雨
「うぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁああああああああああああああ・・・・・・・・・・ッ!!!!!」
悲痛な、魂が引き裂かれるような悪友の慟哭を遥か彼方の方で聞きながら
あどけない顔をして眠っている
ボスでもあるが 昔からの大切な親友でもある青年の肩をそっと揺すった
「 ?」
抱え上げ、かくんと落ちた頭に、目の前が白くなった
【 喪失 】
「ん?あれ此処」
「やっと正気に戻りやがったか」
「おっさん」
立ち上がろうとして立ち上がれないことに、自分の体を見下ろす。
「・・・・・なあおっさん」
「おっさん言うな。なんだ」
「俺こういう趣味ねーんだけど」
ぐるぐる巻きにされた自分の体を顎で示した俺に、シャマルは相当嫌そうな顔をする。
「誰が無駄にデカくなった、しかも野郎のお前に発情するか」
「ま、何でもいいから解いてくんね?」
その言葉に当然返ってくると思っていた了承の言葉は得られなかった。
「俺が言うことをお前が理解できたらな」
「は?」
「見ろ」
言いながら引かれた幕の向こうに寝かされた彼を見た途端全身が沸騰したかのように沸き立った。
「ツナ!!」
体が椅子とともに戒められていることも忘れて立ち上がり転ぶ。
一瞬視界がブレるが構わず虫のように這いずって近づく。
「ツナ、ツナ、なあおい。
起きろって。ツナ」
名前を連呼し傍に寄ろうとしても体がいうことを利かない。
突っ立っている男を下から見上げる。
「シャマル、冗談いい加減にして解けよコレ」
「駄目だ」
「シャマルッ!!」
カッとなったが、縄が体に食い込み間接が軋んだだけだった。
暫く無言でもがいてみるがどうにもならない。
「やめとけ、間接が外れるぞ」
「じゃあ解けよ!」
いつになく気が高ぶって如何にもならなかった。
ああもうこんなこと如何でもいい。
それより、
「じゃあせめてツナ起こしてくれよ、声。
声が聞きたいんだ。
俺、ちょっと嫌な夢見ちまってさ、スゲー今、」
怖くて、不安で
まるで自分の体が撃たれたように熱い
何かを失ったような感覚が張り付いて離れない
「なあ!」
「無理だ」
「何でだよ、そりゃツナは忙しくて疲れてるんだろうけど、
ちょっと、少しでいいんだ!
頼むから、」
「ボンゴレ坊主は死んだ」
また気がついたら座らせられていた自分に驚く。
今度は柱に縛り付けられていた。
しかも何故かシャマルの顔が腫れあがっている。
「おっさん、それどうしたんだ?」
「・・・・・・はぁ」
疲れているが何処かもう慣れたようにしながらシャマルは淡々と言った。
「お前は3日前、ミルフィオーレとの和平の会談に行くボンゴレ坊主に付き添い隼人と共にボンゴレを出た。
それは覚えてるか?」
「ん、ああ・・・」
状況が飲み込めないが頷く。
先ほどと部屋まで違うことに不安を覚える。
さっき一瞬だけ見えたツナの姿を捜すが、椅子が一つあるだけのこの見覚えのない部屋に隠れているとは思えなかった。
「会談は巧くいったかに見えた。
だが、実際はまぁ。失敗したんだけどな・・・」
「な、」
そんな馬鹿な。
言いたかった言葉が縺れた。
だって、あの男は確かに笑って頷いて。
拍子抜けるくらい簡単に調印したのを覚えている。
そしてほっとしたように笑ったツナと握手をして、それで、
・・・・・それで?
