まるのを感じた。
「ツナ」
「ちょ、そんなまじまじと見るなよ、恥ずかしいだろッ」
掴まれていない片腕で自分の顔を隠そうとするツナに、愛しさが込み上げる。
「可愛いから、近くで見たいだけだコラ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」

恥ずかしさのあまりか涙眼になったツナに睨まれても想いが加速しただけで歯止めになどならなかった。
衝動を堪えながらコロネロは少し笑って滲んでいるものを拭う。

その不器用ながらも優しげな仕草に毒気を抜かれた顔をした後、ツナは仕方ないなぁといったように少し笑った。

「・・・お前さー、そういうの好きな子にしろよ」
「今してるぜコラ」
「あーはいはい、そう言ってくれるのは嬉しいしいけどさ」

そう言ったきり片付けを再開したツナに、コロネロは一瞬唖然とした。
それはそうだろう。
かつて無い程良い雰囲気だったというのに後でやってもいいようなことを始めたのだから。
照れ隠しというわけではなさそうな平然としたツナの顔に、コロネロはハッとしてから青筋を浮かべた。

(コイツ、また冗談だと思ってやがるなっ…!?)

そんなオチだろうとどこかでは薄々わかっていたが、コロネロは無性に虚しくなった。











・・・・・・・・・・・・・・・わかってる、ツナが鈍いことは。

例え、口にしてもわからないだろうことぐらい。












「・・・帰るぞコラ」
定刻も過ぎたことだし今年も玉砕したしとちょっとやさぐれながらコロネロは立ち上がる。
「あ、コロネロ」
「なんだ」
振り返ったコロネロから珍しく視線を逸らし、少し躊躇する素振りを見せてから、ツナは口を開いた。

「・・・俺も、その。お前が、コロネロが大好きだから。
ほんとは彦星がお前で、ほっとしてるんだ。
いっつもありがと、コロネロ」
「・・・・・・・・ッ!!」

照れながら告げられた言葉に眩暈がした。
(は、破壊力が半端ないぜ、コラ・・・ッ!)

しかも不意打ちとは性質が悪い。

悶えてるコロネロには気付かず慣れないこと言っちゃったから何だか疲れたなーと笑いながら帰り支度をしているツナに、まだ動悸が止まらない胸を押さえながらコロネロは嘆息した。















わかっていた、ツナが鈍いことは。

例え、口にしてもわからないことぐらい。






(でも・・・、)




笑ってくれただけで、まあ今はいいかと思ってしまう自分がいる。


















「・・・・・・はぁ」
「どうしたの?コロネロ」
「・・・いや、なんでもねえ。お前が気にすることじゃねえからな」
「ふうん?」



















ただ、来年もこの煌めく川を渡ってくることになりそうだと。

感じただけのことだから。





















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