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暴走-コイゴコロ-(リン正)




浮かび上がる意識に開ける視界と届く音。
そこは聞いていたよりも無機質で真っ白で狭い空間だった。
首を少し動かすだけで自分の周りを囲む四方の壁が見て取れるほどの狭い空間。
見渡す限り何もなく、ただ白色だけが自己主張していたそこにふと色が加わった。
インストールされるように画素、電子が集まりデータが構築され一つのモノを作り出す。
「ハロー!アンタが紀田正臣?俺はリンダっていうんだ」
現れたソレは話で聞いていた案内ヘルプアプリなんだろうと正臣はあたりをつけるがその容姿に少なからず驚いた。
色こそは黄色だが髪型も目も顔の造りも自分そっくりなリンダ。
声音まで似せており偶然の一致では済まされないそのアプリの出来具合に正臣はこれの作成に一枚かんでいるであろう形式上は一応上司にあたる臨也への文句が延々と浮かび上がるが目の前に居ない人物に言っても仕方がないと文句を飲み込むとここをログアウトしてからぶつけることを心に決めた。
「?」
臨也への不満で頭がいっぱいになっていた正臣は首を傾げるリンダを見て彼の質問に答えていないことを思い出し、プログラム相手にはおかしいかと思いながらも手を差し出した。
「あぁ。えっとリンダ…だっけ、よろしくな」



       ♂♀



次世代ゲーム機になる予定のフルダイブシステムを利用した新機種。
今まで画面の向こうに存在していた世界を体感出来る新タイプのゲーム機。
脳波の信号を読み取り機器へ送りそこに広がる電子的な仮想世界で具現化させる、荒唐無稽な話が着々と実現しようとしていた。
その起動テストの話を臨也から持ち出されたとき正臣は怪訝な表情で一度は拒否したものの詳しい話を聞いていくうちに興味を持った。
誰もが望み、出来ないと思っていた仮想世界の体感。
まだ試作段階で絶対の安全はないとは言えどその一端でも体感できるなら体感してみたい。
それが正臣の出した最終的な結論だった。
何故自分みたいな一般人がとも思ったが職員だけではなく一般人からもモニターを欲していたことと、その話を知った臨也が面白がって協力を持ちかけたことを聞かされ呆れ半分で納得した。
そうして何度も健康メンタルチェックをし、大まかな機器の説明とモニタリング内容の説明を受け、緊急時どう対処するかなど細々したことまで話を聞かされ漸く起動テストに入った。
目元まですっぽりと覆う目深な帽子のような重い機器を被りベッドへ寝転がる。
職員の声と共に正臣の感覚はすべて奪われ、
冒頭に至る。



      ♂♀



「…と、まぁ今出来るのはこのくらいかな」
リンダの説明を終えて正臣はほぉっと感心した声を漏らした。
事前に聞いていたことばかりだったが体験してみるとやはりその感想はまた違ってくる。
今はまだ狭い空間しか作り出せないが今後試作を重ねて行けばもっと膨大な規模のものが出来上がりゲームの幅も広がるだろう。
ゲームだけでなはくもっといろんなことに利用されるかもしれない。
そんな一端に関われたことに正臣は何とも言えぬ感動を覚えていた。

「ほんじゃぁ、これからなにする?」
「今のでこの世界で出来ることは全部なんだよな?」
「あぁ、一通りはこんな感じだ」
移り変わる景色のように様々な世界を体感し、NPCと会話し、簡単なボードゲームで遊んだ。服装も自由に変えられるようでリンダに着せ替え人形のように玩ばれた後の会話。
正臣は一通り体感し終えたことを確認するとそろそろ報告に戻ったほうがいいだろうかと考えた。
時間は空間に時計が設置されており、そこで確認すると3時間程経過してる。
初ダイブで長時間は控えたほうがいいと聞いているのでログアウトするならこのタイミングだろう。
「そいや、どうやってログアウトするんだ?」
ログアウトの仕方は聞いているが操作画面を表示してみても言われた場所にそれがない。
バグだろうかとリンダに聞いてみると彼はきょっとんとした表情で正臣を見つめ返した。
「出来ないよ」
「は?」
「俺がさせない。やっと正臣に会えたんだ、手放すわけないだろ?」
そして愉悦に微笑んだ。
「ずっとずっと正臣は俺と一緒だ」




     ♂♀



正臣が仮想世界へログインしてから数分後、ゲーム機の調整等をしていたスタッフが異常を感知した。
外部からの干渉、および侵入に気付き対処していたが気付いた時には既に遅くソレは正臣のいる仮想世界へ侵入していった。
そして起動テストを強制終了させようと動いたスタッフに警告するようにパソコンからはアラームが鳴り響き、警告文が表示された。
それは無理に正臣から機器を外した場合やシステムを落とした場合、正臣の脳を焼くと言った脅迫文。
成す術もないスタッフたちは息を飲んだ。思いもよらぬハプニングだ。
保護者兼見学に来ていた臨也はその異変を静かに見つめ、疑問に思った。
まるで今モニタリングしているのが誰かと知っているように、警告文は正臣と名指しで書いてきた。
そしてその警告文以外何も要請がない。ライバル会社の仕業としては少し考えにくい行動だった。
「ちょっといいですか?」
疑問に思った臨也はスタッフの了解を得てパソコンを使用し始めた。
侵入経路、痕跡…些細なことまで調べ上げ、とある可能性に気付き臨也は携帯を取り出すと電話を始めた。
その間、スタッフもただ呆然としていたわけではなく何か手がないかと調べていたが機器の制御に関する機能が全てコントロール出来ず外からは何も出来ない状態と知ることしか出来なかった。
「すみません、あれと同じ機器ってまだありますか?紀田君と同じ仮想世界に行けるものがいいんですが」
可能性が確信に変わった臨也は近くにいたスタッフにそう声を掛けた。
臨也の申し出にスタッフはいい顔をしなかった。それも当たり前だ、正臣と同じ仮想世界へ行くということは今得体のしれない侵入者の手の中に自ら落ちていくということなのだ。被害者を増やすわけにはいかなかった。
しかし臨也の説得と状況打破の可能性、そして脅しにスタッフは首を縦に振るしかなくなった。

準備を整え終わった数時間後。
臨也は予備のゲーム機器を頭から被りスタッフに声を掛けた。
「ではお願いします」
「…本当にいいんですか?スタッフが代わりますよ?」
「平気です。尻拭いは自分で出来ますし、それに」
臨也の返答にスタッフは不安げな表情のまま首を傾げるが臨也には見えていない。
臨也はそのまま話を進め、口元が弧を描く。
「お姫様を救い出すのはナイトの役目でしょう?」


そして臨也も正臣と同じ世界へ落ちていく。





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