知らない場所、知らない人、知らない唇(ダブルクロス企画参加 星屑を抱きしめた

レンガ造りの高い壁に囲まれ、入り組んだ路地には月灯りが足元まで届かない。
斜めに切り取られた暗闇の中、硬い物を蹴飛ばし木箱にぶつかりながら、タマキは駆け抜けた。

乾いた発砲音が追い掛けてくる。

近くのレンガが弾け飛び破片が頬に当たっても、滴る血に構わず、聞こえはじめた波の音に向かって走る。


停泊している船に紛れ込み、今夜中に此処をたつ予定だった。だというのに、あっという間に包囲され、逃げる時には巧みな誘導でカナエから引き離された。


隊長…リーダーが変わったのか?


応戦する間も与えない追跡に、タマキは唇を噛んだ。
各隊員の動きに無駄がなく、統率力が上がっている。

個々の能力が高いA部隊をまとめ、正確な指示が出せるリーダー。

顔をしかめ、胸元をきつく握り締める。
湧き上がってくるこの感情は、どこに由来するものか。


別の場所から、銃声が響いた。
それがカナエの位置を教えてくれる。


カナエも当初の予定通り海に向かっているようだが、このまま追跡を引き連れて合流するわけにはいかない。

真っ直ぐに向かっていた路地を左に逸れ人気のない場所を探せば、すぐ近くに稼働していない工場を見つけた。
そこに入ろうと開けた道に出たせいで、赤いレーザーがいくつも交差し、タマキを狙った銃弾が石畳を抉る。

銃を構え応戦しながら充分に相手を引き付け、工場の外壁に手榴弾を投げつけた。
凄まじい爆音と共に工場の一部が崩れ、煙が周囲を覆う。
その一瞬をついて別の路地に飛び込み、再び海を目指して走り出す。


はやく、カナエに会わなければ。


そう気が逸っていたタマキは、上から降ってきた影に反応が遅れた。

「―ッ、!?」

後方に飛び退いたが相手の動きが早く、腹に蹴りが入る。壁に背を打ち、咳き込む頃にはピタリと額に冷えた銃口を当てられていた。

「はじめまして元J部隊のリーダーさん」

場にそぐわない朗らかな声で、長身の男は首を傾げてみせた。

「追いかけっこは終わりにしないか?」

街灯が路地の中ほどまでを照らし、男が特殊部隊の制服を着ていることを知る。ナイツオブラウンドではないことを喜ぶべきだろうか。

「っ、は…。俺たちは、最初から追いかけっこなんて、してない」

男の威圧感で気管がよけい狭まり、声が掠れる。
それでも、青色の瞳をタマキは睨み付けた。
感情を感じさせない、暗い青だ。
それに対して男は面白そうに笑って、頷く。

「そりゃ、そうだ。おまえもリニットも追いかけられることを望まないだろう。でも、こっちも放っておくわけにはいかないんだよ。これが仕事だからな」

分かるだろ?そう問い掛け、男はタマキの顎を掴んで上を向かせた。


「裏切り者のリーダー」


冷えた眼に、捕らわれる。
強く噛み締めた口内から血が滲み、揺らぐ気持ちを痛みで耐えた。
崩れそうな足は皮肉なことに、男によって支えられていたけれど。

タマキは静かに男を見据える。

「俺は、カナエを連れて行く。誰にも渡さない」

闇に溶け込まない黒の瞳が強い意思を表すと、男は困ったように息を吐いた。

「馬に蹴られそうだよほんと」

「…どういうことだ?」

「いやいや、リニットがうらやましいなーなんて思っただけ」

銃を突きつけられた状況で聞き返すタマキがひどく幼げで、男は小さく笑った。

「とにかく、一緒に来てもらう。リニットもおまえがいればすぐに、っと!」

タマキの腕を掴み銃口を下げた瞬間、男の手にしていた銃が弾かれ地面を滑る。

「あー、言うまでもなくってかんじ」

狙撃されたというのに男は焦る様子もなく、痺れた手をひらひらと振った。
表情を緩めたタマキの視線を追い、鋭い殺気を向ける相手を見る。

「カナエ」

姿を目にして安心したタマキが柔らかく名を呼ぶと、男は掴んでいた腕を離した。訝しんだタマキは男を警戒したが、カナエに名を呼ばれ、すぐに走り寄る。それは嬉しそうなタマキの様子に、男は両手を挙げたまま苦笑した。
カナエは男に銃を向けたままタマキの安否を確認すると、すぐにタマキの手を取って駆け出す。


銃声がいくつも二人を追い掛ける中、男はゆったりとした足取りで路地を出る。


「…タマキ、ね」


既に消えた姿を思いながら、この追跡はすぐに終わるだろうと、わらった。



***



「…誰?」

真っ白な部屋で、タマキは不安げな瞳を男に向ける。
警戒心から強張った身体は今にも泣き出しそうで、微かに揺れていた。

「はじめまして」

男はゆっくりとタマキに近付き、シーツを握り締めるタマキの手に触れる。びくりと身を引くタマキに、男は目線を合わせた。

「俺はトキオ」

やさしく手の平を開かせシーツを抜くと、トキオは包帯の巻かれた指先に口付けた。

いたわるように、許しを乞うように。


「今日から一緒に住むことになったから」


―よろしく。




知らない場所、知らない人、知らない唇




知らないのは、タマキだけ。

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あきゅろす。
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