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吉凶禍福(新セル正)

「あー最悪…。」

大通りを外れた小路。明かりもそこそこしかない薄暗さ。一人の少年が満身創痍で壁に持たれて丸く闇に浮かぶ黄色に目を向けた。

「少し鈍ったな…身体。」

彼の周りには地に伏せる明らかに少年よりも年上で、そして怪我をしている男が何人か。少年はその男達に気を止める事なく壁から背を離すと歩き始めた。長居は無用。
殴られ、折られたかも知れない右手や腹などを押さえ、小路を抜けて大通りに向かう。夜も深く少年に気を止めるものは居ない。これ幸いにと少年はそのまま家に帰るか病院に向かうかを考え、横断歩道を渡ろうとした時その身体は大きく傾いた。同時に明かりの点らないバイクが迫り、けたたましい音がその場を瞬間を包み込み、
――あ、ヤバ…。
少年の意識はそこで途切れた。


♂♀


『ししし新羅!新羅新羅新羅新羅!』

とあるマンションの一角。黒い、まさしく影と呼ぶに相応しい人影が一人の少年を抱え、出迎えた白衣の男に突き付けるように文字の打ち出されたPDAを見せている。

「セルティ、落ち着いて。そんなに慌ててどうしたんだい?今日も公機に終われた?ってその子」
『違う、今日は公機にも追われず安心していたんだが…いきなりこの子が飛び出して、その前には止まって当たってはないはずなんだ。だけど怪我してるみたいで目を覚まさなくて…』
「本当だ、怪我をしているな。セルティ、手当をするからこっちに運んでくれる?大丈夫、多分怪我の痛みとかで気を失っているだけだから。」

セルティと呼ぶ首なしの人影を宥め、抱える少年をマジマジと見る白衣の男、新羅。正当ではないが医師免許を持つ新羅の言葉を信じセルティは言われる様に使われていない一室に少年を運んだ。
手当の為に服を脱がせ、殴られ痣になる部分や触るだけで声を漏らす様子に怪我の具合を確かめつつ応急処置を取っていく。

「骨は折れてないと思うけど一度病院に見てもらったほうがいいかな。ここじゃ流石にレントゲンは撮れないし。」
『なら今すぐ運ぶか?』
「ん…」
「あ」
『大丈夫か?』

寝かしつける少年の傍らでPDAに打ち出された文字と会話する新羅。様子見を伝え様とした瞬間、横になっている少年が身じろぎ、小さな声を上げた。そして閉じられていた瞼がゆっくりと開く。

「ここ…は…?ぃっ!」

見知らぬ天井、起き上がろうと身体を起こすが走る痛みに浮いた身体は直ぐにベッドへと埋もれた。少年は思い出す、どうしてこんな所にいるのだろうかと。気を失う直前の事を思い出し、半分納得する。身体を走る痛みの正体は気を失う原因にもなった喧嘩のことだと。しかしわからないのが何故病院ではないかと言うことだ。

『正臣くん。大丈夫か?』
「…るてぃ…さん?」

見せられるPDAとそれを構える黒い影で、疑問だった半分が解決する。セルティと運ばれた少年、紀田正臣は知人であった。正臣が気を失う前に現れたのは彼女で、そしてここは彼女と同居している新羅の家だと判断し、新羅が医師だと言うことも知る正臣は病院ではなく自宅に運ばれた事に気付いた。

「あーもしかして俺、気失ってました?あれくらいでへばるなんて本当鈍った…」
『あ、あまり無理に起き上がらない方が』
「へーき、平気っすよ。手当、ありがとうございます。」
「セルティの頼みだからね。大丈夫?折れてはないとは思うけど」

無理矢理に起き上がる正臣の姿を見て慌ててセルティが寝かせようとするがいつもと変わらぬ笑顔を向けられ一瞬黙ってしまう。影の隣に立つ白に正臣は目を向けると新羅は起きる手助けをしながら身体の様子を見る。
痛みはあるがこれ以上迷惑をかける訳にはいかず再度、正臣は「大丈夫です。」と言葉を返した。

