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騙る上辺(臨正)



臨也のマンション。
そこの住人が出掛けているのを良いことに正臣は大量の食材を抱えてキッチンに立った。
狭い作業台に並ぶのは統一感の見られない食材。
小麦粉、卵、キャベツ、抹茶、生クリーム、粉ゼラチン、薄力粉、クリームチーズ…。
敢えて統一感を上げるとするならばお菓子作りの材料と言えるだろうか。
しかし中にはお米や肉なども見え、本当にお菓子作りならば不安しか覚えない。
そして逆もまた然り。
「うし、始めるか」
並べた食材を一頻り眺めた正臣はそう意気込んで調理を始めた。
一体何が出来るか材料では判断出来ない調理を。



     ♂♀




晩御飯と言うにはかなり遅い時間。
漸く部屋の主である臨也が帰宅するとふんわりと甘い匂いが鼻腔をつく。
しかしその匂いも次第に米の炊けた匂いと油の匂いに紛れて何だったのかと臨也は首を傾げた。
部屋の中に歩き進めれば臨也に背を向ける形で座っていた正臣が振り返り目が合う。
「ご飯作ってくれたんだ」
何か言い出す前に臨也から声を掛けられ、正臣の開いた口が形作ろうとしていた言葉から別の言葉を紡ぎだす。
「別にアンタの為じゃないっすよ」
ふいっと目を背けられ、その視線の先の机の上にはまだ仄かに温かそうな料理が並べられており傍には小さなケーキが置いてある。
部屋に入ってきたときに嗅いだ甘い匂いはこれかと一人納得して臨也は正臣の向かいの椅子へと腰を降ろした。
机にはオムライスとコロッケ、そこに添えられた千切りのキャベツ。
可愛らしいメニューだと臨也は口元を弛める。
「ねぇ、このケーキ。どうしたの?」
「今日、何の日か知ってます?」
形の歪な手作りらしい小さなケーキ。
自分の為に作ってくれたのだろうかと正臣をからかう為に聞いた臨也だったが正臣からは逆に質問が投げ掛けられた。
正臣の問いに心当たりのない臨也は少し眉を潜める。
今日と言う日は自分の誕生日でも無ければ正臣の誕生日でもない。知り合いの誕生日でもないし、何か特別な日だっただろうかと考えるが心当たりはない。
「何の日?」
臨也が素直に聞き返せば正臣は微かに驚いて見せたが臨也が覚えていないことを責めたりはしない。寧ろ何処か落胆したような色を含んでいた。
そしてそれを隠すように声のトーンを僅かに上げ正臣は楽しげに答えた。
「今日はですね、沙樹と出会った日なんですよ。だから沙樹とデートしようと張り切ってたら臨也さんに留守番兼ねて仕事言われるしだったら沙樹とここでメシぐらいは一緒に食おうと思って誘っても電話出ねぇし…なんでそれはおこぼれです」
話終わると正臣はスプーンを手に取りオムライスを掬う。
「ふーん、正臣君はまるでこの料理みたいだ」
そして食べようと口に運んでいた手が臨也の言葉で止まる。
視線だけで何を言っているんだと尋ね見つめれば臨也は満面の笑みを浮かべてスプーンで自分の目の前にあるオムライスの丁度真ん中を割り開いた。
そのオムライスの中からは本来現れる筈のケチャップライスがは見当たらない。変わりに顔を覗かせたのは苺のムース。
「良くできているね、作ったの?」
所謂料理に見立てたお菓子。
コロッケはレアチーズケーキ、付け合わせの千切りのキャベツさえも葉が入っているとは言え小麦粉と卵と抹茶を練り込んで焼いたものだ。
臨也に用意された料理全てが手の込んだ悪戯。
「なんでこれが俺みたいなんですか?」
料理はどうせ食べればバレるものだしそっくりなだけでよく見れば違うことが分かるから食べる前にバレた事には何とも思わない正臣だが、臨也が例えた言葉にはイマイチ理解が出来ず顔をしかめた。
「そうだろう?この料理のようなお菓子は見た目を偽ったお菓子で本質を一瞬でも履き違えさせられる。まるで本音を言わない正臣君のようじゃないか」
スプーンでぐちゃりとムースを崩し卵とかけ混ぜる。みるみる卵の黄色と苺ムースの赤色が混ざっていく。
「素直に言えばいいさ、『今日は臨也さんと出逢えた記念すべき素晴らしい日です』だと」
沙樹と出会えた日と言うことはつまりその時一緒にいた目に前の男とも同時に出逢った日と言うことにもなる。
正臣の言葉の裏に隠された本心を的確に読み取った臨也は得意気に笑って見せると卵とムースの混ざったそれをスプーンで掬い、正臣に差し出した。
「こんな手の込んだ手料理で祝ってくれて嬉しいよ、正臣君。例えそれが君の言う通りおこぼれでもね」
本当に沙樹のおこぼれならばこんな下手すると嫌がらせにあたる料理など作らない、つまりこれは正真正銘臨也の為に作られた料理だと気付いていながら彼が敢えて紡ぐその言葉に正臣の視線は険しくなる。
正臣の気持ちを汲み取りながら敢えてそこには触れてこず、正臣の口からは言わせようとする臨也。
素直にならないのはお互い様だが正臣は相変わらず嫌なやつだと心の中で毒を吐くと臨也から差し出されたムースを無視して己のスプーンを口に運ぶ。
「気が向いたら来年も祝ってあげますよ、アンタに出逢って最悪な日々が始まった最悪記念日として」
「それでも君が記念日として扱ってくれることが嬉しいよ」
臨也は笑みを絶さず、正臣は眉間の皺を深く刻みながら出逢えた運命を祝福する。

素直に祝える日が来るのかはー…





     ♂♀





「ところでご飯ってこれだけ?」
「それ以外になんかあります?」
「正臣君が食べてるようなオムライスは」「ない」
「これだけ甘いもの食べたら糖尿病になっちゃうんだけど」
「え、ならないんですか?」
「まるでこれからなる予定だったように驚かないでくれる?」
「なら死ぬんですね!」
「嬉しそうだね。こんなところで君の笑顔が見れるとは思わなかったよ」



素直になる日は…来るのだろうか。






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