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『焦がす』
※暴力描写有り



宮川英介は不良が嫌いだ。まず暴力が嫌いだ。決まりは破る為にあるという横暴さも嫌いだ。奴らの発する威圧感が嫌いだ。大人になって昔を懐古しながら武勇伝ぶって踏ん反り返ってる元不良も嫌いだ。奴らにまつわる全てが大嫌いだった。

「寝てんじゃねえよゴミ野郎」

埃っぽい体育倉庫の床の上に宮川は横向きに転がっていた。全身が苦痛を訴えていて動く事もままならない。熱を持った疼くような痛みに宮川は、これはまた痣になるな、とぼんやり考えた。
返事をしない宮川に苛立ちを隠さず、声の主は転がる宮川のこめかみに思いきり唾棄する。そのまま捨て台詞の代わりに一瞥を残し去って行った。
扉が乱暴に閉ざされた音を確認して、宮川は大きなため息をつきのそりと起き上がった。体が軋むように痛い。
確かめるように顔を触ると、先程吐き捨てられた唾に触れてしまい表情が歪む。ワイシャツの袖で、水分が感じられなくなるまでひたすらに拭った。それだけで無くワイシャツは己の出血や埃で無様に汚れていた。鼻血だが、出血させられたのは初めてだった。他は全て殴打と蹴り回された打撲だけ。鼻と頬骨辺りの痣も数日は消えないだろう。周囲にどう言い訳するか、宮川はまた一つため息を吐き捨てた。
宮川は教師だった。
元々教職を志していた訳でも無く熱心で無かった事、それに元々の素養不足もあったのだろう、長く同じ職場に留まれず転々と赴任を繰り返していた。初めはそれなりの私立校だったのだが、気付けばこの掃き溜めのような高校で働く事になっていたのだ。
就任したその日の記憶はいつまでも宮川の脳味噌に焼き付いて離れない。

「糞ったれ」

一人になった途端、耐えていた涙が瞼を押し上げる。打ちっ放しの壁に嗚咽が響いて宮川の自尊心はますます失われていった。
ふらつく両足で立ち上がり、宮川は出口へ向かった。校舎へ戻り、職員室を素通りして非常口を目指す。職務放棄した教師ばかりだが、職員室横の非常階段は唯一生徒が寄り付かない場所だった。
途中すれ違った生徒には卑下た笑いを、同僚からは無関心を貰いながら、錆び付いた扉を開ける。二月の空気はまだ冷たいが、傷で火照った宮川の体には幾分心地良かった。まだ満足に動かない腕で煙草に火を点ける。吸わないでは居られない。宮川にとっての喫煙は嗜みでは無く、ただ現実逃避の為の依存だった。ここに来てニコチンの消費量が増えた。酒も増えた。反対に食欲は失せていく。



「宮川ァ」

宮川はいつも通り、誰も聞いて居ないと知りながら教壇で授業を進めていた。運が良ければ一切無視されて一日が終わる。悪ければ今のように声を掛けられる。

「質問か?」

そんな訳ねーだろ、と口々に上がる声には、問いかけた本人ながら宮川も同意だった。そんな訳が無い。
生徒の一人が立ち上がり乱雑に散らばった座席を掻き分けて宮川の前まで来る。先日、体育倉庫で宮川を痣だらけにした生徒、佐倉工兵だ。腕を痛いぐらいに掴まれる。

「やめなさい」

たった一言しか絞り出せない自分を宮川は心中で嘲笑う。立場上、なんて言い訳にしかならない。
ただ怒りだけが宮川の瞳で揺れていた。
背中に野次を受けながら、佐倉と共に廊下へ出る。授業中にも関わらず賑やかな廊下を突っ切るが、人々は目で流すだけ。誰も止めず、着いて来る事もない。理由は宮川も知っている。
(俺は、佐倉専属のサンドバッグだ、それも公認の)

 放り込まれたのは無人の社会資料室。本棚に投げ飛ばされ、背中を強く打った。衝撃で棚から本が何冊も降って来る。痛覚に唸る。
佐倉が後ろ手で引き戸を閉めた。距離を詰めて、宮川の襟首を捻りあげる。宮川は反射的に身をすくめた。

「顔上げろ糞野郎」

佐倉の罵声を封切りに、暴力が始まる。体を硬くするだけの宮川に対して佐倉の暴行はいつも一方的だ。本人がバテない程度に延々と殴りつける。
宮川も初めの頃よりは大分慣れた。

糞ったれ、糞ったれ、糞ったれ、糞ったれ、糞ったれ、糞ったれ



終.
さえない先生萌え



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