開店前1
「・・・・・・・・・・うん。帰ろう」
朝日よりも早く目覚めたツナは突然決めた。
メールボックスを見るといつものように獄寺君からのメールが来ていた。
苦笑しながらも嬉しくなる。
海を挟んで遠く離れたところにいても、十年も会っていなくても、
こうして忘れないでいてくれる友達はとても貴重だ。
今日は一体どんなことなのかと動きが酷く鈍い手をのろのろと動かしてマウスクリックする。
ぱっと開かれたメール内容をゆっくりと眼で追う。
丁寧な自分への労わりや励ましの言葉。
最近あった懐かしい友人達の近況などが事細かに書かれている。
自分の店も忙しいだろうに、相変わらず優しい青年だ。
眼を綻ばせながら、時には笑みを零しながらカーソルを下へ進めていく、
そして最後にあった一文に、指を止めた。
<お父様が沢田さんを呼んでらっしゃいます。
どうか一度日本にお戻りいただきたいのですが・・・>
【 開店前1 】
「だからなんだ」
「いや、それだけだけど」
淡白な返しにしどろもどろになる。
相変わらずこの上司は苦手だ。
「休みでも寄越せっつーのか」
「んーっていうかいつまでになるかわからないから、辞職?」
「カスが」
「・・・・・・・」
それは辞めてもいという意味なのか。
はたまた辞めないで欲しいといってるのかどっちだ。
何度直せと言っても二言目には其れが口癖の男に冷たく見下ろされる。
「お前がそんな無責任な人間だったとはな」
「うッ」
そんなことないと言ってやりたいが、
「此処の顔でもある総料理長がある日突然辞めたいだなんて言い出しておうなんて言うわけねぇだろうが」
「・・・・・・・・・・・」
自分の現在の立ち位置が邪魔をして言えるわけもなかった。
だよなぁ、やっぱり。
自分でも無理だろうなと思っていたので、其処まで落胆はしなかった。
家出同然で出てきたのだが、十年も経ってから来た要請に些か心配になる。
(でもまあ、危篤とかじゃないだろうし)
刺しても死なないような父親だったので急ぎじゃないだろうと勝手に踏んで、ツナはいつもの仕事場へ向かった。
「沢田殿、1番テーブルのお客様がお呼びですが」
「1番?
二名様でコースを予約して下さったお客様だよね。
何か不備でもあった?」
さっと冷えた脳内をバジルは否定して首を振る。
「いえ、大層今日の料理を気に入って下さったそうで。
沢田殿とお話がしたいと」
「あ、そか。
わかった、直ぐ行くね」
少しほっとして汚れた前掛けを綺麗なものに替え、気持ちも切り替えてホールに行く。
常連のお客様にも軽い挨拶をしながらバジルがワインを注いでいた客の前で立ち止まる。
眼が合ったので笑いかけながら口を開いた。
『本日はご来店いただきまして誠にありがとうございます白蘭様。
お味の方はいかがでしたか』
「キミが沢田綱吉君?」
「え、あ、はい」
流暢な日本語で問われ、素で答えてしまう。
「ん?どうかした?」
「あ、いえ素晴らしく綺麗な日本語なので驚いて。
随分と堪能でいらっしゃるんですね」
「あ〜コレはただの趣味。
今んとこ主要国合わせて15カ国は大体話せるようになったんだけどね〜」
日本語はまだ難しいなーという男に眼を見張る。
もう十分上手いと思うが。
「あ、で一番今日良かったのがね、」
「はい」
「この、マシマロv」
「は・・・」
指を指されたものを見て沈黙した。
確かに此処の手作りではあるがそれはどこにでも売っているような代物で。
他の料理はどうなんだと揺す振りたくなるのを我慢して笑顔で頭を下げる。
「有難う御座います」
「でもバーナーでトロトロにするよりそのままアイスに乗っけてた方が俺は良かったなー」
それじゃあただマシュマロがアイスに乗ってるだけじゃねーか。
物凄く突っ込みたかったがそれは申し訳ありませんと謝る。
「でさあ、相談なんだけど」
「はい」
「キミ明日から俺んとこで働かない?」
「は・・・?」
散々さっきの客に対しバジルが憤慨するのを宥めてから、些か薄暗い洗い場へ向かう。
「は〜・・・」
「何、溜息吐いてんの」
「スパナ・・・」
先に洗い物をしていた唯一同期の友人に疲れた眼を向け、自分もスポンジを手に握りながらあったことを話した。
「それでその客最後に何言ったと思う?」
「さー」
『デザートだけはとっても美味しかったよ。
他のは何処にでもある在り来たりのでつまらなかったけど』
立ち上がり、付き添いのものに早くと促されながら男は猫のように笑った。
『じゃ、さっきのこと考えといてね』
「・・・・・・・・・・」
思い出しただけで腹が立つ。
「褒められてんじゃん。
なんでムカついてんの」
「だってアイツが褒めてたのってマシュマロだけだよ!?」
ただのマシュマロ好きだからってだけじゃないか。
こんな悔しい気持ちは久しぶりだった。
「で、そいつ何処の奴なの」
「え?
