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誰もいない屋上。
折角親父が作ってくれた弁当を家に忘れてきた。
仕方が無いので購買で買ったパンをもそもそと食べ終えた山本は、ぼんやりと空を見上げながら白いパックにストローを刺した。
風がそよぎ木々がさざめく音と、自分が鳴らすストローの音だけしか聞こえない。
いつもは一本でも足りないのに、途中で飲むのを止め、寝転ぶ。
青い空だけが視界に映る。
雲一つない空は何処までも広くて、青い。
でもずっとただ青いだけじゃなくて、少しずつ色を。表情を変える様はとても綺麗で、見ていて飽きることはない。
唯一変わらないことといえば、ゆったりとして、全てを包み込んでくれるような優しさがあることだろうか。
それに自然、顔が緩む。
そう、この空はまるであの子そのもの。
「・・・・・・・・・・・・・」
顔が元の無表情に戻ったのがわかった。
思い浮かんだ顔を眼を閉じることによって消す。
あの子は、大切で大好きな親友。
友人は今まで沢山いたけれど、あの子程特別な友人はいなかった。
・・・・・だからこそ。
今は思い浮かべたくなかった。
上手く笑えるようになるまでは、考えてはいけない。
何故かそう思ったから。
みーどーりーたなーびくー・・
「・・・・・・・・・・・」
微妙にずれている音程。
パタパタという軽い羽ばたきが近づいてくるのがわかったが、山本は動こうとはしなかった。
やがてゆっくりとした足音と、予想していた声がかけられる。
「君、何してるの」
「別に・・・・」
明らかに適当とわかる声音の返答。
殴られるかなと、少し思った。
まぁ、それも良い。
『やまも・・・ッ』
自分を呼び止めようとしてくれた。
小さな、でも悲痛な声。
傷付けたのがわかった。
・・・だから罰して欲しかったのかもしれない。
つまらない、くだらない独占欲。
そんなモノの為にあんな声を出させてしまった自分は、断罪を望む罪人のようだ。
しかし、予想に反して声の主は「そう」と一言返しただけだった。
近くではないが、遠くもないところに座わりこんだのが気配でわかり、のろのろと首を向ける。
先輩、ということだけは確かで。
でも幾つ上なのかは知らない少年。
並盛の秩序と呼ばれる人は、普段はとても静かだということを山本は知っていた。
自分は今までそんなこと考えたこともなかったのだが、あの子がそう言っていたのだ。
意外だった。
彼はただ無秩序に暴れているだけだと思っていたから。
『それに、凄く優しいんだよ』
そう言って笑ったことは、正直少し面白くなかったけど。
でもそんな時、決まって誇らしくもあった。
これが俺の親友なのだと。
あの子の見ているものは俺達とはいつも少しだけ違って。
なんてことない世界が、少しだけキラキラして見える。
それをいつもこっそりと教えてくれることが嬉しくて、心が温かくなった。
「・・・・・・・・・・・・・」
また知らず考えていたことに、些か顔を顰める。
それと同じ位に、少年が言った。
「今日は群れてないんだね、あの子と」
誰を指しているか、直ぐにわかった。
無感情に返す。
「それの方が、いいんだろ」
「そうだね。群れると風紀が乱れるから」
「・・・・・・・・」
前から思っていたことだが、群れると何故風紀が乱れるのか。
聞いてもよかったがそれさえも今は億劫だったので、何も言わなかった。
少年が何も無い虚空を掴むようにすっと手を前に出すと、小さな子供のように名前を呼びながら近づいて来た鳥が指に止まるのが見えた。
随分と懐いているなと今更思う。
「でも、少し。つまらないかな」
「・・・・は?」
どうでもいいようなことを考えていたので、咄嗟に理解が出来なかった。
聞き返すつもりで声を出すが、少年は何でもないよと言うと音もなく立ち上がる。
そのまま行ってしまうかのように見えたが、数歩進んだだけで立ち止まった。
その後姿を何とはなしに追っていた山本と首だけを返した少年の眼が、その日初めて一致する。
「はぐれた草食動物は、弱い。
・・・直ぐに捕食者に食べられてしまうから、気をつけた方がいいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
謎な言葉を残して去った少年の残像を払うように風が凪ぐ。
空が流れるのが早いなと思ってから気付いた。
雲か増えている。
もう一度手にとり直ぐに中身が無くなった牛乳のパックをベコベコと鳴らした山本は、その時やっと自分が今一人でいることに気付いた。
一人でいるなんて、どの位ぶりだろうか。
昔から友達は多い方だったと思うが、最近は特に一人だったことなどない気がするので、不思議な気分だった。
胸に、ぽっかりと空洞が空いたような感覚。
理由はわかっていた。
パックを握ることによって、それから眼を逸らす。
ドアを開く音が響く。
学ランを纏った少年が戻って来たのかと特に構えもせずに眼をやった山本は、知らず眉間に皴を寄せた。
それと比べ物にならない程深く額に皴を刻んでいた少年は、銜えていた煙草を投げ捨てるように低く言い放つ。
「おい、野球馬鹿」
呼ばれたことに反応を示さずに、山本はただジッと少年を見つめる。
眼の前にいる少年は、思ったことをハッキリ言う、わかりやすくて面白い奴だと思う。
口癖は十代目。
あの子が大好きな、自分の・・・・・・・、ダチ。
「ちょっと面貸しやがれ」
そして、今一番見たくない、顔。
「あぁ、・・・・いいぜ」
悪友の言葉に、山本はいつものように笑って頷いた。
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