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『狼さん』
※そのまま読むと人×獣ですのでご注意下さい。
狼は獣耳の人型で妄想しています(…)





 こんにちは狼です。
もう暫く何も食べてません…というのも私は狩りがとても下手なんです。
ウサギや鳥になんとか追いつけるくらいで、鹿には普通に力負けしてしまいます。
それ以上の獲物となると……その場合獲物は私です。
そんな役立たずな私を見て、群れの仲間も次第に距離を置くようになってしまいました。
今では情けなくも"一匹狼"として暮らしています…。
孤立してからは前以上に食っていけません。

今日は、噂で聞いた"赤ずきん"に会うために遠出して来たのです。
何でも、赤ずきんは毎週末にお祖母さんの家に、ワインと生ハムを届けているそうです。
赤ずきんを取って喰おうだなんて欠片も思いません。
そんな体力も技量も無いですし。
なんとか掠め盗る事が出来れば御の字です。
生ハム………ただただその単語の為に足を運んだのでした。

 歩いて歩いて、赤ずきんが通る道まであと少し。
そこまで来たのに、空腹で視界までボヤけちゃって、私はとうとう倒れ込みました。
倒れたのはちょうど盛りの花畑で、一面が花びらで一杯でした。
疲れ果て腹ペコで気絶寸前の私の目に、それはとても鮮やかに映り込みました。
素晴らしい快晴の元、こんな美しい場所で死ぬのも悪くはない、と野垂れ死を覚悟して、そっと目を閉じたところ。
「何をしているんです?」
思いもよらず、声をかけられました。
ちらりと瞼をあげれば、人が覗き込んでいるでは無いですか。
逆光でシルエットがただ黒く浮いています。
「どうしました?動けませんか?」
気遣わしげな声色に、少し気持ちが嬉しくなりました。
誰かに言葉をもらうなんて、ああ、随分懐かしい………
私は体を無理やりに反転させ、なんとか声の主を見上げました。
「すみません…空腹で、どうにもならないのです」
「それはいけない。これを食べて下さい」
そう言って差し出されたのは夢にまで見た生ハムです。
「あ、ああ…!……いいんですか?」
「構いません。余った物ですから」
そう言って、生ハムを千切って口にまで入れてくれました。
何度にも分けて丁寧に、あげく後頭部をそっと支えられ、ゆっくりと赤ワインを流し込まれます。
久しぶりの食料と初めてのアルコールに、満足感と共に眠気にも似た倦怠感に包まれるようです。
生ハムとワイン、もしかしてこの親切な人間が、あの赤ずきんなのでしょうか。
心優しいこの人に、先刻まで盗みを働こうとしていた自分が恥ずかしくなりました。
「赤ずきんさん…すみません…私はあなたを襲おうとしていたのです」
羞恥にワインの酔いも手伝って、顔が熱くなるのが分かります。
「こんなに良くして貰って……本当にありがとう。私に出来る事があれば、何でもさせて下さい」
私がそう言うと、喉奥を鳴らすような笑い声が降ってきました。
首をかしげ、人影を見上げます。
「赤ずきんは、僕から生ハムとワインを受け取って、とっくにお祖母さんの家に着いていますよ」
人影の後ろで、厚い雲がゆっくりと太陽に掛かっていくのが目に入りました。
「僕はね、赤ずきんに大事無いように、母君から見回りを頼まれていたのです」
晴れやかだった空が翳り、薄暗くなった事で人影の細部がはっきりと浮き出します。
がっしりとした肩を辿って見上げた頭には、赤いずきんではなく、鳥の羽が刺さった革製の帽子が乗っていました。
背中に負われていたのは、猟銃、です。
「やや、震えているんですか。可愛らしい狼さんですねえ」


猟師はやせ細った狼の上等といえない毛皮には興味が無かったようです。
猟犬にもなれない私を猟師は何故か気に入り、側に置いてくれました。
猟師が食べ物を仕留めてくるので、空腹で死にそうになる事はもうありません。
恩返ししたいという私に、しばしば猟師は私を食べたいと言います。

「どうですか?美味しいですか?」
「美味しいです、ありがとう」

その日私は食べられてしまいましたが、今日も元気です。


終.




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