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秋の味覚(臨正)



秋。
読書の秋。芸術の秋。スポーツの秋。
人には様々な秋の魅力があり、捉え方は様々だ。
かくして折原臨也もその例外には漏れず秋を楽しんでいた。


     ♂♀



夜も深くなり始めた午後11時。
紀田正臣はいつものように上司である臨也に呼び出され愚痴を呟きながら新宿のとあるマンションを訪れていた。
エントランスの防犯セキュリティーを抜け、部屋の鍵は開いているということでチャイムなど押さずにドアを開ける。
ふと正臣の鼻腔に嗅ぎなれない匂いがした気がしたがこの部屋でその匂いがするとは思えない。気のせいだと思うと足を進めて臨也の姿を探した。
しかし呼び出した本人は見当たらない。いつも座っているデスクは空だし傍のソファーにも見当たらない。
二階にいるのかと階段を上ろうとしたとき正臣を引き留めるように背後から声を掛けられた。
出掛けていたのだろうか。それにしてもドアの開閉音は聞こえなかった。どこにいたのだろうかと内心首を傾げながら振り向くと正臣は臨也の姿を見て思わず噴き出した。
「な、なんすかその恰好。にあわねぇ」
笑いを堪えるように僅かに震えた言葉。単なる笑いというよりも呆れと嘲笑が混じっている。
臨也の姿を見るたびに込み上げる笑いを堪えようするがどうも普段の臨也からは想像できない格好になかなか収まることがない。
そんな臨也の格好というと笑いが込み上げるほど奇抜な格好をしているわけではない。
はた目から見れば至って普通、もしくは家庭的な男性だという印象を受ける装飾もない家庭用エプロンだ。
だが無地の黒いエプロンを着るその姿は臨也という人物を知るものにははやり違和感を与え『有り得ない』と位置付ける。もしくは『何か企んでいる』。
漸く見慣れていたのか笑いが収まりつつある正臣を見て臨也は正臣を手招きするとさほど広くないキッチンへ呼んだ。
そこで正臣は臨也がその一角にいて気付かなかったことを悟るが次に浮かぶのはなぜそんなところにいたのか言う疑問。
折原臨也を知っているから来る警戒が素直にその場へ行くのを拒絶している。
「早くきなよ」
しかし急かされれば行くしかない。何事もないことを祈りつつ正臣はキッチンへと足を向けた。

「これ、食べて?」
キッチンの作業スペースに置かれていたのは綺麗に形作られた真っ白な三角形。
白米の艶やかな輝きと米が持つ本来の香り。
正臣は部屋に入ってきたときに香ったのはご飯が炊けたときに香る白米の匂いだと思い出した。その時はこの部屋でそんな匂いがするはずもないと気のせいだと思っていたが本当に匂っていたことに正臣は驚いたように少し口を開けて固まっていた。
そして臨也は何と言っただろうか。
正臣は聞き返しそうになるがこの場でおにぎりを見せられれば一つしかないだろう。
「いやです。自分で食べればいいじゃないですか」
「呼び出しに応じてくれた部下への細やかな労りだよ」
「なら気持ちだけ受け取っておきます」
「夜食作ったんだけどご飯が余っちゃったから食べて?」
断固拒否を示す正臣に臨也はやれやれと肩を竦めて言い直す。その言葉を聞いた正臣が「まさかこの残飯処理のために呼ばれたんじゃないだろうか」と疑い臨也を伺うが笑みに塗られた表情は何も読み取れない。
ここで攻防していても仕方がないとどうせ言いくるめられて最終的には食べる羽目になるのだ、正臣は諦めると無駄に形の良いおにぎりを手に取ると小さくいただきますと呟いて勢いよく食いついた。
臨也の視線が気になるがおにぎりは何もなさそうだ。
程よく塩が効いたおにぎりは普通にうまい。
具は入っていないのだろうかと正臣が思いながら中ほどまで食い進んだ瞬間口の中に違和感を感じ口を離した。
「ちょ…何入れてるんっすか!?」
口を離しおにぎりの具を見た正臣は臨也を思いっきり睨んだ。
白の中に覗く黄色はどう見ても栗の甘露煮。
思いっきりおにぎりの具にはふさわしくない品物だ。
確かに栗ごはんがあるので米と栗の相性はいい。しかしそれは正しい料理法を行った場合のみでこんなイレギュラーな料理法ではお世辞にも美味いとは言えない。
「やっぱりまずい?」
「俺を毒見役にしましたね」
「半分あたりで半分はずれ」
「?」
「いや、急に栗ごはん食べたくなったんだけど作り方忘れちゃって。で、波江にメールで聞いたら今のおにぎりを教えてもらったんだけど記憶と違うし美味そうでもなかったから優しい正臣君なら作ってくれるかなって思ってね」
『優しい』を強調してくる臨也に嫌気と呆れの入り混じった溜息をつくと正臣は拒否しても無駄だと感じればぽつりと条件を呟いた。
「マツタケ」
「は?」
「栗ごはん作る代わりにマツタケ食わせてくれたらいいっすよ」
「正臣君って時に大胆だねえ」
「あんた何言ってるんすか?」
「俺のまつたぐぇ」
「ハァ?」
臨也の下ネタにすかさず急所に蹴りを入れる正臣。その見下す目は冷め切っていて嫌悪しかない。
「すみません、俺耳悪くなったみたいで何言ったか聞こえなかったんですが…タマ潰してほしいって言ったんすか?」
座り込んだ臨也に追い打ちをかける正臣は力は入れずそえる様に股間に足を乗せた。
顔は笑っているが目は笑っていない、流石に息子の身の危機を感じた臨也は痛みに震えながら「ナンデモナイデス」と言ってこの一連の幕は閉じた。



そして真夜中に栗ごはんを作らされる正臣は不機嫌ながらも臨也を満足させる栗ご飯を作り、その報酬としてマツタケ狩りおよびマツタケ食べ放題の泊まりに出かけることになったのはまた別のお話。





「全く、そうなら素直に呼べばいいじゃないですか。如何にも仕事ですって感じに呼ばなくても」
出来上がった栗ご飯を食べ終わった後の臨也の寝室。
布団にくるまりながら正臣はむくれたように言葉を吐き続けていた。
最終的には自分を頼ってくれたがはじめは波江に調理法だと言えど聞いたのが腑に落ちない正臣はどこか拗ねたようにも見える。
「別にそれくらいなら…いつでも作りに来てあげますよ」




「え、正臣君今何言ったの!?」
小さな小さな言葉。そのデレた言葉を縛られ床に転がる臨也には残念ながら聞こえることはなかった。   


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あきゅろす。
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