思い出深き誕生日(帝人誕) 静かな家の中にその音は唐突に響いた。 高い電子音。しかし耳に慣れている音。 この家の子供である帝人は自室からそれを聞き、暫く鳴り続ける音に疑問を持った後、慌てて部屋を飛び出した。 ―そういえばお母さん出掛けてたんだ。 本来なら母が反応するはずのその音だが、その母親の不在を思い出した帝人は急いで階下に降り、リビングにおかれた音源に手を伸ばした。 「もしもし?」 たどたどしい幼い口調で、受話器から聞こえてくる音に帝人は耳を澄ませた。 しかし電話の向こうから聞こえてくるのは無言、無音。 帝人はどうしたのかと首を傾げながら、未だ通話中と表示されるディスプレイを見て、もう一度口を開いた。 「もしもし…えっと…どちらさまですか?」 『…』 しかし返ってくるのは無音。得体の知れぬ恐怖に帝人は電話を切ってしまおうかと考えた時、何か聞こえた。 『…―。』 「え…」 『わたし、メリーーさん。今、ゴミ捨て場にいるの。』 「――?!」 耳に届く音声を理解すると帝人は思いっ切り電話を切った。息を荒くし、その表情は若干青ざめている。 普通ならば悪戯だと考えるだろう。 しかし今の帝人は丁度昨夜、心霊番組で今の状況に似た話を見聞きしており、更に今日学校では友人である正臣から更に詳しい話を聞かされていたのだ。TVと友人からの情報に、帝人の心理状況はまさに語られた少女と同じものとなっていたのだ。 『メリーさんの電話』 そんな都市伝説として広がる噂。 昨夜帝人が見た心霊番組もオーソドックスな内容の都市伝説を伝えていた。 少女に可愛がられていた人形が捨てられたことにより、持ち主の少女の家に向う話。電話を掛け、自分の居場所を伝え、徐々に忍び寄る。一歩また一歩と確実に着実に。 その話が帝人の頭の中に一気に流れ込み、その話の少女とは状況も異なるにも関わらず恐怖が冷静な判断を欠いた。 内心パニックを起こしている帝人の下に再び電話が鳴る。 帝人はまた彼女からなのではないかと怯え、電話を取ることがためらわれた。しかし、何かの聞き間違えかもしれない。帝人はそう信じたく再び電話を取り、耳にあてた。 「も……もしも、し……?」 『―― ……わたし、メリーさん。今、貴方の家の前にいるの。』 雑音の向こうから聞こえる声。帝人は反射的に受話器を落とし、一歩後ずさった。しかし電話が切れたわけではないので、受話器の向こうからの声は確実に帝人の耳へと届き、幼い子を恐怖のどん底へと突き落す。 言葉が紡ぎだされた後は再びの無言。 帝人が投げ出された受話器を恐る恐る持ち上げると電話はすでに切れていた。 恐怖に顔を青ざめながら帝人は受話器を戻し、ちらりとリビングに掛かると時計を見つめる。いつ母親は帰ってくるのだろうか。恐怖に濡れた瞳のまま、少年は誰かの帰宅を望んだ。 そんな時、再び恐怖へ誘う音が鳴る。 プルルルルルルと。規則正しく、繰り返し繰り返し繰り返し。 鳴る 鳴る 鳴る。 急かすように。 存在を示すように。 恐怖を植え付けるように。 鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る 鳴る鳴る鳴 る鳴る鳴る 鳴る鳴る 鳴る鳴る鳴 る鳴る 鳴る 鳴る 鳴 る鳴 る 鳴 る 鳴る 鳴る鳴る鳴る 鳴る鳴る鳴る 鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る 鳴る鳴る鳴る鳴 る鳴る鳴る鳴 る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る 鳴る鳴る鳴る鳴 る鳴る鳴る鳴る鳴る 鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴 鳴鳴鳴鳴 鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴 鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴 鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴 鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴 鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴鳴 鳴 鳴鳴 鳴 鳴鳴 鳴 鳴 鳴 鳴鳴 鳴 鳴 鳴鳴鳴鳴鳴 鳴鳴 鳴鳴鳴 ……鳴り、響く。 