「れ?あれ?」
録画映像が途切れたように、ブツリとそこから先の記憶がない。
何も思い出せない。
焦れば焦るほど、馬鹿になったテレビのように同じ映像が繰り返される。
あの男がツナに歩みよって、ツナがそれに笑顔で答えようと席を立って、それで・・・・。
途端、後頭部を殴られたような光に眼が焼かれ、その時の情景があっという間に目の前を駆け抜ける。
「・・・・・・・・・ッ!!」
そして最後に現れた鮮やかな色の凄惨な映像に、冷静になろうと無理やり吸った息にひゅうと喉が鳴る。
あまりのことに目の前がチカチカと嫌な色に輝いてたたらを踏んだ。
「・・・・・・・・・・・・思い出したか?」
暫くしてから爆走している心臓に、シャマルの平坦な声が問いかける。
大して何も考えずに頷く。
それにシャマルが黙って連れて行った部屋は先程の、天蓋ベットのある無機質な部屋だった。
再びツナが寝ているベットの傍により、妙にブレる手でそっと頬に手を伸ばした。
その温度に、手が硬直する。
「ツナは、死んだ。・・・・のか?」
自分が出したとは思えない声。
完璧な裏社会で生きるものの声音にシャマルは眼を細めたが、首を振った。
「まだ死んでると決まった訳じゃない」
「でも、冷たい・・・」
「仮死状態。それぐらいしか俺にはわかんねーんだ」
「・・・ッ!アンタ医者だろーが!!」
胸倉を掴み、壁に叩きつける。
理不尽な怒りをぶつけても仕方ないとわかっているのに後から後から噴出してくるやり場のないものに頭がまた白くなりかける。
しかしシャマルはただ事実を述べることしかしなかった。
「ああ。奪う方の、な」
「・・・・・ッ」
冷水を浴びせるような瞳に一瞬体が竦む。
「だからこそ。
死んでないことはわかる」
それだけは確かだと言った願望でも投げやりになった訳でもない声音に、山本は掴んでいたシャマルの白衣をゆっくりと離した。
本当は、自分が責められるべきだった。
最後に、一番傍にいたくせに、
「何も、出来なかった・・・」
懺悔するように呟いたって、ツナは起きない。
俺を見て、微笑んでくれることはない。
二度と。
ゆるゆると事実を認めていくと、妙に脳内が晴れ渡っていった。
では自分はどうするべきか。
親父を奪われてもまだ自分を保てていたのはツナがいたからだ。
大好きという対象の前に、ツナは家族だった。
もう失ってはいけない、大切な、掛け替えのない光。
俺の大空。
空が消えたなら、俺はどうするべきなんだろう。
この渇きを、何処に求めれば?
一体、何に・・・
「・・・・・・・・・血の、雨を。降らせ、」
無意識にぼそりと口走った言葉にシャマルは山本を殴り飛ばし、紙を投げつけた。
「隼人よりも、お前の方が大人だと思ってたんだけどな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「指令だ。読んどけ」
遠のいていた意識が戻るとは逆に足音は遠ざかっていった。
のろのろと投げつけられたぐしゃぐしゃの紙を開き、ぼんやりと眺める。
そこに記された文字に
失った筈の面影が浮かび上がり
「・・・・・・・ぁッ!!」
それ以上堪えるのは無理だった。
「そっかー雲雀と骸は行かねーのか」
「あいつ等はいつまで経ってもよくわかんねぇな。
行かないっていうのも本当か怪しいし」
嘆息した十年前とは比べ物にならない程大人びた悪友に、山本は苦笑した。
・・・・ずっと一緒に、三人で大きくなっていくのだと思っていた。
頑なに一人しか見ようとしなかった少年は、いまや自分よりも冷静で。
小さかった平凡な少年は、誰よりも高みへと昇って自分達を守ってくれた。
一番子供だったのは自分かもしれない。
「・・・・俺ももっとデカくなんねーとなー」
「はぁ?てめーそれ以上デカくなってどーすんだ」
果たすぞと昔と変わらない口癖で睨んできた獄寺に、山本は笑った。
「じゃ、後は打ち合わせ通りだ。
まだ実験も碌にしてねーから予想外のことも度々あるだろうが、目的は一つだ」
「ああ。
自分達の手でけりをつけて、俺たちの未来を」
ツナを、取り戻す
『山本、笑って?』
ああ、わかってるよツナ。
でもさ、雨は空がなければ存在さえしないって知ってた?
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