「そう。なら、セルティ!」
『…!任された!』

すると新羅は肩を竦め、パンッと手を一度叩くと首がないので定かではないが嬉しそうに文字の雰囲気が変わり、質量のある影が正臣の身体をベッドへと縫い付けた。動けぬようにと身体中を巡る影。示し合わせていたかのような連携プレイで、一瞬の事に正臣は成す術なく強制的に寝かしつけられることに。

「君は静雄と違うんだ。怪我人をハイそうですかと帰すわけないだろう?」
「なら病院、に…」
「子供は大人に甘えていいんだよ。」
「…。」

優しく頭を撫でられ諭されるような言葉に正臣は言葉を飲んだ。返す言葉が分からず困惑した顔になり、読めない新羅の顔を見つめ一つ息を吐いた。

「なら、逃げませんからこれ解いて下さい。」
「暫くは安静だよ?」
「はい。」

困ったような、しかし何処か擽ったいと言う笑みを浮かべながら新羅の言葉に甘える事を伝え、拘束する影を解いてもらう。
自分の家のようにリラックスしてればいいと言い残して新羅とセルティは部屋を後にした。
一人になった正臣は天井を見つめ小さく笑う。喧嘩を吹っ掛けられ、最悪だと思っていた、怪我をして、ツイてないと思っていた、でも…心配してくれる存在に心が温まる。
――何かお礼したいな。
暫くは新羅の言う通り安静にしなければと考えながら、同時に自分には何が出来るだろうかを考えながら、そっと瞼を閉じた。


♂♀


とある朝、新羅の意識が覚醒し始めると鼻を何やらいい匂いが掠める。サイドボードに置いた眼鏡を手探りで探し当て、それを掛けながら部屋を出る。同居人で恋人であるセルティが何か作ってくれたのか。心なしか期待を込めてダイニングキッチンへ踏み入れると新羅の期待は良い意味で裏切られた。

「あ、おはようございます。」
「…おは…よう?起きて大丈夫?」

キッチンに入ってきた新羅を迎え入れたのはここ暫く世話になっていた正臣。ダイニングテーブルには出来立てというようにまだ温かさを保つ食事が並んでいた。
新羅の質問に笑顔で大丈夫だと答えると焼けたトーストにバターを塗り、目玉焼きを作り、ウインナーを炒め。キッチンを忙しなく動く正臣に仄かに新羅は頬を緩め、必要以上に口を出すことを止める。

「勝手にすみません。でも何かお礼したくって…」
「気にしなくていいのに。でも美味しそう。」
「…ありがとうございます。」

既に切り盛り付けていたサラダをテーブルに置き、飲み物を用意して終わりだ。カップを新羅の目の前に置くが肝心の中身はまだない。

「コーヒー豆が切れてた見たいでセルティさんが買いに行ってます…すぐに帰ってくると思いますが。」

それまでお預けですよ、と冗談に笑い正臣は新羅の向かいに座る瞬間、手を引かれ身体が傾いた。
近付く顔に目を見開き、動けずにいる。

「なら、それまで君を頂いちゃおうか。」
「は…」

何の冗談だ、笑い飛ばそうとしたその時新羅の首筋に尖った影が刺さる寸前で止まった。二人で何だと元を辿ればわなわなと肩を揺らすセルティがダイニングの入口に立っている。

『新羅…』
「せ、セルティ。これはじょう」
『正臣くんは私のだ!いくら新羅でも渡さないぞ!』
「あれ、そっち?!」

掴まれていた手が自然と離れ、巻き添えを食わぬ様にと遠目で見守りながら、新羅とセルティの喧嘩に小さな笑みを浮かべた。
PDAに打ち出される文字と口論、変な光景だなと思いながら少し時間が掛かるだろうかとウインナーをつまみ、空いた小腹を満たす。


【吉凶禍福】


「あ、ならもう俺達の子供にしちゃう?」
『正臣くん次第だな。』
「可愛い奥さんに可愛い息子、偕老同穴の始まりだね!」
「あれ、もう俺、新羅さん家の子決定?」






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詰めがかなり甘い気がしてならない。
フリリク24つ目は匿名様の『新羅+セルティ×正臣。ほのぼの。』でした。喧嘩⇒拾う⇒手当⇒お礼に食事という流れの指定でしたが…詰めが甘いですね。すみません…。
新羅はセルティも正臣も大好きです。同じ好きの意味で(多分)
企画参加ありがとうございました!




あきゅろす。
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