『ただいま留守にしております。御用の方はピーと言う音の後に伝言を残してください。』 一定時間鳴り響き終えると電話は留守録へと変わる。 音声案内を聞きながら帝人は小さくうずくまっていた。しゃがみこみ、耳を塞ぎ、目をつぶり。全てを遮断しようとしていたのだが、それは叶わぬことだった。 音は隙間から帝人の耳へ侵入し、そして最後の言葉を吐き出した。 『「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』」 ♂♀ 今となっては懐かしく、同時に恥ずかしく、さらには殺意を覚える記憶。 何故いきなりこんなことを思い出したのだろうか。 帝人は数年前の記憶を思い出した発端が何だったかと考える。 ―あぁ、そうか。 発端を思い出すと同時に今日が何の日かを思い出す。 目の前のパソコンに映し出される文字の羅列。 ♂♀ 甘楽 【知ってますー?】 甘楽 【実は今日、田中太郎さんの誕生日でーす☆】 甘楽 【おめでとう☆プレゼントは私でいいかな☆】 セットン 【そうなんですか。おめでとうございます】 罪歌 【おめでとうございます】 バキュラ 【おぉ、それはめでたいですね!】 バキュラ 【大人の階段を登った感想をどぞ!】 田中太郎 【ありがとうございます。】 ♂♀ 誕生日。 あの日も自分の誕生日であった。 だから母はその準備の買い出しに出掛けていたのだ。 それを知ってか知らずか、『メリーさん』は実にタイミング良く電話を掛け、そうして『メリーさん』の電話は目的を真っ当した。 電話のスピーカーから聞こえる声と、帝人の背後から聞こえる声。どちらも同じ言葉を紡ぎ、それが帝人にとって馴染みのある声だと気付くと帝人は恐怖を抱えたまま、違和感を確かめるようにそっと振り向いた。 するとパンッ!と小気味よい音と帝人の目の前に紙が舞う。 今までの恐怖を打ち消すかのようなコミカルさに帝人の思考は停止し、音と紙を出現させた友人を見つめたまま固まっている。 「誕生日おめでとう!帝人!」 太陽のように明るく暖かく笑う少年。帝人の友人にして今まで帝人に恐怖を与え続けていた張本人。 彼を目の前に帝人は何が起きたか理解するのに時間を要した。 そして帝人が我に返り、友人――正臣にどういうつもりかと問い、返って来た答えに帝人は暫くの間正臣と口を利かなくなった。 ♂♀ 「正臣って…全く普通の祝い方してくれなかったよね…」 今は傍にいない友人を思い出し、帝人は目を伏せた。 過去に…小学生の頃に様々な方法で誕生日を祝ってくれた友人。正臣が引っ越しして以来はメールか電話で祝ってくれた彼だが再会を果たした今年はどのような方法でくるのか身構えていた帝人だが、それも無駄となる。 しかし画面の向こう側では確実に自分を祝ってくれる友人が存在することに帝人は小さな笑みを零した。 彼が帰ってきたら遅い誕生日プレゼントに何をたかろうか。 冗談を考えていると携帯が鳴り、いつかの誕生日の事を思い出していたこともあり、普段よりも過剰に反応する。 ビクリと身体を小さく跳ねさせた後、帝人は携帯を取る。 そこには知らぬメアドでメールが一通届いており、迷惑メールかと思いながら開いてみる。 するとそこには 『今、お前の家の前にいる。』 ただ一文、そう書かれていただけだった。 それだけで、帝人は携帯を放り出し玄関へ駆け出した。 そんな広い部屋ではない。しかし逸る気持ちが自然と身体に早くと命令していた。 勢いよく開けたドアの先には 【思い出深き誕生日】 慌てて開けたドアの先にはまだ冷え込む池袋の夜が広がっているだけだった。 期待した姿はなく肩を落とす帝人は一度部屋を出て近くに人影がないかを確認する。 しかし人っ子一人いない様子に益々帝人は肩を落とし、部屋へ戻ろうとした。 すると外側の玄関のドアノブに掛かるものを見つけ、手に取る。 コンビニのビニール袋に入れられた市販のケーキと一枚の紙切れ。 帝人はそこに書かれたメッセージを読むと誰もいない闇に返事をした。 「いつまでも待ってるから。」 ‐‐‐‐‐‐‐ 帝人ー!誕生日おめでとう!全く祝ってる素振りをみせないけど。つかCPなんだ?多分みかま…さ…? ラストの部分(メールで帝人がドアを開けるあたり)が書きたくて、こんな思い出があるよってしたら全く祝う素振りを見せない誕生日小説となった事実に動揺を隠せないv 小さな頃は怖がりで正臣にからかわれていたりしたらいいな。 |