3.
気合を入れ直して、鍵盤に指を走らせる。
「…あのさ、兄貴……」
ふいに聞こえた声に、音を奏でる指が止まる。
「どうした?奏多。練習中は声掛けるなって…」
「あ、ゴメン…でも、その、…兄貴、今日なんだか雰囲気違ったから」
「え?」
雰囲気が違うといわれ、ふいに頭をよぎるのはあいつの顔…いや、違う違う。しっかりしろ俺。
「ちょっと、元気なさそうだったから…大丈夫かなって、俺。練習の邪魔して、ごめん…でも、心配だったから」
奏多……
胸の奥がじんわりとなったと同時に、強引に頭の中に浮かぶあいつの顔を振り払った。
「大丈夫だよ、奏多。ちょっと今日さ、先生に注意されちゃって。それで落ち込んでるだけだと思う。だから、心配すんなよ。な?」
「、うん!」
元気に返事をした奏多の声は、一見元気を取り戻したように聞こえるけれど…まだ、俺を心配する気持ちが残っているようだ。
仕方ない、弟を心配させるのは俺の性に合わん!
「…奏多、入って来いよ」
「え、良いの?」
「うん。ほら、早く!」
おずおずと入ってきた奏多の姿は、身長も俺と大差ないのに、まるで子犬のようで。
少し、笑いが零れてしまった。
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