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影。



宵闇が落ちる室内。
そこに備え付けられた大きなベッドでは一人の青年が規則正しい寝息を立てていた。
夢すら見ていない深い眠りにつく青年は身動ぎ一つせず、仰向けで寝ている。
目覚まし時計の針が動く微かな音以外その存在を知らしめるもなのない、そんな部屋でゆらりと蠢く影が一つ。
いつの間に入ってきたのだろうか。
寧ろどの様に入って来たのだろうか。
部屋の主である彼が寝付く時には無かった彼以外の影。明らかに音を殺して行動する影は招かれざる客だ。
それは音を立てずに寝息を立てている青年へとゆっくり歩み寄る。
青年の顔を見下ろせる位置に立つと影はそっと手を伸ばした。

「寝込みを襲われる趣味は持ち合わせていないんだけどな」

唐突にかけられた声。
先程までぐっすりと寝ていた青年から聞こえた声。影がその顔を見ると鋭い瞳と目があい、思わず息を飲んだ。

青年ーー臨也は気配に目を覚ますと己を見下ろす影に内心は驚いていた。
いつの間にどのように侵入したのか。このマンションはオートロック式でマンションの住人出なければエントランスで門前払いになるはずであり、さらに個人の部屋には鍵が掛かっている。勿論臨也の部屋にもだ。
正規の方法ではこの部屋に立ち入れる人間は限られているが彼らは呼び出さない限りこの部屋に寄り付くことはない。
では不正な方法か。そうすると命が危ないなぁなどど呑気に考えながら臨也は影の行動を待った。

カーテンも締め切り、月明かりすら届かない室内は暗闇に満ちている。
辛うじて夜闇に慣れた視界が拾うのは物の濃淡にシルエットぐらいなものだ。
見上げる影は何者なのだろうか。
限られた視界で観察を続ける臨也は誰が何を成すのか、これから起こる全ての事柄に胸を踊らせていた。
寝込みを起こされたのだ、つまならい結末だったどうしてやろうか。

臨也が声を掛けてから数拍、影が動いた。
臨也に近付く影はそのまま抱き付くように倒れ込んだ。
抱き止めるかのように影を受け止めた臨也はその正体に落胆と呆れと愉悦の笑みを浮かべた。
丸いシルエットの柔らかな茶髪。抱き倒れ込んだ時にはすでに閉じられたであろう瞼の下にあるハニーブラウンの瞳と幼さを残す顔を思い浮かべ抱き締めた少年の頭を優しく撫でる。
既に眠りに入ったのか抵抗の代わりに聞こえてくるのは安らかな寝息。

「人を起こしておいてもう君は夢の中ってどうなの、正臣君?」

影の正体は紀田正臣。
月に数度、何をきっかけにしているのか時折人恋しくなるのかこう臨也の寝室に侵入しては何をするわけでも、求める訳でもなく隣に潜り込んでは勝手に添い寝をしていくのだ。
今回もそのようで、臨也はやれやれと肩をすくめると、起こさぬように正臣を己の隣に寝かせる。
自分から勝手に訪ねてくるくせに、朝になるとその事を覚えていない少年の寝顔を愛しそうに眺めながら臨也は再び眠りへとついた。

翌朝の少年の叫び声か怒鳴り声に起こされることを楽しみにしながら。





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