ああ。確かミルフィーユみたいな名前だったよ」
「普通誘われたら覚えない?」
「だって興味ないし」
食べ物に関することしか覚えられないツナはうんうんと頭を悩ます。
スパナは軽く嘆息し、呟いた。
「・・・・・・ミルフィオーレ」
「え?
・・・あ!そうそうそんなんだった。
ってなんで知ってんのスパナ」
泡を洗い流した手を拭きながら首を傾げるツナに、
流れ続けていた水道の蛇口を握りながらスパナは淡々と答えた。
「昔、雇われてたから」
締りの悪い蛇口の耳障りな音が響いた。
何だかショックだった。
「いや何でだよ」
一人屋根裏部屋へ向かいながら自分に突っ込む。
友達のことなら何でも知りたがる子供か。
「でも。十年も一緒にいた癖にさー」
軋むドアを開き埃っぽいベットに寝転がる。
「水臭いぞースパナー」
頭の後ろで腕を組み、くもの巣の張った天井を眺めながら此処にはいない友人に呟く。
『え!嘘!今まで全然そんなこと言ってなかったじゃん!』
『そりゃ言ってないし』
『何、』
『お前に関係ないだろ』
『・・・・・ッ』
完璧に線引きをされたことに何も言えなくて、
『じゃおつかれー』
そうしている間につれない友人はさっさと帰ってしまった。
「スパナの薄情ものー・・・」
黴臭い枕に顔を押し付け、
そのまま寝た。
『やっぱりちょっと気になるんで里帰りしてきます。
長期というか無期限になるかもしれないけど今までの有給ってことで給料のほうは宜しくねv』
「どカスがあああああああああああああああああ!!!!!」
震える手でふざけた紙を引き千切ったザンザスは、憤怒の形相で手当たり次第に物に八つ当たりをした。
綺麗に掃除されていた室内があっというまに瓦礫の山と化していく。
「な、なんだぁガボッ!?」
物音に驚いて寝ぼけ眼で飛び込んできた男の口に熊の置物が見事に嵌まる。
外そうと躍起になっている男の後頭部を殴り床に沈めた後、ザンザスはまだ暴れたりないというように唸り、低く吼えた。
「追いかけるぞ・・・・・・ッ」
店を潰す気かという周りを黙らせ結局部下もろともツナの上司がイタリアへと発つのは、
ツナの里帰りから一ヶ月後のことになる。
<fine>
・・・・・・えーーーー、虹ツナ希望だったお客様すいません。
スパツナフラグとかは完璧アダノの好みでやってしまいましたあははははー(殴)
予定としては虹ツナを幾つか書いた後、幼馴染達がやってきて、ヴァリアーが来て、ついでにミルフィオーレまで来日してくる感じです。
つまりはツナ総受け。
でもこの話は基本虹ツナ予定なんで!
では遠い眼で続きを待って下さったら有りがたいっす(礼)
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